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『海に住む少女』ジュール・シュペルヴィエル さまざまな孤独の在りようを綴った十編の作品集

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珠玉のシュペルヴィエル短編集

2006年刊行作品。オリジナルのフランス版は1931年に発表されていて原題は『L'Enfant de la haute mer』。

作者のジュール・シュペルヴィエル(Jules Supervielle)は1884年生まれの詩人、作家。1960年に没している。フランス人の両親のもと、ウルグアイに生まれ、フランスとウルグアイ双方の国籍を持つ。作品はフランス語で執筆されている。

海に住む少女 (光文社古典新訳文庫)

邦訳版はいろいろある

邦訳版としてはまず1980年の堀口大学訳版がある。タイトルは『沖の小娘』だった。堀口大学っぽい!青銅社からの刊行。

続いて1990年に社会思想社の現代教養文庫版『沖の少女―シュペルヴィエル幻想短編集』が登場。訳者は三野博司。

また、2004年にみすず書房の「大人の本棚」版『海の上の少女 ― シュペルヴィエル短篇選』が出ていて、こちらの訳者は綱島寿秀。

そして、一番最近に出ているのが、今回ご紹介する光文社の古典新訳文庫版だ。訳者は永田千奈(ながたちな)。文庫で手軽に読めるようになったのは大きい。光文社の古典新訳文庫の存在は本当に素晴らしいよね。

光文社の古典新訳文庫版では、オリジナルの『海に住む少女(L'Enfant de la haute mer)』収録の八編に加えて、1938年刊行の第二短編集『ノアの方舟(L'arche de Noe)』から表題作と、「牛乳のお椀」の二編が収録され、計十編のシュペルヴィエル短編作品集として上梓されている。

おススメ度、こんな方におススメ!

おすすめ度:★★★(最大★5つ)

フランス版宮沢賢治(訳者曰く)として知られる、シュペルヴィエルの作品に親しんでみたい方。さまざまな孤独のかたち、人と人がわかりあえない哀しみについて読んでみたい方。手軽に読める、短編作品集を探している方におススメ。

あらすじ

ただひとりで海の上で暮らす少女の正体とは?(海に住む少女)。主の降誕に居合わせた牛の想いを綴る(飼葉桶を囲む牛とロバ)。セーヌ川の河底に存在した奇妙な世界(セーヌ川の名なし娘)。死して後、天上に暮らす人々の姿を描く(空のふたり)。インドの部族の長に起きた悲劇(ラニ)。美しい声を持つ少女の秘密(ヴァイオリンの声の少女)。とある騎手に起きた奇妙な出来事(競馬の続き)。草原を行く商人と農夫の間に起きた事件(足跡と沼)。大洪水を前にした人々の姿を描く(ノアの方舟)。毎日牛乳を運び続ける青年の真意(牛乳のお椀)。計十編を収録した作品集。

ここからネタバレ

さまざまな「孤独の在りよう」を描く作品集

『海に住む少女』の存在は、GQ JAPANのコラム記事作家・米澤穂信が選ぶ「いまこそ読みたい5冊の本」で初めて知った。恥ずかしながら、シュペルヴィエルは詩人としてしか認識していなくて、小説家であるとは思っていなかったのだ。

米澤穂信の『海に住む少女』評は以下の通り。

まるで、孤独を彫刻にしたよう。ここには美しい孤独も、そうでもない孤独も描かれています。いったい、孤独について読むことは必要なのでしょうか? きっと多くの人が、そうではないと答えるでしょう。実は私もそう思います。なのに、この小説は人の心を捉えて離さないのです。

作家・米澤穂信が選ぶ「いまこそ読みたい5冊の本」 | GQ JAPANより

『海に住む少女』では、表題作をはじめ、その多くの作品の中で、孤独の中を生きる人物たちが描かれている。人と触れ合えない孤独、他者から理解されない孤独、周囲から疎まれる孤独と、本作で描かれる孤独の在りようはさまざま。

物語で他者の孤独を知ることは辛いだけなのではないか。と、思わないでもないのだけれど、自らの抱えている孤独に近しい孤独が、本書の中にはあるかもしれない。それは、ほんの少しだけ心の慰めになるのかもしれない。

以下、各編ごとにコメント。

海に住む少女

年を取ることもなく、いつまでも一人。海の上で暮らす少女。彼女はいかなる理由があってこの場所に存在しているのか。

失った娘を思う、ひとりの男の想念が「海に住む少女」を生み出してしまったというお話。自分の生まれた理由を知らず、死ぬことも出来ず、ただ一人で生きていかなくてはならない少女の絶望と孤独、悲哀が読み手の心に沁みる。

