ネコショカ

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『黄昏の岸 暁の天』小野不由美 「十二国記」エピソード6


『白銀の墟 玄の月』の3巻、4巻が出る前に「十二国記」シリーズの既刊を再読しておきたい!企画もようやく先が見えてきた。今回は『黄昏の岸 暁の天』をご紹介したい。

「十二国記」シリーズの第六作

『黄昏の岸 暁の天』は2001年刊行作品。『月の影 影の海』『風の海 迷宮の岸』『東の海神 西の滄海』『風の万里 黎明の空』『図南の翼』に続く「十二国記」シリーズの六作目である。

これまで「十二国記」シリーズは、講談社X文庫ホワイトハートレーベルから刊行されるのが通例だったが、『黄昏の岸 暁の天』では一般向けの講談社文庫版の方が先に発売された。ちなみにこちらは、表紙及び、本文中の挿絵がカットされている。

前作『図南の翼』が1996年刊行であったから、当時としては5年ぶりの新刊であった。それまでの既刊が比較的早いペースで出ていただけに、当時の読者としては相当に待たされた感があった。

もうこのシリーズの新刊は読めないのではと、半ばあきらめに近い気持ちもあった。しかしその後、続巻のエピソード7『白銀の墟 玄の月』登場までに、18年もの歳月を要したことを思えば、5年程度の刊行間隔はどうということはなかった。 

黄昏の岸 暁の天 十二国記 (講談社文庫)

黄昏の岸 暁の天 十二国記 (講談社文庫)

 

講談社X文庫ホワイトハート版は、一か月遅れて発売。これ、待ちきれない読者は先に発売された講談社文庫版をまず買うだろうし、あとから出しても、イラストが付いているホワイトハート版も絶対買うよねという、両方買わせる姑息な作戦だったとしか思えない。

なお、講談社文庫版は単巻構成だったが、ホワイトハート版は上下巻の二冊構成になっている。

黄昏の岸 暁の天(そら)〈上〉―十二国記 (講談社X文庫―ホワイトハート)

黄昏の岸 暁の天(そら)〈上〉―十二国記 (講談社X文庫―ホワイトハート)

 
黄昏の岸 暁の天(そら)〈下〉―十二国記 (講談社X文庫―ホワイトハート)

黄昏の岸 暁の天(そら)〈下〉―十二国記 (講談社X文庫―ホワイトハート)

 

その後、「十二国記」の版元は講談社から新潮社に移る。その際に、完全版として全作のリライトが行われている。表紙、及び挿絵についても全て新作描き下ろしとなった。新潮文庫版は2014年の登場である。

黄昏の岸 暁の天 十二国記 8 (新潮文庫)

あらすじ

戴国の王座についた驍宗(ぎょうそう)は次々と宮廷の旧勢力を駆逐し果断に改革を実行していく。しかし反乱制圧に赴いた文州では思わぬ叛逆の罠が待ちかまえていた。都に残った泰麒にも暗殺者の凶刃が迫る。偽王の登場により急激に荒廃の度合いを強めていく戴。将軍李斎(りさい)は救援を求め一命を賭して景王陽子の元へ赴く。

それからの泰麒の物語

本作は『風の海 迷宮の岸』で登場した戴国主従のその後を描いた作品である。蓬莱に流された胎果であった泰麒こと、高里要は黄海への帰還を果たし、王として驍宗を選ぶ。

しかし、それからの泰麒と驍宗に深刻な問題が生じたことは、『魔性の子』で明らかである。泰麒は再び蓬莱に流され、驍宗は行方不明となってしまった。彼らに起きた災厄の全容は長らく謎のままであったが、ようやく今回の『黄昏の岸 暁の天』で、その裏側の事情が明らかになる。

『魔性の子』で、どうして泰麒の記憶や能力は封じられていたのか。白汕子や傲濫は何故暴走し数々の惨劇を繰り返したのかといった数々の疑問点が、十年ぶりに解明されている。

驍宗が生み出した光と陰

驍宗は極めて有能な人物として描かれている。先代の驕王の治世が傾き始めた時点で、自身が登極するための準備を始め。空位期間中も、政治的な空白が生まれないよう、国家の将来を担うことが出来る人材の育成に努めていた。

まあ、確かにここまで万全の準備をして昇山していて、泰麒に選ばれていなかったら相当に恥ずかしいかも。そりゃ、国を出る気にもなるよね。

ただ、優秀すぎるが故に、他者の気持ちを推し量るのは不得手であったようで、急激な改革は、周囲の人々の反感を買ってしまう。この点は、旧勢力を一掃するまで数十年間辛抱強く忍耐した、尚隆の我慢強さとは対照的とも言えるよね。

阿選がしようとしていること

今回の悪役となる阿選だが、その心情が描かれる機会がほとんどない。驍宗の故郷を焼いたり、縁の土地である轍囲(てつい)を灰燼に帰せしめたりと、相当に恨みの気持ちがある様子。

