藤つかさの第二作
2023年刊行作品。作者の藤(ふじ)つかさは1992年生まれのミステリ作家。デビュー作である『その意図は見えなくて』に続く、第二作が本作『まだ終わらないで、文化祭』である。表紙絵は前作に引き続き、イラストレータの中野カヲルが担当している。
一作目『その意図は見えなくて』の感想はこちらから。
『まだ終わらないで、文化祭』は単独で読んでも楽しめる。だが、時系列的には、『その意図は見えなくて』の後に起こる出来事を描いたものとなっている。内容的にも前作の展開を踏まえたものとなっているので、刊行順に『まだ終わらないで、文化祭』から先に読むことを強く推奨する。
おススメ度、こんな方におススメ!
おすすめ度:★★★★(最大★5つ)
文化祭を舞台とした物語がお好きな方。文化祭に強い思い入れのある方。良質な学園ミステリを読んでみたいと思っている方。前作『その意図は見えなくて』を読んで、登場人物たちのその後が気になっている方におススメ!
あらすじ
生徒による「サプライズ」が起こることで知られる八津丘高校の文化祭。しかし二年前に起きた不祥事はSNSで拡散され炎上。以後、学校側は厳戒態勢を強める。そんな中で、挑戦するかのように二年前の文化祭のポスターが校内の掲示板に貼られる。そのスローガンは「BE YOURSELF(自分らしくあれ)」。それは「サプライズ」を起こそうとする側からの予告状なのか。
ここからネタバレ
登場人物一覧
まず、前回に引き続き、登場するキャラクターの確認から。メインの視点人物となるのは、市ヶ谷のぞみ、艮カレン、城山葉月、田中梓の四人。佐竹さん、清瀬、藤堂(夕くん)の三人は前回から引き続いての登場だが、やや引いた立ち位置となっている。
- 市ヶ谷のぞみ(いちがやのぞみ):三年生の文化祭実行委員。
- 艮カレン(うしとらかれん):一年生、軽音楽部所属
- 日比野望也(ひびのもちや):一年生、軽音楽部所属
- 城山葉月(しろやまはづき):一年生、家庭科部所属
- 月火野(つきひの):一年生、家庭科部所属
- 田中梓(たなかあずさ):一年生、自然科学部所属
- 榊(さかき):二年生、自然科学部の部長。一年留年している
- 佐竹優希(さたけゆうき):三年生の文化祭実行委員
- 清瀬諒一(きよせりょういち):二年生の文化祭実行委員
- 藤堂夕介(とうどうゆうすけ):二年生。文化祭実行委員長
- 尾崎(おざき):日本史担当教諭
自分らしさの呪縛
本作のテーマは「BE YOURSELF(自分らしくあれ)」だ。優等生で社交力も高く、スクールカースト上位層の市ヶ谷のぞみは、周囲に尽くし、その期待に応えられる自分でありたいと思っている。母親が水商売をしていることから、中学時代にいじめを受けてきた艮カレンは、ため込んできた鬱憤を吐き出せる場所を探していた。医者の娘なのだからと自らの在りようを規定してしまい、そこから抜け出せずに疲弊している城山葉月。そして田中梓は、旺盛な自己顕示欲と、周囲からの評価とのギャップに苦しむ。
八津丘高校の文化祭では生徒による「サプライズ」が名物だった。しかし二年前の文化祭では、生徒の「サプライズ」で教師が怪我をしてしまう。しかもその現場が録画され、SNSで拡散されたことで世間からの非難を浴びてしまう。そのため、学校側は「サプライズ」の実行を許さない姿勢を取る。
「サプライズ」を通じて、もっとも自分らしく生きていたかに見えた市ヶ谷のぞみは、自分自身は何もしない、高みの見物を決め込んだ傍観者に過ぎないことを痛感させられる。一方で、艮カレン、城山葉月、田中梓の三人は、強いられてきた自己像から脱却するきっかけを掴む。
文化祭ミステリの名作が誕生
文化祭ミステリの名作と言えば、米澤穂信の『クドリャフカの順番』だろう。