全然関係ないけど、中原中也の詩「北の海」を思い出した。

飼葉桶を囲む牛とロバ

イエスの降誕に居合わせることのできた喜びと、その行く末を見届けられず、衰えて死んでいく自身の哀しみ。一頭の牛の視点から描かれる主の生誕。

解説によると、イエスの誕生時に牛とロバが居たという記述は聖書中には存在せず、外典である偽マタイ福音書の記述に依るものなのだとか。イエスの旅についていくことが出来ない牛の内面描写と、周囲の示すやさしい嘘が印象に残る一編。

セーヌ川の名なし娘

セーヌ川で溺死した少女は、河底で死者たちが暮らす不思議な世界の存在を知る。死者たちとの暮らしに馴染めない少女は、やがてほんとうの死を願うようになる。

河底の世界で、死者は裸で暮らさなければならない。服を脱ぐことを拒んだ少女は周囲から疎まれるようになる。死してなおつきまとう現生のしがらみ。周囲と分かり合えないコミュニケーション不全の辛さ。

これまた、全然関係ないのだけど、エドワード・ゴーリーの『音叉』を思い出してしまった。

空のふたり

かつて地上で暮らしていた者たちは、死後、影となって天上に集まっている。しかし彼らは話すことが出来ない。物が持てない。魂だけの存在として生きていく苦悩。

「セーヌ川の名なし娘」に続いて、死後の世界のコミュニケーション不全を描いた作品。シャルル・デルソルと、マルグリッド・デルノード。生きているうちに出会えなかった二人が、天上の世界ではどうなったのか。「セーヌ川の名なし娘」とは対照的に夢のある終わり方。

ラニ

断食の試練に打ち克ち、部族の長の地位を手に入れた男を不幸な事故が襲う。顔の半分が焼けただれてしまった男を、周囲の人々は遠ざけようとする。

長の地位から一転して、被差別者に転じてしまった男。疎まれ、差別される中で憎しみを募らせていく男の孤独を描く。

ヴァイオリンの声の少女

言葉の底にヴァイオリンの響きが潜んでいる。ある日、木から落ちた少女は、自分の声に不思議な響きが備わっていることを知る。

六ページほどの掌編作品。少女からは、ヴァイオリンの響きとともに、黙っていても彼女の内面の心情がこぼれ出てしまう。そんな悩ましい「ヴァイオリンの声」も、少女が恋を知ることで出なくなってしまう。

競馬の続き

競馬界の紳士リュフ・フロックス騎手は、死なせてしまった馬に憑依され、やがて本物の馬になってしまう。

カフカの『変身』を思わせる不条理なお話。日常生活を失い、地位をなくし、恋人に裏切られた男がどうなったのか。

足跡と沼

農場主であるファン・ペーチョは、小間物商人のアリ=ベン・サレムを自宅に泊める。発作的に商人を殺してしまったファン・ペーチョは、事態の隠蔽を図るのだが。

「ラニ」同様に人間心理の暗黒面を描いた一編。商人を殺して得た金を、家族に施すことで罪の意識から逃れようとする男。「俺はうまくやったんだ」と思い込もうとするも、やがてその罪が白日の下に曝け出される日がやってくる。

ノアの箱舟

来るべき大洪水を予見し、箱舟をつくり、つがいの動物たちを集めるノア。洪水が始まると、ノアの箱舟に乗ろうと多くの者たちが集まってくる。

あまりにも有名な「ノアの箱舟」をベースとしたお話。ノアが救うことが出来たのは自分の家族と、一つがいの動物たちだけ。大多数の生き物は見殺しにせざるを得ないわけで、数多の死を見届けるノアの心情はいかばかりかと?と思わせておいて、意外にあっさりとした読後感。

牛乳のお椀

病気の母親のために。お椀にあふれんばかりの牛乳を満たして、毎朝パリの街を横切っていく男。その習慣は、母親が死んでからも続いていく。

ラストを飾るのはわずか三ページの掌編作品。街に出ればたくさんの人いて、一枚の絵のように一般化してみてしまいそうになるけれど、ひとりひとりにそれぞれの人生がある。さまざまな個人の歴史や、事情や想いを抱えて歩いている。そんな大切な事実を教えてくれる作品。

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