歌野晶午が新しい作風にチャレンジし始めたころの作品
1995年作品。最初は講談社ノベルスから登場。
『長い家の殺人』『白い家の殺人』『動く家の殺人』などの一連の信濃譲二シリーズで、新本格ムーブメントを担う一人としてデビューした歌野晶午(うたのしょうご)が、微妙に作風に変化をもたせ始めた頃の作品。
個人的には、2003年の『葉桜の季節に君を想うということ』での再ブレイクに繋がっていく流れの中の一作と位置付けている。
文庫版は1998年刊行。
その後、なんと13年も経ってから文庫の新装版が登場した。けっこう息の長い作品となっている。
おススメ度、こんな方におススメ!
おすすめ度:★★★(最大★5つ)
歌野晶午の比較的初期の作品を読んでみたい方。信濃譲二シリーズ後の、歌野晶午の作風の変化を感じ取ってみたい方。ミュージシャンを主人公とした、社会派的な属性も併せ持ったミステリ作品に興味のある方におススメ。
あらすじ
稀代のカリスマシンガーROMMYは死んだ。突如として現れ、瞬く間にスターダムにのし上がったROMMY。しかし彼女の経歴とプライベートは謎に包まれたままだった。大物ロックミュージシャン、フランク・マーティンとの共演を目前に控えたその日、何故彼女は死ななくてはならなかったのか。伝説の始まり、そして終焉に至るまでを綴る。
ここからネタバレ
「人間を描く」ことに注力した一作
最初期作品の信濃譲二シリーズでは、典型的な「人間が描けてない」系の作家だった歌野晶午が、なんとか魅力的なキャラクターを作りだそうと試行錯誤しているのがよく判る。本格テイストは一見あるように見えて実は皆無。叙述系のトリックなのかと思わせた部分も、意外にひねりがなくそのまんまで肩すかし。ミステリというよりは、天才歌手ROMMYの生涯をいかに魅力的に描いていくかに、全てを賭けた作品だった。
ROMMYのキャラクタ造形は良かったと思う。問題は「彼」の方で、そこまでの犯罪行為をさせるには掘り下げが甘かったかな、と。しかし、「彼」はあんなことをしでかした後で、無事に本来の夢を叶えることが出来たのだろうか。結果として宣伝にはなったと思うけど、怖くて誰も仕事を頼む気にはなれないと思うのだけど。でもまあ、それでもROMMYの遺作を手がけることが出来れば本望なのだろう。
ちなみに、何故か文庫版ではサブタイトルが「越境者の夢」に改題されている。これは作中に出てくるROMMYのラストアルバムのタイトルなのだが、本作の内容を象徴する言葉なのであえて変更したのだろう。これは納得。