文化祭ならではの独特の雰囲気、ハレの時間、非日常性。登場人物それぞれが抱えた個人の事情とその解決。人間的な成長。そして魔法の時間が終わっていく終盤のもの悲しさ。誰もが経験してきたイベントだけに、己の身に置き換えて感情移入する読み手も多いだろう。
『まだ終わらないで、文化祭』でも、こうした文化祭の特性が、丁寧に描きこまれている。文化祭という特別なイベントが、日常の謎系のミステリとうまく絡み合うことで、魅力的な物語の空間をつくり出しているのだ。
終盤の盛り上げ方も上手い。今年は「サプライズ」起きないのではないか?清瀬諒一によって「サプライズ」の芽は事前に摘まれていたのではないか?市ヶ谷のぞみによる疑似解決を示したその直後。ソフトボール場に響き渡る軽音楽部の爆音と、自然科学部の打ち上げ花火には戦慄させられた。しかも、この作品は最後に更なる驚きの展開を用意しているのである。
清瀬諒一は目的を達したのか
『その意図は見えなくて』から読んできている読者は、清瀬諒一が単なるモブキャラの一人、凡庸な副委員長ではないこと知っている。清瀬の目的は「サプライズ」を成功させることではない。文化祭実行委員長である藤堂夕介に害が及ばないよう、文化祭実行委員の権限外である、後夜祭の時間帯に「サプライズ」を起こさせることにあった。
策を弄するタイプで、それなりに何でも出来てしまう清瀬に対して、「根源的な優しさ」だけで無自覚に事態を解決できてしまう藤堂。中学時代の事件をきっかけに、清瀬は藤堂に強いコンプレックスを抱いている。藤堂に対しての清瀬の感情があまりに重たすぎて、読み手をたじろがせる。君、なんでそんなに自己評価低いんだよ!佐竹さんでなくても心配になってしまうキャラクターだ。
「サプライズ」の黒幕は清瀬だった。だが清瀬の狙いはそれだけではない。清瀬の真の「サプライズ」は、藤堂の告白のため、最高の場所を提供することでもあった。「花火の打ち上げ場所から一番近いところで告白すれば成功する」。そのために、花火に一番近い屋上を藤堂に提供する。
人の気持ちに敏感な清瀬は佐竹さんの気持ちにも気づいていたはずだ。彼女が告白してくる可能性も予見した上で、藤堂のために、自分たちよりももっと良い場所を用意しておく。清瀬の抱えた心の闇が凄すぎて痺れる。この事実を佐竹さんが知らないでいることも切ない(あとで知って傷つきそう)。
清瀬は言うのだ。
「みんなが求めているのは、自分らしさじゃないんですよ」
「自分らしさじゃなくて、自分の居心地のいい場所なんです」
『まだ終わらないで、文化祭』p134より
自分らしくって息苦しい。自分なんて、だいたい何かのコピー。そんなことよりも、しっくりくる自分の立ち位置を見つけることが大事。でも、それって自分の気持ちを殺してはいないか?清瀬諒一よ、本当にそれでいいのか?佐竹さんとの将来も含め、心配してしまう読者なのであった。
おまけ:藤堂夕介が告白した相手は誰?
後夜祭で藤堂夕介が告白した相手の名前は明示されていない。ただ「髪留めの女の子(p168)」と書かれているのでこれが大きなヒントになる。作中で「大きな赤い髪留め(p60)」をつけている女性は家庭科部の一年生月火野さんしかいない。家庭科部での藤堂と、月火野さんのやり取りは、傍にいた秦ちなつ(はたちなつ)が嫉妬を隠せないほど親密なものだった。
月火野さんは「わたしは好きなバンドの曲をライブで聴きながら告白されたい(p63)」とも公言しているのでもう確定である。月火野さんの好きなバンドはフジファブリック。「ーー最後の、最後のーー。(p164)」と歌詞もわかっているので、軽音楽部が演奏した最後の曲は「若者のすべて」であることわかる。
軽音楽部が最後にこの曲を演奏することも、清瀬が事前に調整していたことは間違いなく、あらためて彼の背負う業の重さに衝撃を受けるのだ。
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