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『さようならアルルカン』氷室冴子 1970年代に刊行された最初期の短編集

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氷室冴子の二作目

本日紹介する『さようならアルルカン』は『白い少女たち』に続く、氷室冴子(ひむろさえこ)の二作目の作品である。初版は昭和54(1979)年。恐ろしいことに、今から40年以上も前の作品になってしまった。わたしも歳を取るわけである。

さようならアルルカン (集英社コバルト文庫)

本作は、表題作の「さようならアルルカン」をはじめ、「アリスに接吻を」「妹」「誘惑は赤いバラ」の四短編を収録している。最初期の氷室作品の雰囲気を堪能できる一冊となっている。

『さようならアルルカン』は長らく絶版状態が続いていたが、2020年に「白い少女たち」との合本版がソフトカバー形態にて刊行されている。

氷室冴子はこんな作家

まずは、改めて氷室冴子の簡単なプロフィールをご紹介しておこう。

氷室冴子は1957年生まれ。1977年、大学在学中に集英社主催の小説ジュニア(雑誌コバルトの前身だ)青春小説新人賞に応募した「さよならアルルカン」で佳作を受賞。1978年に最初の書籍として『白い少女たち』が刊行された。主として集英社のコバルト文庫で活躍した。

1980年のコミカルな作風に転じた「クララ&アグネス白書」シリーズあたりから人気が出始め、1984年からはじまった「なんて素敵にジャパネスク」シリーズが大ヒット作となる。1993年の『海がきこえる』はスタジオジブリのアニメ作品の原作にもなっている。1980年代から1990年代中盤にかけて、コバルト文庫の金看板的な人気作家であった。

1990年代の後半からは体調の悪化もあり作品が書かれなくなっており、残念ながら2008年に肺がんにより逝去されている。51歳の若さであった。

おススメ度、こんな方におススメ!

おすすめ度:★★★(最大★5つ)

1970年代を生きた少女たちを主人公とした物語を読んでみたい方。1970年代の少女小説、コバルト文庫作品の雰囲気を知りたい方。「ジャパネスク」以前、もっとも初期の頃の氷室冴子作品を読んでみたい方におススメ。

あらすじ

憧れの少女、柳沢真琴は変わってしまった。強烈な正義感と自負心。世俗に塗れることを潔しとしなかった彼女は、いつしか周囲に迎合するような言動を取るようになる。そんな彼女にわたしは訣別のメッセージを送る「さようならアルルカン」、思春期の少女の揺れ動く心の機微を描いた「アリスに接吻を」他、全四編を収録した短編集。

ここからネタバレ

1970年代を生きた少女たちの物語

本作に収録されているのはいずれも1970年代を舞台とした物語だ。ネットもなければ、携帯やスマホ、パソコンもない。コミュニケーションを取るには、家の電話か手紙。調べ物をするには百科事典で調べていた時代である。

平成も終わろうかという2010年代の後半に読んでみると随分と環境が変わっているなとは思うものの、人間の悩みの根幹的な部分はそうそう変わるものでもない。本作に登場する少女たちの想いは、現在でも十分理解し、心を寄せることが出来るものであろう。

では、各編ごとにコメントしていこう。

さようならアルルカン 

プロフィール部分にも書いたが、本作は作者が大学3年時に書いた「小説ジュニア(雑誌コバルトの前身)」の公募作品であり、もっとも最初に書かれた氷室作品である。自意識過剰で、周囲に持て余されがちな文化系少女たちの葛藤と矜持を描く。

アルルカン[arlequin]はフランス語で道化(イタリア語だとアルレッキーノ、英語ならハーレクインだ)を意味する。道化師が本来の姿を隠して、他者の笑いを取るために懸命となる有り様を例えたタイトルネーミングだ。

一方的に憧れてきた少女が、周囲に疎まれ教師に持て余されたことをきっかけとして変節する。その変化が許せず、主人公は「さようならアルルカン」と書かれた手紙を送りつける。現在ではなかなか考えられない直截な行為だ。送る方も送る方だが、受け取る方も受け取る方で、自身の道化っぷりをしっかり自覚していたあたり相当に手ごわいお嬢さんである。70年代の誇り高き文化系女子の心情を垣間見ることが出来る、得難い一品と言える。

余談ながら、本作の主人公は、憧れてきた同級生の中学時代の図書カードを密かに手に入れており、彼女が中学時代に読んだ全書籍を、そのあとを追いかけるかのように一冊一冊読み進めていく(ちょっと怖い)。今はどうだか知らないけど、昔の学校の図書カードってプライバシーもへったくれもなくて、誰が何を読んだのかがわかっちゃうんだよね。このシステムを使った小説や映画の名作も多いけど、魅力的な仕組みではあると思う。

アリスに接吻を

氷室冴子的にはアリスといえば『鏡の国のアリス』であったようで、本作はこちらの方を意識した作品。14歳という、大人でも子どもでもない年代の少女心理を、珍しい二人称で描いている。呼びかけているのは大人になった自分自身なのだろうか?

嫁いでいく10歳上の美しい従弟、同級生のキスシーン、鏡を見つめながら自問自答を続ける主人公。いつまでも鏡の国に居ることは出来ない。いつかは現実の世界に飛び込まなくてはならない。そんな少女の期待と不安が入り混じった気持ちが瑞々しいタッチで表現された一品である。

早くに母を亡くし、歌人の父、美しい姉と暮らす高校生の少女の物語。父親の目線は病弱で臥せりがちな姉にばかり向いてしまう。中学時代を寄宿舎で過ごした主人公は、もはや実家には居場所が無い。家族を愛しながらも、強い劣等感にさい悩まされ、鬱屈した気持ちを抱えたまあ暴走していく姿が痛々しく描き出される。

古式ゆかしい少女小説の佇まい。姉へのコンプレックス、妹属性へのこだわりは氷室作品の重要なファクターである。

誘惑は赤いバラ

中高一貫の女子校に通う少女が主人公。ボーイフレンドはいるけれど、異性よりも親友との時間の方が大切。ところが自分よりも遅れていると思っていた親友の方が先にキスを体験してしまう。でも親友の行動には裏があって、という展開。

恋とはどんなものかしらと興味津々でありながらも、女同士の方が気軽で楽しい。ローティーンの少女な正直な気持ちが微笑ましい一作である。

内省的な前三作と比べると、活発で元気なストーリーで、後々の人気作「白書」シリーズや「雑居時代」に繋がっていく作品と言える。

ということで、氷室冴子全作紹介の一回目は終了。後の代表作「なんて素敵にジャパネスク」あたりと比べると、相当に違ったテイストの本作だが、ここから氷室冴子作品は始まっているのである。

絶版となって久しく長らく読むことが難しくなっていた本作だが、冒頭にも述べた通り、現在では復刻版が刊行されているので、未読の方は是非手に取ってみていただきたい。

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