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『嫉妬と階級の『源氏物語』』大塚ひかり

『凶手』アンドリュー・ヴァクス 行間から溢れる狂おしいまでの哀しみ

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男と女のロマン・ノワール

1994年刊行作品。オリジナルの米国版は1993年刊行。原題は『Shella』。

かれこれ30年も前の作品ということになる。作者のアンドリュー・ヴァクス(Andrew H. Vachss)は1942年生まれのアメリカ人ミステリ作家。暗黒小説の名手として名高い。代表作はアウトロー探偵バーク・シリーズである。2021年に他界されている。

アンドリュー・ヴァクスの本業は弁護士で、児童虐待問題を主な取り扱い分野としているらしい。小説を書いているのも、世界から児童虐待を無くすためなのだとか。右目にアイパッチをつけた強烈な著者近影からは、ちょっと予想も出来ない経歴である。

ハヤカワ文庫版は1998年に刊行されている。わたしが読んだのはこちら。

凶手 (ハヤカワ・ミステリ文庫 (HM 189-7))

おススメ度、こんな方におススメ!

おすすめ度:★★★★(最大★5つ)

悪い奴が悪い奴をやっつける系。悪の魅力。ノワール系の小説がお好きな方。運命の女という言葉に惹かれる方。アンドリュー・ヴァクス作品を読んでみたいと思っていた方。とにかくラストでビックリしたい方におススメ!

あらすじ

凄腕の殺し屋ゴースト。ストリップバーの踊り子シェラと意気投合した彼は、美人局のコンビを組み荒稼ぎを始める。しかし彼は予期せぬ殺人事件に巻き込まれ刑務所送りにされてしまう。刑期を終えてシャバに出てきたとき、シェラは何処へともしれず行方をくらませていた。運命の女を求めて暗黒街を彷徨するゴースト。その行き着く果てに見たものは。

ここからネタバレ

多くの作家に影響を与えたノワール小説

本作は本流のバークシリーズでは無い単発作品。特徴的なのは簡潔にして冷ややかな切れ味の良い文章。これは内外の多くの作家に影響を与えたらしい。石田衣良のIWGPシリーズもその一例なのだそうだ。解説をノワール小説大好きの馳星周が書いているのもむべなるかな。代表作『不夜城』からは明らかにヴァクス作品の香りがしてくるものなあ。

運命の女に出会ってしまった男の物語

暗殺稼業を生業としているゴーストの武器は二本の腕のみ。腎臓パンチと頸部へし折りだけで標的を殺害する。仕事人みたいな奴だ。貧困と暴力の中で育ち、初めての殺人は15歳の時。そして彼が追い求めるファムファタール、シェラは幼い頃から実父による性的虐待を受け、ゴーストと出会ったときにはストリップバーの踊り子をして生計を立てていた。共に地獄を見てきた二人は、互いをパートナーとして受け入れ、深い愛情と強い絆を育てていく。

エピソード1はVSスペインマフィア

物語の構造としては短編二本+エピローグといった形になって、一匹狼のゴーストは組織にシェラを探してもらう代償として、二件の殺しを請け負う。エピソード1はスペインマフィアの大物殺し編。人間としての大事な何かが欠けている、ゴーストという男の特異さが次第に浮き彫りにされていく。サブキャラのミスティーがいい子で泣けた。

エピソード2はVS白人至上主義者団体

そしてエピソード2は白人至上主義者団体(KKK団みたいな?)の総統暗殺編。最初のエピソード1でゴーストの強さは十分判ってしまったので、正直こちらの話は少々退屈だった。だって、負けるわけないじゃない。シェラ失踪の本筋とも直接は関係がないだけに、どうしても流して読んでしまいがちだった。総統の娘のエピソードが放りっぱなしになったままなのも気になったな。

衝撃のラストに震えるべし

ゴーストは邪魔な雑草を取り除くかのように、何の感情の揺らぎもなく淡々と標的を殺し続ける。それは冷酷なわけでも、タフガイを気取っているわけでもなく、感情のある部分が麻痺してしまっているからなのだ。

直接的にゴーストがその苦しさや、哀しみを訴えるシーンは一切存在しない。それなのに彼の行動の軌跡からは、狂おしいばかりのの哀しみが滲み出てくる。衝撃的なラスト一頁を読み終えた後は、しばらく呆然としてしまった。途中の中だるみが、やや惜しいが十分許容範囲かと。ノワール系が好みでない人もこれは一度読んで欲しい一作である。

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