野崎まどのデビュー作
2009年刊行作品。昨今、各方面で活躍し、知名度の上がっている野崎まどのデビュー作
である。
第16回電撃小説大賞にて、新設されたメディアワークス文庫賞を受賞。電撃系のライト文芸レーベルメディアワークス文庫の創刊ラインナップに名を連ねることになった。
その後、なかなか入手できない状況が続いていたが、折からの野崎まど人気を受けて、2019年に新装版が登場している。って、せっかく探して買ったのにちょっとショック……。
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[映]アムリタ 新装版 【新装版】[映]アムリタ (メディアワークス文庫)
- 作者: 野崎まど
- 出版社/メーカー: KADOKAWA
- 発売日: 2019/09/25
- メディア: Kindle版
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あらすじ
井の頭芸術大学に通う二見遭一は役者志望。彼は学内での自主制作映画「月の海」への出演を依頼される。監督は、学内屈指の天才と噂される新入生最原最早。彼女の作った絵コンテを見た二見は、その圧倒的な才能に衝撃を受ける。映画の撮影は順調に進み、二見は最原との距離を縮めていくのだが……。
アムリタとは?
タイトルのアムリタについて、本作ではこう説明されている。
アムリタ。一応知識としては知っている。仏教だかヒンドゥー教だかの神話に出てくる飲み物だ。たしか甘露と同じ意味だったので、甘くて美味しい飲み物なんだろう。
『[映]アムリタ』p89より
これだけだとちょっとわかりにくいので、Wikipedia先生からも引用。
アムリタ(サンスクリット語: अमृत、amṛta), 甘露は、インド神話に登場する神秘的な飲料の名で、飲む者に不死を与えるとされる。乳海攪拌によって醸造された。
まとめると、インド神話に由来する飲み物で別名甘露。それを飲むものは不死になるってところかな。
さて、本作での『アムリタ』は天才少女最原最早(さいばらもはや)の作り出した映画作品として登場する。飲んだものを不死にするともされるアムリタは、神の作りし飲み物である。アムリタを目の前に置かれて、平凡な人間はそれを飲まずにはいられない。たとえそれが自身にどんな災厄をもたらすと知っていても、神の術中に囚われた人間は、それに抗うことは出来ないのだ。
天才最原の掌の中で転がされている二見は『アムリタ』の魅力に抵抗することが出来ない。
天才最原最早の物語
本作は天才が天才故の倫理観で凡人を踏みにじる物語である。
この作品のヒロイン、最原最早(さいばらもはや)は天才である。どれくらい天才かと言うと、監督した映画作品を見せるだけで、鑑賞者の人格を根こそぎ他人に作り替えてしまうのだ。これが出来れば何でもアリである。
本作冒頭で、作者はレンタルビデオ店の店長の言葉で、天才の映画についてこう語らせている。
(前略)でも絶対的で凄絶で唯一無二の映画。それはきっと、天才と呼ばれる人間に変装した神様が作った映画なんだよ
『[映]アムリタ』p19より
絶対的で凄絶で唯一無二の映画を作るものは神なのであると、この時点で本作では定義されていたわけである。
彼女の論理、倫理感は常人の域を超えていて、不慮の事故で死んでしまった交際者(定本)の人格を、外観の良く似た二見に再現させようとする。しかも、その意図をあらかじめ二見に気付かせ、最原の願いをかなえるためにあえて定元になることを決意させておきながら、その実、既に二見の人格は定本に書き換え済みであったというタチの悪さである。
最原にはもちろん悪意はなかったはずである。上位の存在が下位の存在をどう扱おうと罪悪感を抱くことなどある筈もない。あったのは純粋で残酷な好奇心なのだろう。
二見は最初から定本化していた?
本作の終盤で、二見は『アムリタ』によって自身の人格が、とうに定本に上書きされていることを知る。それはいつからだろうか?
これの前に定本が書いたやつは、もっと俗っぽい感じだったよ。定本は評価される類の映画を撮りたがっていたから。マイノリティよりはメジャー志向だったな。
『[映]アムリタ』p152より
と、あるように、定本はマイナー受けよりはメジャー受け狙い。マニアに喜ばれるよりは、大衆に評価されてナンボと考えるタイプの映画人であったようだ。
そこで、二見の言動を遡っていくと以下のような会話を発見出来た。
いや、二見君はいつも役者の演技の話ばっかりだったからさ。それにこの映画みたいなマイノリティっぽいの好きじゃん。一般受けなんて言うから、ちょっとびっくりしたんだよ。
『[映]アムリタ』p15より
俳優志望であった二見はもともと役者の演技に重きを置いて映画を観賞するタイプで、一般受けといった俗な要素には関心薄かったようなのである。
また、そのあとの二見のモノローグではこう書かれている。
最近ちょっと映画の見方が変わってきたように感じる。これまで自分が役者のせいか、見るのも役者の演技の善し悪しばかりだったけれど、最近は演出とか作品全体のことを見るようになった気がする。
『[映]アムリタ』p15より
役者視点で映画を見ていたのに、演出者の視点で映画を見るようになっている。これでほぼ確定かな?
『アムリタ』をいつ見せられたのかは言及されていないが、作品の最初から二見が定元化させられていたのは間違いなさそうである。
「月の海」への出演を決めたことですら、二見当人の意思ではなかったことになり、なんとも後味の悪い作品である。
最原最早は他の作品にも出てくるらしい
わたしが、野崎まどを知ったのは、2017年のアニメーション作品『正解するカド』だったのだが、前半最高、後半なんだそれ!というすさまじい怪作!これで、シリーズ構成・脚本「野崎まど」の名前が鮮烈に刻み込まれた(笑)。
ファンの方曰く、最原最早は相当に野崎まどに愛されているキャラクターらしく、この後の作品にも頻繁に登場するようだ。自らが生み出した天才キャラにはやはり愛着が出るのかな。森博嗣作品における真賀田四季みたいな感じ?
というわけで、引き続き野崎まど作品は追いかけていくつもりなので、他の作品の感想も書いていく予定。気長にお待ち頂きたい。
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- 作者: 野崎まど,森井しづき
- 出版社/メーカー: アスキー・メディアワークス
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- メディア: 文庫
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その他の野崎まど作品も読み始めたので感想はこちら
おまけ:『アムリタ』と言えば
吉本ばななでしょ!(←オッサン読者)。もう四半世紀前の作品だから、最近は読まれてないのかな。もはや古典とも言える、吉本ばなな初期の名作なので、こちらもおススメ。