ずいぶん間が空いてしまったが、氷室冴子作品の全作感想を再開したい。本日お届けするのは『アグネス白書』である。
- 『クララ白書』の続篇が登場
- 愛蔵版Saeko's early collection
- おススメ度、こんな方におススメ!
- あらすじ
- アグネス舎での一年間を綴る
- "こうあるべきだった"学生時代のお話
- その他の氷室冴子作品の感想はこちらからどうぞ!
『クララ白書』の続篇が登場
『アグネス白書』はぱーとIが1981(昭和56)年、ぱーとIIが1982(昭和57)年に刊行されている。1980年に刊行された『クララ白書』の続篇にあたる作品である。『クララ白書』は主人公の中学三年生時代の一年間を描いたものだったが、『アグネス白書』は高校一年生時代の一年間を描いた内容となっている。
カバーイラストは売れっ子デザイナー原田治が担当し、ぱーとIに関しては本文イラストも手掛けている。しかし、『クララ白書』同様に、ぱーとIIでは杉村ひろみのイラストに替わっている、原田治に続けて仕事をさせることが難しかったのだろうか。気になるところである。
愛蔵版Saeko's early collection
本作はSaeko's early collectionと題した愛蔵版が1996年に刊行されている。
わたしは未読なのだが、Wikipedia先生によると加筆修正が入っているとのこと。
Saeko's early collection(愛蔵版) - 上記加筆修正版
アグネス白書I(1996年09月)
アグネス白書II(1996年11月)
おススメ度、こんな方におススメ!
おすすめ度:★★★★(最大★5つ)
『マリア様がみてる』的なお嬢様女子校を舞台としたお話を読みたい方、『クララ白書』の続篇を読みたい方、70年代の北海道の雰囲気を感じたい方におススメ!
あらすじ
徳心学園高等部に進学した"しーの"こと桂木しのぶは、高等部の寄宿舎であるアグネス舎の一員となる。同室になったのは編入生の及川朝衣。学外から来た朝衣は、徳心の気風に馴染もうとせず孤立していく。一方、ボーイフレンドの寿家光太郎との間には、思わぬ行き違いから気まずい空気が流れ始める。"しーの"の高校生活一年目は果たしてどうなるのか?
アグネス舎での一年間を綴る
本作では、ぱーと1が、高校一年の四月から九月まで、ぱーと2が文化祭から、三学期までのエピソードを収録している。一年間の学園生活を描く構成は『クララ白書』の頃から変わっていない。
では、今回も各エピソードごとにツッコミを入れていこう。
ここからネタバレ
ぱーとI:第一章 編入生登場
高等部からの徳信編入生として及川朝衣(おいかわあさい)が登場。旭川出身。中二時点で、本来中三が受ける全国模試でベスト50位に入ってしまう程の才媛である。なお、眼鏡っ子。
シリーズものの新展開で、登場人物を増やし異分子を混ぜ込ませる。これは緩んでいた物語の雰囲気を引き締めるのには良い手法である。女子校的な文化を否定し、馴れ合いを拒む朝衣との関係改善は『アグネス白書』の展開の一つ目の軸となっている。
ぱーとI:第二章 とびきりのお茶会へようこそ
六月に入る。『クララ白書』時代から続いていたマッキーこと紺野蒔子(こんのまきこ)の片思い決着編である。ラブレターを書くために名前入りの特製コバルトブルー便箋まで作ってしまうマッキーがすごい!ここで、しーのと朝衣の関係は劇的に改善。件の三人組が、以降は四人組チームとして機能していく。
このエピソードで最高なのが、失恋確定となったマッキーを慰めるべく、各人が精いっぱいのお洒落をしてお茶会に集うラストシーンである。マッキーの台詞がとても印象的。
「結局のところ、美しく装い、美しい器で、香りの高い、一杯の熱いお茶を飲めば、癒されない傷はないのだわ」
『アグネス白書』ぱーとI p130より
ちなみに、作中に登場するホテル・アルファサッポロは、現在ではホテルオークラ札幌となっている。オークラ級のホテルなのか!予想よりはるかに立派なホテルである。1980年(昭和55年)開業とのことなので、当時は出来立てホヤホヤだった筈。しかしミニシアター(三越名画劇場)は2003年に閉館してしまった。
このクラスのホテルのティールームでお茶が出来るのだから、やはり徳信のお嬢様たちの懐具合は豊かであったのだろう。
そしてミニシアターで上映されていた『うたかたの恋』はたぶんこれ(何度も映画化されてるので自信ないけど)。マイヤーリング事件と呼ばれる、オーストリア皇太子と男爵令嬢の心中事件を題材とした映画。
ぱーとI:第三章 「愛の悲しみ」を聴きながら
菊花の描くマンガの取材のため、光太郎の通う北海大学を訪れたしーのは、学内オケの学生指揮者里崎さんに一目惚れしてしまう。このあたりから、しーのとBF(ボーイフレンド←最近言わなくなったよね)の光太郎との関係が微妙になり始める。友達以上、恋人未満。微妙な間柄であるしーのと光太郎の二人がどうなるのか、これが『アグネス白書』の物語で二つ目の軸となる。
作中に登場するバッハのブランデンブルク協奏曲第六番(BWV1051)はこんな曲。六番とは渋い。この時代なのでカール・リヒター率いるミュンヘン・バッハ管弦楽団の演奏でどうぞ。
しーのと朝衣の関係は完全に改善されて、以後は親友にランクアップ。しーののモノローグがとっても素敵なので引用しておく。人減関係はちょっとしたきっかけて好転するから面白い。
