ネコショカ

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川口俊和『コーヒーの冷めないうちに』演劇作品から生まれたベストセラー


オリジナルは演劇作品だった

2015年刊行。もともとは戯曲として書き下ろされていた作品を、小説として書き直したもの。2017年の本屋大賞では第10位にランクインしている。

コーヒーが冷めないうちに
1110プロヂュース主宰の川口俊和が2010年に当時、演劇ワークショップの受講生のために書き下ろした作品。過去に戻れるという噂の喫茶店で起きる四つの物語から構成される。2013年には杉並演劇祭で大賞受賞。2015年12月にサンマーク出版より同タイトルで小説として出版。本屋大賞2017にもノミネートされ、二年目となる2017年12月の地点で発行部数57万部を突破。ロングセラーとして多くの読者に愛される作品となった。

1110プロヂュースHPより

 

作者の川口俊和は1971年生まれ。劇団音速かたつむりの脚本家兼演出家を経て、現在は演劇ユニットの1110プロデュースを主宰している。

コーヒーが冷めないうちに

サンマーク出版といえば実用書主体の出版社だ。小説作品がこの出版社から発売されてベストセラーになるのはかなり珍しいパターンだが、以下のような事情によるものらしい。かなりレアなケースだね。

劇団音速かたつむりの脚本家兼演出家として活動していた川口俊和が手掛けた舞台作品で、2010年3月の演劇ワークショップ用に書き起こされた。2011年2月にあらためてキャストを集めて公演が行われ、それを見に来た編集者が感動し声を掛け、2015年に小説として出版された。

コーヒーが冷めないうちに - Wikipedia より

あらすじ

喫茶店フニクリフニクラでは、「とある条件」を満たすと、ただ一度だけ願った時間に戻ることが出来る。言えなかった思い、伝えられなかった気持ち、今はもういないあの人に会いたい、さまざまな人々の願い。噂を聞き付けて今日もまた一人、新たな客がやってくる。

タイムスリップを成功させるための条件が厳しすぎる

本作では、一度だけタイムスリップを行うことが出来るのだが、その条件は極めて厳格かつ、限定的である。以下、そのルールを引用しておこう。

一、過去に戻っても、この喫茶店を訪れた事のない者には会う事ができない
二、過去に戻ってどんな努力をしても、現実は変わらない
三、過去に戻れる席には先客がいる 席に座れるのは、その先客が席を立った時だけ
四、過去に戻っても、席を立って移動することはできない
五、過去に戻れるのは、コーヒーをカップに注いでから、そのコーヒーが冷めてしまうまでの間だけ

『コーヒーの冷めないうちに』より

厳しすぎる(笑)。

元々が演劇台本で、しかも「演劇ワークショップの受講生のために書き下ろした作品」とあるので、手軽に上演出来る必要があったのであろう。場面転換もなし。物語は最初から最後まで店内のみで進行する。

ウェルメイドな良作

しかしながら、演劇用として書かれたが故の限定条件が、本作を魅力的な内容にしているのだから興味深い。本作は非常に良くできた物語なのだ。

この物語では「恋人」「夫婦」「姉妹」「親子」。四つの関係性が描かれる。さまざまな困難を乗り越えてでも過去に戻りたいと欲するくらいなのだから、登場人物たちはそれぞれに、自身のかつての生き方に対して悔恨の念を抱いている。「あの日」に一度だけ戻ることが出来るとしたら、自分ならどうするだろうか、何を言うのだろうか。

一度起こってしまった過去は変えることが出来ない。その前提に立ったうえで、未来を変えていくために何が出来るのか。登場人物たちの選択が、この先をどう変えていくのか。作者は本作の末尾に、登場人物のひとり、数のモノローグとして、以下のようなメッセージを残している。

(心ひとつで、人間はどんなつらい現実も乗り越えていけるのだから、現実は変わらなくとも、人の心が変わるのなら、この椅子にもきっと大事な意味がある……)

『コーヒーの冷めないうちに』最終頁より

過去は変えられなくても、心が変われば未来は変えられる。そのための勇気を与えてくれるのが、本作で描かれるタイムトラベルなのだ。

なお、このお話、ワンピースの女の話など、残されている謎も多く、いかにも続きそうである。というか続いている。現時点で続篇として『この嘘がばれないうちに』『思い出が消えないうちに』の二冊が刊行されているようなので、いずれ読んでみるつもりである。

演劇台本を小説家する際の問題点

あ、でもちょっとだけ残念な点もある。

演劇用の台本を小説用に改稿した影響なのだろうが、台本のト書きを頑張って膨らませたようなぎごちなさが全編に漂っていて「無理してる」感がどうしても漂ってしまうにのである。

登場人物の心理描写も直球勝負でそのまま書いてくるので、直截な表現でわかりやすい反面、小説の読ませ方としては物足りなさも感じてしまう。この作家の特徴なのかもしれないが、もう少し行間を読ませるような工夫があっても良いと思うのだ。

コーヒーが冷めないうちに

コーヒーが冷めないうちに

 

続篇『この嘘がばれないうちに』の感想はこちらから

www.nununi.site

映画化もされている

本作は、2018年に塚原あゆ子監督によって映画化されている。キャスティングは以下の通り。

時田数(有村架純)
新谷亮介(伊藤健太郎
清川二美子(波瑠)
賀田多五郎(林遣都)
時田流(深水元基)
平井久美(松本若菜)
高竹佳代(薬師丸ひろ子)
平井八絵子(吉田羊)
房木康徳(松重豊)
夏服の女(石田ゆり子)
未来 (山田望叶)

映画版では第二作の『この嘘がばれないうちに』収録のエピソードも含まれているため、こちら読んだ上で映画版を観たいと考えている。よって、映画版の感想はしばしお待ちを。

キャスト表を見ていると、書籍版では登場しなかった名前がチラホラ出てくるのだが、これは映画オリジナルキャラなのか、それとも二作目のキャラなのだろうか。数役の有村架純をヒロインとして立ててしまっているので、かなり彼女メインのお話に改変されてそうな気がするな。

映画版の違い(映画版ネタバレ)

ようやく映画版を見たので、雑に違いを箇条書きで書いておこう。

『コーヒーが冷めないうちに』映画版の違い
・店が広い。半地下で外の光が入る。明るい雰囲気。
・二美子と五郎の関係が、同僚から幼馴染に
・アルツハイマーを発症したのが高竹さんになっている。
・計が登場しない。
・未来は数の娘として登場
・タイムトラベル後、席を立ってもいい
・出産後も引き続きタイムトラベルをさせる(コーヒーを淹れる)能力は残る

原作では計が負っていた役割を数が担っており、かなりのアレンジがほどこされている。また、数役に有村架純を据えただけあって、彼女メインの方向に物語が寄せられており、このあたりは賛否分かれるところかな。数に関するオリジナルの恋愛エピソードが多数追加されていた。逆に計ちゃん派は許せない改変だろうね。

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