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『ドゥームズデイ・ブック』コニー・ウィリスの名作タイムトラベルSF

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ヒューゴー賞・ネビュラ賞・ローカス賞、三冠に輝いた名作

オリジナルのイギリス版は1992年刊行。原題は『Doomsday Book』。

日本では1995年に単行本版が登場。

ハヤカワ文庫版は2003年に刊行されている。

ちなみに、文庫版は刊行当時、田口順子イラストによる、比較的作中の世界観に近いイメージのカバーデザインになっていた。

Doomsdaybook

しかし、その後コニー・ウィリス作品は、共通デザイン?に揃えようという版元の意向が働いたのか、何故かカバーデザインが変更されてしまった。全然雰囲気出てないんだけど、どうして変えてしまったのか謎。改悪でしかないと思う。

コニー・ウィリス(Constance Elaine Trimmer Willis)は1945年生まれのアメリカ人SF作家。同年の海外SFの主要プライズであるネビュラ賞・ヒューゴー賞・ローカス賞の三賞を全て獲得している。

タイトルとなっている『ドゥームズデイ・ブック』とは本来、イングランドのノルマン王朝創始者ウィリアム一世が徴税を効率化するために作らせた土地台帳を指すが、本書中では主人公のキブリンが現地でのレポートを事細かに書き記した(吹き込んだ)手記のことを意味する。

おススメ度、こんな方におススメ!

おすすめ度:★★★★★(最大★5つ)

時間モノのエスエフや、感染症パニック系の作品がお好きな方。中世のイギリスを舞台とした小説作品を読んでみたい方。初期のコニー・ウィリス作品に関心がある方。とにかく面白い小説を読んでみたいと願っている方におススメ!

あらすじ

21世紀のイギリス。遂に実現した時間旅行は歴史研究者に新しい扉を開いた。オックスフォード大学の女子学生キヴリンは実習のために14世紀へと旅立つ。しかし完全な防疫措置を施された筈の彼女は到着早々に謎の病に倒れ人事不省に陥ってしまう。彼女の帰りを待つ現代でも突如発生した伝染病が人々を襲う。果たしてキヴリンは無事に帰還することが出来るのか。

ここからネタバレ

第三部まで我慢すべし!

この話とにかく長い。上下巻で1,100ページを超える。そしてこの話やたらに展開が冗長。真相はなかなか明らかにされないし、度重なるトラブルメーカーの出現に何度も本筋が中断する。更にこの話登場人物がメチャメチャに多い。カタカナ名前を覚えるのが苦手な向きにはかなりシンドイ。第一部と第二部を読んでいるときには正直タルくてタルくて、第三部に入るまで一ヶ月近くかかってしまった。

しかしその苛々は第三部で劇的に改善される。ずっと隠しているけどホントはペストだろ。ペストなんだろ!と序盤から匂わせながらも延々引っ張ってきた最終燃料が第二部のラストでようやく投下されるからだ。全体の2/3は壮絶なラストスパートに至るまでの長い長い助走だったわけだな。第三部を読み終えるには僅か一晩しかかからなかった。この点、小野不由美の『屍鬼』なんかに通じるものがある。パニックホラーものは「溜め」が大事だよね。

見事な伏線回収

通して最後まで読み終えてみると、冗長に見えた構成も後半部の一気呵成の流れを引き出すために有効であったことがよく理解出来るし、多すぎるように思えた登場人物も、よくよく考えてみると現代と中世とでシンメトリカルな造りになっていることが判り驚かされる。広げた大風呂敷を綺麗に畳んで見せる手腕も、円熟とも言える境地に達しているこの作者ならではのものだろう。

愛すべき人々が次々とペストに蝕まれ命を落としていく中で、自らの行為が気休めでしか無いと知りながら懸命の看病を続けるキヴリン。ペストが襲来する第三部は凄惨な描写が続く。「ドゥームズデイ」とは「最後の審判」の意であり、このタイトルに込められた皮相的なな意味が浮かび上がってくる。荒漠とした凍てつく白い大地。立ち並ぶ十字架。積み上げられた屍の山。序盤の牧歌的な描写からこれほどまでの暗澹たる展開は予想出来ないだろう。

ダンワージー先生がキヴリンを好きすぎる件

ところでダンワージー先生の異常ともいえるキヴリンへの思い入れは何なのか。下世話な興味が惹かれるところだけど、余計なお世話?病み上がりの体に鞭打って無理して中世まで出張ったのはいいけど、コリンが居なかったら間違いなくそっちが遭難してただろ。最後の最後でようやくこちらの世界へ気持ちが戻ってきたキヴリンのラストの一言(この台詞ホントに最高!)で全て救われたとは思うけど。

おまけ:訳者あとがき

ちなみに、文庫版の訳者あとがきがネットで公開されているのでご紹介。

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