人って、不思議だ
次々と印象が変わって、いつのまにか素敵な人になって、眼の間に立っているんだから。『アグネス白書』ぱーとI p176より
クライスラーの『愛の悲しみ』『愛の喜び』はこちらの演奏でどうぞ。『四月は君の嘘』でもお馴染みの曲である(あちらはピアノ版だが)。
ぱーとI:第四章 高城さんの恋人
学園一の麗人として名高い"奇跡の高城さん"中心のエピソード。しーのの、巻き込まれ系のヒロインとしての面目躍如とも言えるお話。こういうドタバタコメディを書かせると氷室冴子はホントに上手い。
高城さんへの猛アタックを開始する北斗学園の御幸彰一に、モーションをかけられて、しーのと光太郎の関係が更に悪化。高城さんの熱烈なファン一派を取り仕切る、大奥総取締役・鷹巣玲子ことドミナ玲子も登場。ベルギー製の乗馬鞭をひゅんひゅん鳴らしながら、しーのに迫ってくる展開がとにかく笑える。
なお、ドミナ玲子の雄姿は、映画版『クララ白書』でたっぷり堪能できるので、未見の方は、一度鑑賞してみることをお勧めする。
ぱーとII:第一章 往復書簡
古式ゆかしい少女小説の往年のスタイル、往復書簡形式を取った作品。鉈ふりマッキ―こと紺野蒔子の本領発揮エピソードである。本人にこれといった自覚がないのに、周囲に壊滅的なダメージを与えてしまう、マッキーの残念美人ぶりが素晴らしい。
なお、悲劇の舞台となった旭川グランドホテルは、その後2018年に星野リゾートに買収され、「星野リゾートOMO7 旭川」となっている。
ゲランの香水石けんについては、こちらの画像検索結果を貼っておく。
ぱーとII:第二章 文化祭ふたたび
学園モノで一番盛り上がるエピソードの一つが文化祭である。例年の中等部VS高等部の争いに、独裁生徒会長成田志津子(なりたしづこ)の横暴が加わって俄然盛り上がる展開になる。
しーの学年のリーダー的存在である園田三巻(そのだみまき)は、わたし的に一番のお気に入りキャラ。目的達成のためには手段を選ばないが、バランス感覚に優れ、情実にも配慮できるよく出来た子なのである。
しかし三巻の作戦に巻き込まれたことで、しーのは光太郎に誘われたコンサートには行けないことになる。二人の仲はさらに悪化してしまうのである。
ぱーとII:第三章 ラブストーリー
十一月、菊花のマンガが遂に商業誌掲載されデビューを果たす。
二月に入り、文化祭と並ぶ徳信の二大イベントバザー編に突入する。しーのが読んでいた「ライスの推理小説」はクレイグ・ライスのことだろうか。
こじれにこじれていた、しーのと光太郎の仲だが、三巻のおせっかいにより関係修復のチャンスを与えられる。
恋人はじき他人になるが、友人は一生涯友人
作中で再三登場するこのフレーズは、氷室冴子の信条であるのかもしれない。
それにしても、こういうタイミングできちんと素直になって復縁できるのは、しーのというキャラクターの素直さ故だろう。
ぱーとIの第二章では、光太郎と会う前日に髪を洗っていなかったしーのだが、今回は前日に一心不乱に髪を洗うのである。これは、ぱーとI第二章でのこのセリフにつながってくる。
「だけど、いろいろと気を遣ったり、夢見たりはするわね。恋の告白をするなら、とっておきの服を着ていたいし、それが無理なら、せめてクリーニングしたての制服を着ていたいしなァ。前の日にはしっかりシャンプーなんかもするわけよ」
『アグネス白書』ぱーとIp73より
会えない日々が恋心を育てたのか、しーのの心情の大きな変化が伺える。こういう細かい描写はさすが氷室冴子だなと思う。
ぱーとII:第四章 しーのはしーの
本シリーズの最終エピソードである。三学期の始業式を迎え、相沢虹子(あいざわにじこ)、加藤白路(かとうしろじ)、高城濃子(たかぎのうこ)らの三年生(徳信的には六年生)のアグネス舎を去る日が近づいてくる。
ちなみにこの三人の進学先は以下の通り(受かっていればだが)。
虹子さん:札幌医科大学
白路さん:東京女子大
高城さん:多摩美術大学デザイン科
しーのは、無事に光太郎両親への対面を果たし、友達以上、恋人未満の関係からはそろそろ脱却しそうな気配。生徒会の役員改選などはあるものの、劇的な展開はなく、これまでどおりの日常が続いていきそうな気配を示してこの物語は幕を下ろす。
"こうあるべきだった"学生時代のお話
あとがきで氷室冴子はこう書いている。
(前略)なんとか失われたわが中学時代を甦らせたい、思うさまスターの話にうつつを抜かし、妙に悟ったりせず、ささいなことでもきちんと喧嘩し、ステキな洋服や小物に素直に憧れて、友達を情熱的に愛して、男の子にもどきどきして、嬉し楽しの十四、五歳を追体験したいーーという、ごく私的な思い入れが「クララ白書」の誕生となったのだ。
中学時代の氷室冴子は、初期段階での及川朝衣のような、他者との交流を拒み、俗な話題を厭うようなキャラクターだったのだろうか?作者にとって、本シリーズは"こうあるべきだった"学生時代を追体験する作品だった。
本シリーズでは、登場人物たちの"楽しい"気持ちが文中のそこかしこから溢れ出ている。理想の学園生活を心から謳歌する彼女たちには、"こうあるべきだった"氷室冴子のやり残した中学時代の後悔が反映されているのである。
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