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『爆弾』呉勝浩 連続爆破事件を警察は止めることが出来るのか

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2023年版「このミス」「ミステリが読みたい」二冠!

2022年刊行作品。筆者の呉勝浩(くれかつひろ)は1981年生まれのミステリ作家。デビュー作は、第61回の江戸川乱歩賞を受賞した2015年の『道徳の時間』だ。

その後、毎年コンスタントに新作を上梓。2018年の『白い衝動』が第20回の大藪春彦賞を受賞。2020年の『スワン』が第41回の吉川英治文学新人賞及び、第73回日本推理作家協会賞をダブルで受賞。

また、上記の『スワン』と、更に2021年の『おれたちの歌をうたえ』、そして今回紹介する『爆弾』がそれぞれ直木賞の候補作に選ばれている。いま、もっとも直木賞に近い作家のひとりといえるだろう。

爆弾

『爆弾』は、呉勝浩としては11作目の作品となる。本作は2023年版の「このミステリーがすごい」、「ミステリが読みたい」でいずれも1位を獲得と、二冠を達成。

「週刊文春ミステリーベスト10」で第一位となった夕木春央の『方舟』や、「本格ミステリベスト10」で第一位となった白井智之の『名探偵のいけにえ 人民教会殺人事件』と共に、2022年を代表するミステリ作品となっている。

あらすじ

酔った挙句に酒屋の店主を殴打。署に連行されてきた、風采のあがらない男が告げる。「事件が起こる気配です」。その後、都内で爆発事件が発生。更に男は告げる。「次は一時間後に爆発します」。男は本物の爆弾魔なのか。次の犯行現場どこなのか。のらりくらりと追及をかわす男は「クイズ形式」で犯行を仄めかす。男の真意はどこにあるのか?そして警察は爆発を止めることが出来るのか。

登場人物一覧

登場するキャラクターの数が多いので、最初に整理しておこう。

  • スズキタゴサク:風采のあがらない中年男。良心の麻痺した無敵の人
  • 等々力功(とどろきいさお):野方署勤務。刑事職に対する情熱を失っている
  • 清宮輝次(きよみやてるつぐ):警視庁捜査一課。スズキの取り調べ担当
  • 類家(るいけ):警視庁捜査一課。清宮の部下
  • 鶴久(つるく):野方署勤務。課長。等々力らの上司。75点の男
  • 倖田沙良(こうださら):交番勤務。最初にスズキを署に連行
  • 矢吹泰斗(やぶきたいと):交番勤務。伊勢と同期
  • 伊勢勇気(いせゆうき):野方署の刑事。矢吹と同期
  • 猿橋(さるはし):野方署の刑事
  • 井筒(いづつ):野方署の刑事
  • 長谷部有孔(はせべゆうこう):ベテラン刑事。とある事情で警察を去る
  • 石川明日香(いしかわあすか):長谷部の妻
  • 石川美海(いしかわみう):長谷部の娘
  • 石川辰馬(いしかわたつま):長谷部の息子
  • 細野ゆかり(ほそのゆかり):女子大生

警察小説の魅力

『爆弾』は、東京都中野区に存在する野方(のがた)署を舞台に展開される警察小説である。警察小説とはこんなジャンル。Wikipedia先生から引用させていただいた。

警察小説とは、推理小説の中で主役を張ることが多い探偵(職業としての探偵ばかりでなく、事件の関係者が真実を追うため結果としてそうなることもある)に対して「脇役」的存在であることの多かった「警察官」というポジションを主人公、またはそれを中心とした立場に置いたものである。

警察小説 - Wikipediaより

名探偵が謎を解くタイプの作品と異なり、警察小説では登場人物たちは警察組織に所属しているが故の制約を受ける。警察は基本的に二人一組での行動が基本であり、個人が単独行動を取ることは許されない。上下関係は厳しく組織の命令は絶対で、登場人物が自由気ままに捜査をすることはできない。警察組織は減点方式であり、ちょっとした失敗も将来の出世に響いてくる。そして過去に受けたマイナスの評価を覆すことは困難で、一度冷や飯を食わされるとその後浮かび上がることは難しい。

また、組織に君臨する警視庁と、地域の所轄署間の格差も見逃せない。地域の軽犯罪は所轄署が担当するが、殺人などの重大事件となると、捜査の指揮権は警視庁に持っていかれ、所轄署の警察官はその指揮下に入る。

警察官、刑事といっても、他者を押しのけてでも上にのし上がっていきたい者、既に敗北者の烙印を押されやる気を失っている者、ただ毎日、同じ日々が続けばいいと思っている者と、仕事における意欲、情熱は人によって異なる。超実力主義の過酷な世界で、それぞれの登場人物はいかにして自らの職務を全うするのか。警察小説ではそんな部分に着目して読み進めるのも面白いのではないかと思う。

行き詰まる密室劇

『爆弾』では、署に連行されてきたスズキタゴサクと名乗る男が、秋葉原での爆弾事件を予告。第二、第三の犯行を仄めかすことで、にわかに大事件へと発展していく。スズキは、当初は当初は、単なる地元での暴行犯として、所轄の野方署の刑事、等々力が取り調べを担当していた。しかし、スズキは、重大犯罪である爆発事件の容疑者となったため、警視庁からエリート捜査官の清宮と類家が派遣されてくる。

ここからスズキと清宮の行き詰る対決劇がはじまる。清宮は限られた時間の中で、スズキに次の犯行場所を白状させなければならない。言を左右して、清宮をはぐらかすスズキ。次々に拡大していく被害。緊迫感溢れる取調室内での密室劇が、読み手を唸らさせる。

経験豊富で、冷静沈着なベテラン捜査官の清宮と、天才だがまっとうな倫理観が欠如した若手刑事類家との対比も面白い。

スズキタゴサクの不気味さ

本作で際立つのは、犯人であるスズキタゴサクの得体の知れなさ、底知れぬ闇の深さだ。あえて、微罪を犯して野方署に拘束され、爆弾事件を予告。事前に周到な計画を立て、拘束されている身でありながら警察を手玉に取り、次々に爆弾を炸裂させていく。

スズキは一見すると、その辺にいる無気力で怠惰なオッサン風。さえない容貌のスズキだが、外見とは裏腹に彼の知能は極めて高い。想像するにスズキの人生は、その能力に見合った待遇を得られてこなかった。周囲からは見下され、バカにされ、迫害される。不遇な人生の反動なのか、スズキは底知れぬ暗部をその内面に秘めたまま、自身を「爆弾」として警察への挑戦状を突き付ける。

「復讐しなくていいんですか」「金がもらえるなら爆弾のスイッチを押すはずだ」「次が生まれればいい」、果てしなく垂れ流されるスズキの毒が、優秀な捜査官である清宮や類家の精神に少しづつ浸透していく。

『爆弾2』はあるのか?

スズキの毒は、確実に類家のメンタルを破壊したかと思われる。『爆弾』作中における、類家の着想力、推理力は卓越しており(というか、神がかりレベルだったと思う)、彼が悪の側に回ったとしたら手の付けられないことになりそう。スズキに「次が生まれればいい」と、バトンが託されたかに見える類家は果たして「最後のボタン」を押すことがあるのか?『爆弾』は大ヒット作となったので、まだまだ続編が出せそうな気がする。スズキも獄中からではあるが、続篇に関与できそうに思えるので、是非続きを読んでみたいところ。

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