ネコショカ

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『図南の翼』小野不由美 「十二国記」エピソード5


『白銀の墟 玄の月』の3巻、4巻が出るまでに、「十二国記」の既刊を全て再読してしまいたい(←まだ言ってる)。ということで、本日は、「十二国記」のエピソード5『図南の翼』をご紹介しよう。

「十二国記」シリーズの第五作

本作は1996年刊行作品。『月の影 影の海』『風の海 迷宮の岸』『東の海神 西の滄海』『風の万里 黎明の空』に続く「十二国記」シリーズの五作目となる。

 当初は講談社X文庫ホワイトハートレーベルから刊行されている。

図南の翼 十二国記 (講談社X文庫)

図南の翼 十二国記 (講談社X文庫)

 

このホワイトハート版「十二国記」シリーズは大ヒットし、なんと全作が一般層向けに講談社文庫版として再刊行された。『図南の翼』の講談社文庫版は2001年に登場。こちらの版では、表紙や本文中の挿絵がカットされている。

図南の翼 十二国記 (講談社文庫)

図南の翼 十二国記 (講談社文庫)

 

その後更に、「十二国記」シリーズそのものが新潮文庫に版元を変えることになり、2013年に完全版である新潮文庫版がリリースされた。表紙及び、本文中のイラストは山田章博による描き下ろしとなっている。

図南の翼 (となんのつばさ) 十二国記 6 (新潮文庫)

あらすじ

恭国が王を失って二十余年。日増しに荒廃の色を濃くする国土にあって、都屈指の豪商の娘珠晶は一人蓬山を目指す。……王となるために。苦難の末に辿りついた蓬山だったが、そこは我こそは王位にと昇山に訪れた人々で溢れていた。妖魔の棲むという呪われた地で、王位を目指す過酷な旅路が始まろうとしていた。

史上最年少の王、珠晶登極の物語

本作は前作『風の万里 黎明の空』でちょこっと出てきた珠晶(しゅしょう)が主人公。十二国史上最年少、十二歳の少女が登極するまでのエピソードである。

麒麟が生まれ育ち、そして王を選ぶ場所。黄海を舞台とした作品としては、シリーズ第二作の『風の海 迷宮の岸』があった。『風の海 迷宮の岸』は王を選ぶ麒麟の側から見た物語だった。それに反して本作は、昇山ガイドブック。昇山の命がけ感がよくわかる。麒麟に選ばれる王の側から見た物語となっている。

シリーズ中の時系列的には『東の海神 西の滄海』より後で『月の影 影の海』よりは前。『月の影 影の海』を基準として考えると90年程度前のお話になる。

苦労知らずだったヒロイン珠晶

本作の主人公珠晶は、恭国の富裕な豪商の娘として生まれ。何の不自由もなく育ってきた。「十二国記」シリーズの中では画期的ともいめる富めるヒロイン。苦労を知らずに生きてきた人間である。恭国では先王が斃れて27年。玉座は空位のまま。次第に荒廃していく国土を憂い、珠晶は自ら王となることを決意し蓬山へと旅立つ。

十二歳の幼さで、自ら昇山しようと思うほどだから、傲慢とも驕慢とも取れるキツイ性格の人間だが、他者のアドバイスを柔軟に取り入れる度量があり、自らの非を認める素直さもある。これまでの主人公たちが、どちらかというと苦労人揃い。現実の世界では受け入れられず、辛い人生を送って来た者ばかりであったのとは対照的とも言える。

一つ間違えれば読者に疎まれ、反感を持たれてしまいそうなキャラクターだが、そこはこの作者ならではの抜群のさじ加減。嫌みのない魅力的な人物に描かれているから流石である。

王は本当に必要なのか?

昇山に際して、珠晶は黄海の案内役として黄朱の民出身の頑丘(がんきゅう)を雇う。黄朱の民とはどこの国にも属さない浮民たちの集団だ。彼らは王を持たない、王を必要としない存在である。その生活は辛く厳しいものだが、彼らには故国とも言える黄海がある。

ここで頑丘は一つの重大な疑念を提示している。

「いったいこの世に本当に王が必要なのか? 王を失えば災異を招くというなら、王なんてものは幽閉してしまえばいいんだ。政など行わせなければいい。そうすれば有益なこともできんかわりに、無益なこともできんだろう」

この世界のシステムは極度に王に依存している。王に有能な人材を得なければ国は荒れ、民は苦しむ。個人の資質に依存する国家体制はとても脆いものなのだ。しかしそれは、王に全ての責任を押し付けている民の責任でもあるはずなのである。

頑丘はこうも云う。

王と麒麟と、実はそんなものは、人には必要ないんだ。国の施しを受けずに生きていく覚悟さえできればな。王が欲しいと希うのは依存だろう。

優れた王の下僕として生きるより、王に支配されない自由な生き方もあるのではないか。シリーズの中盤に至って、「十二国記」の根幹を揺るがすようなアンチテーゼを提示して見せたのは、小野不由美の凄味と言えるだろう。

それでも珠晶は王を目指す

多くの民が王の居ない現状を憂いながらも、自身が王になろうとはしない。そんな世界の中では、志のあるものが王になるしかない。それが現時点での最適解だから。

「あたしは王が欲しいんじゃないわ。あたしが、王になりたいのよ。それは全然別のことよ」

この珠晶の想いは、昇山しなければ得られなかったものであろう。

あたしが生まれた時に、どうして来ないの、大馬鹿者っ

これは、ラストシーンでの珠晶のセリフだが、さすがに生まれた時点では供麒は来ない(笑)。きっと、黄海に渡る前の珠晶でも無理だっただろう。確かに、珠晶に王の資質はあったかもしれないが、それが磨かれ、開花したのは黄海に渡ってからのことである。

その鳥の名を、鵬(ほう)という。大事業を企てることを図南の翼を張ると言い、ゆえに言うのだ、王を含む昇山の旅を、鵬翼に乗る、と

大ラスでの『図南の翼』のタイトル回収にゾクゾクした読み手は多いのではないだろうか。珠晶は昇山しなかったら王には選ばれてない。どれだけ資質があり、能力が高い者でも、王たらんと望まないものは王位を得ることは出来ないのである。

奏国の実情が判明!

利広(りこう)は騶虞に乗ってるくらいだから相当な身分の筈。どこの国の王なのだろうと思って読んでいたが、終盤になって彼は奏国(そうこく)の宗王櫨先新(ろせんしん)の次男であることが明らかになる。

宗王は延王を越える600年以上の治世を誇る、十二国屈指の名君とされている。しかしその実情は、宗王櫨先新だけでなく、妻の明嬉(めいき)、長男の利達(りたつ)、二男の利広、そして長女の文姫(ぶんき)が一体となった家族による集団指導体制であることが判明している。国それぞれの特徴があって面白いね。

更夜が犬狼神君として再登場!

そして『東の海神 西の滄海』で登場した更夜が犬狼神君として再登場しているのも、このシリーズを読んできたファンとしては嬉しい展開だろう。

かつて延王に叛いた斡由(あつゆ)に仕え、その悲惨な末路を見届けた更夜だからこそ、玉座の重みがわかる。「玉座は座るものではなく、背負うものである」という言葉が更夜の口から出るのには十分な意味がある。

こういう形での過去キャラ再登場は、丁寧に積み上げてきた長期シリーズならではの愉しみと言えるだろう。

図南の翼 (となんのつばさ) 十二国記 6 (新潮文庫)

図南の翼 (となんのつばさ) 十二国記 6 (新潮文庫)

 

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