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『青ノ果テ 花巻農芸高校地学部の夏』伊与原新 宮沢賢治×ロードノベルの魅力

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ブレイクしそうな伊与原新作品

2020年刊行作品。作者の伊与原新(いよはらしん)は1972年生まれ。第30回横溝正史ミステリ大賞を受賞した、2010年刊行の『お台場アイランドベイビー』がデビュー作。その後『月まで三キロ』では第38回新田次郎文学賞を受賞。『八月の銀の雪』が第164回直木賞の候補となったことも記憶に新しい。近年、ノリにノっている作家の一人と言えるだろう。

青ノ果テ :花巻農芸高校地学部の夏 (新潮文庫 い 123-2 nex)

本作は新潮文庫nexへの書下ろし作品。表紙イラストはsyo5が担当。『最後の医者は桜を見上げて君を想う』『どこよりも遠い場所にいる君へ』の装画でも知られている人気イラストレータ。

描かれているのは作中に何度も登場する北上川のイギリス海岸付近だろうか。透明感があってエモーショナルな絵柄は昨今のライト文芸の流れをくむもので、作品世界を上手く表現できているように思える。

おススメ度、こんな方におススメ!

おすすめ度:★★★★(最大★5つ)

宮沢賢治作品が好きな方。特に『銀河鉄道の夜』の大ファンの方。宮沢賢治ゆかりの地を訪ねてみたいと思っている方。岩手県が大好きな方。気持ちよく読める、爽やかな青春小説を探している方におススメ。

あらすじ

東京からの転校生、深澤北斗の存在が佐倉七夏を変えてしまった。突如として姿を消した彼女に何があったのか。成り行きから、新設された地学部に入ることになった江口壮多は、奇しくも深澤と共に、宮沢賢治ゆかりの地を巡ることになる。イーハトーブはどこにあるのか。花巻、早池峰山、宮古、そして岩手山へ。彼らの探す「青ノ果テ」は果たして見つかるのだろうか。

『銀河鉄道の夜』のネタバレに注意!

まず最初に注意。本作では宮沢賢治の『銀河鉄道の夜』について重大なネタバレが存在する。著名な作品の、あまりに有名なネタバレだから、ご存じの方も多いと思うが、気になる方は先に『銀河鉄道の夜』を読んでおいた方が賢明である。

『銀河鉄道の夜』のネタバレ部分が、『青ノ果テ』の内容を理解するうえで重要な意味を持ってくる。『銀河鉄道の夜』を知っているのといないとでは、ラストシーンのカタルシスがまったく変わってくる。繰り返すが、『銀河鉄道の夜』を先に読んでおこう。名作中の名作なので、この機会に是非どうぞ。

青空文庫版であればウェブ上で無料で読むことも出来る。

ココからネタバレ

宮澤賢治×ロードノベル

本作に登場する花巻農芸高校は架空の高校だが、モデルとなっているのは、実在する高校、花巻農業高等学校である。前身である花巻農学校に宮沢賢治が教諭として奉職していたことから、ファン的には重要な学校となっている。

本作の主人公、江口壮多(えぐちそうた)は鹿踊り部に所属している。そんな部活あるのかよ??と部外者としては突っ込みたくなってしまうが、鹿踊り部も実在するのである。

本作は宮沢賢治ゆかりの地を訪ね歩く、ロードノベル形式を取っている。登場人物らが訪れたスポットをマップ化してみた。半端ない分量である。非常に充実した旅だったことは間違いない。宮沢賢治作品のフリークとしてワクワクが禁じえない。

岩手県は広い(四国と同じくらいの面積がある)。これだけ四方に散らばった宮沢賢治関連スポットを、車を使わずに自転車と鉄道だけで移動してしまうとは高校生の体力恐るべしである。

旅の魅力

本作の主人公である江口壮多は、幼い頃に両親が離婚。唯一打ち込めるものとして、鹿踊り部での活動に情熱を傾けている。しかし、大切な大会の前に指を骨折してしまい、鹿踊り部に参加できなくなってしまう。

壮多とは対照的な存在として登場するのが、東京からの転校生、深澤北斗(ふかざわほくと)である。斜に構えたような、容易に打ち解けないスタイルの深澤だが、地学部での活動には異常な執着を見せる。