阿選に対しては、敵対勢力が出てくるたびに、内部から裏切り者が出て失敗に終わるとされている。巻末の『戴史乍書』に「兵を能くして幻術に通ず」とあるので、武人でありながら、妖術師的な能力も持ち合わせているのだろう。

怪しいのは実を乾燥させると炭として使えるという「荊柏(けいはく)」の存在だろうか。本文中に繰り返し何度も登場するので、きっと何らかの意味がある筈(たぶん)。

泰麒が鳴蝕を起こして蓬莱に渡ってしまうことは阿選としても想定外だった筈だけど、王が存命のまま姿を消し、麒麟が記憶を失ったまま蓬莱に流されると、システムバグが起こり仮朝も開けず、国が詰む。阿選はこの世界のバグを巧妙に利用しているように思える。

本作のヒロイン李斎

ホワイトハート版でも新潮文庫版でも、その姿を大きく描かれていることからわかるとおり、本作の主役は李斎であると言って過言ではないだろう。阿選の策謀により国を追われ、数多の知己を殺され、自身も重傷を負い瀕死の状態で慶国へたどり着いた李斎は、景王陽子に援助を乞う。

他国へ軍を出すことは、この世界のルールでは即失道(覿面の罪)となる重大なペナルティである。己の行動を「あさましい」と羞じながらも、あまりに多くのものを失ってきた李斎は、もはや止まることが出来ない。

「天はあるのですか」

この慟哭にも近い一言に込められた想いはあまりに重く、深い。

仙籍にあるとはいえ、人間の立場で神たる存在である西王母に直談判すること許されたのは、李斎の絶望と「自分を救いたい」気持ちが強かったということなのだろう。

「戴には光が必要です」

結果として、彼女の強い意志が西王母から譲歩を引き出すのである。

泰麒救出大作戦

久しぶりの新刊(当時)だったからか、この巻では慶国主従、雁国主従、更に新登場の範国主従と王も麒麟も大盤振る舞いのオールスターキャストであった。恭国主従と楽俊が出てこなかったのは残念だが、補ってあまりある範国主従の異彩ぶりだったので、良しとすべきところだろうか。

泰麒救出のため、日頃は没交渉であった各国の王と麒麟たちが初めて共同戦線を張る展開が熱い。そのきっかけとなるのが、陽子主上である点も、これまでの経緯を考えるとなかなかに燃える展開なのである。延王と対等に渡り合う陽子主上が頼もしいではないか。

待望の中嶋陽子VS高里要の初対面シーンはなんとも微笑ましい雰囲気で、後ろで景麒が嫉妬の炎を燃やしていたのではないかと心配になった(笑)。

作られた不自然な世界

異常なまでに幾何学的に配置された十二の国。麒麟が王を選ぶ、不思議な権力継承システム。そして数々の禁則事項。

本作では、「天」の存在をはじめ、十二国世界の根幹に触れる記述があり、ファンタジー世界としての謎はより深まった印象がある。

「十二国記」の世界は、何者かの意思によって、人為的に作られたものなのではないか。そんな疑念が、ようやく読者に提示されたわけである。世界構造については、「こういう世界なんです」ってことで押し切って、根っこの部分には言及せずに済ませるのかと思っていたのだが、どうやらそうではないらしい。

各国はもっと連帯すべきなのではないか。王がいなくても民が救われる仕組みを作りたいとする、景王陽子の考え方は遠からずこの世界の禁忌に触れる筈。この点は、今後の展開に期待ってところかな。

そして『白銀の墟 玄の月』へ

「僕は間に合うでしょうか 」

戴を離れていた六年間の空白は致命的なものであるかもしれない。もはや望みはないのかもしれない。しかし、それでも泰麒は戴に戻ろうとする。

「所属する場所を失うということは、自己を失うということ」なのだから。

王が消え、角を斬られ麒麟の力を失い、使令の力も得られない泰麒に何が出来るのか。これ以上にないほどの苦境に、いかにして立ち向かうのか。お話的にはメチャメチャ煽りまくった状態で本作は終わる。

全然終わってないじゃん!そんな読者の魂の叫びは、その後18年放置されることになる……。長すぎる!!

『黄昏の岸 暁の天』は失われた泰麒を取り戻す感動的なエピソードだが、物語としてはまったく終わっておらず、消化不良感が残る一作でもある。続巻『白銀の墟 玄の月』の序章的な位置づけの作品なので、出来うるならば続けて読むことが望ましいだろう。

いやしかし、このお預け状態でファンは18年もよく待ったよね。ホントに感慨深い。

黄昏の岸 暁の天 十二国記 8 (新潮文庫)

黄昏の岸 暁の天 十二国記 8 (新潮文庫)

 

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