ヒロイン格の佐倉七夏(さくらなのか)は、壮多の幼馴染。中学時代に虐めを受けた経験があり、壮多は七夏の周囲にいつも気を配っている。

本作はこの三人の関係性を軸に展開されていく。突然姿を消した七夏。彼女などうして姿を消したのか。そして壮多と深澤は衝突を繰り返しながらも、賢治の遺構を辿る旅の過程で交流を深めていく。その過程で、七夏と深澤。そして壮多と深澤の間にも思いもよらぬ因縁が隠されていたことが判明していく。

旅とは非日常の世界である。十代の多感な時期に、二週間もの期間、限られたメンバーだけで過ごす時間は特別なものであろう。反発し合っていた壮多と深澤が、次第にお互いを認め、信頼を培っていく。この過程が実にいい。

サブキャラながら、地学部を立ち上げた、三年生の三井寺(みいでら)先輩のキャラが最高で、すっかり彼のファンになってしまった。三井寺の存在失くして地学部は存在しなかったわけで、この作品の陰の功労者と言えるだろう。高校生で、これだけ自分の軸が定まっている子って貴重だと思う。

ジョバンニの息子とカムパネルラの息子、そしてザネリの娘の物語

物語の終盤で、壮多と深澤、そして七夏の親時代からの因縁が明らかになる。壮多の父と、深澤の父は親友同士であった。そして深澤の父は、七夏の母親を救うために、遭難死していた。彼らの関係性に、『銀河鉄道の夜』のジョバンニとカムパネルラ、ザネリの関係性が重ねられる。この構成が本当に素晴らしい。

『銀河鉄道の夜』ではどうしても、ジョバンニとカムパネルラのみにスポットが当てられがちなのだが、生き残ってしまったザネリの罪悪感に目を向けているところは伊与原新の着想の妙と言える。

なお、本作で登場する「カムパネルラが死なない」版の『銀河鉄道の夜』は、異稿として、ちくま文庫版の『宮沢賢治全集<7>』で読むことが出来る。

おまけ

恥ずかしながら、わたしもワカモノ時代は宮沢賢治作品にハマっており、岩手県各所を旅している。当時の写真がいくつか残っているのでご紹介しておこう。もともとカメラの腕がヘボいことに加えて、二十年以上前の写真なので画質も低い(640×480)が、その点はご容赦を。

まずは花巻市の市街地部分。

花巻市街地

花巻市街地

少し郊外にでるとこんな感じ。

花巻の田園風景

花巻の田園風景

花巻農業高等学校へ向かう途中。花巻空港沿いの道。

花巻農業高等学校へ向かう道

花巻農業高等学校へ向かう道

花巻農業高等学校の敷地内にある羅須地人協会(らすちじんきょうかい)。宮沢賢治が農業指導を行った場所。

羅須地人協会

羅須地人協会

 羅須地人協会の入り口。有名な『下ノ 畑ニ 居リマス 賢治』も再現されている。

『下ノ 畑ニ 居リマス 賢治』

『下ノ 畑ニ 居リマス 賢治』

ブレまくっているけど、深夜の山田線区界(くざかい)駅。

深夜の区界駅

深夜の区界駅

往訪時、岩手山は火山活動で入山規制が行われており登頂を断念。代わりに八幡平(『青ノ果テ』における本来の目的地)に登っている。こちらは八幡平(はちまんたい)側からみた岩手山。

八幡平方面から見た岩木山

八幡平方面から見た岩木山

八幡平の山頂近辺はこんな感じ。八幡平は山というよりはなだらかな高原といった感じ。散策するには非常に気持ちの良いスポットだった。

八幡平山頂付近

八幡平山頂付近

最後に個人的な「青ノ果テ」。当時は花巻市郊外のユースホステルに宿を取ったのだが、完全に道に迷い、途方に暮れながら歩いたのがこのあたり。日没直後の絶妙な「青」が印象に残っている(写真の解像度粗いけど)。

青ノ果テ?

青ノ果テ?

なおこれよりも更に前には、イギリス海岸や、宮古、早池峰山にも登っているのだが、写真が残っておらず残念。四半世紀近く経ったのっで、そろそろ再訪してもいい頃合いかな。

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