第一回「読者による文学賞」受賞作
2019年刊行作品。作者の浅葉(あさば)なつは『空をサカナが泳ぐ頃』が、第17回電撃小説大賞でメディアワークス文庫賞を受賞して作家デビューを果たしている。代表作は累計150万部を超えた『神様の御用人』シリーズであろう。
なお、『どうかこの声が、あなたに届きますように』は第一回の「読者による文学賞」を受賞している。
また、著者インタビューが文春のHPに載っていたのでリンクしておく。
既に締め切りを過ぎてしまっているが、発売当初はTwitterの感想ツィートで、オリジナルのマスクケースがもらえるキャンペーンを実施していた模様。えー、欲しかったこれ。いまなら、売っても需要あるんじゃないのか?
おススメ度、こんな方におススメ!
おすすめ度:★★★★(最大★5つ)
人の心の優しさを感じてみたい方。お仕事小説がお好きな方。ラジオが好きな方、かつてラジオ番組を夢中になって聞いていたことがある方。職業人のプライドに触れてみたい方におススメ!
あらすじ
かつて地下アイドルとして活躍していた小松奈々子は、とある事件から引退を余儀なくされる。心を病み、常にマスクで顔を覆い、引き籠る日々。そんなある日、奈々子はラジオ番組のアシスタントとしてスカウトされる。顔の見えない声だけの世界。ラジオパーソナリティ「小松夏海」として、奈々子は人生の再スタートを切るのだが……。
では、いつものように、各編ごとにコメントしていこう
ここからネタバレ
OP オープニング
冒頭で描かれるのは、実はこの物語のラストシーンである。ED(エンディング)部分が、いきなり提示されているのだ。ただ、視点が黒木によるものになっている。あまり描かれない黒木の内面をうかがい知ることが出来る貴重な部分だったりする。
もっとも、初読時にはそれには気づけないので、全編を読み通してから改めてこのOP(オープニング)に帰ってくるとけっこう感慨深いのではないかと思われる。
TALK#01 伊藤春奈、31歳
伊藤春奈は夏海の声で人生を変えられた最初の人物である。
主人公の小松奈々子ではなく、リスナーの伊藤春奈の視点で始まるのが面白い。
ラジオパーソナリティ小松夏海のデビューを、あえて外側から見せることで、読者にも同じ立ち位置から夏海の「伝説の10秒」を体験させる。そんな狙いがあったのではないかと思われる。
TALK#02 小松奈々子、20歳
第二章にしてようやく主人公目線のエピソードになる。毒親である母親との関係の決裂。地下アイドル時代。左頬の傷跡。心を病み、奈々子がマスクを手放せなくなった理由が描かれる。
そして、TALK#01で描かれた小松夏海のラジオデビューを、今度は本人側の視点で丁寧に描いていく。ディレクターの黒木にスカウトされ、戸惑い、躊躇い、そして悩む奈々子。唯一の味方であった祖母の言葉が奈々子の背中を押す。
映像がない分声に乗せる心や想いがスッと届く気がするの。
『どうかこの声が、あなたに届きますように』p59より
そして黒木によって仕組まれた初回放送時のハプニング。ここでの黒木の台詞が痺れるのである。
ラジオにはテレビやネット動画と違って映像がない。それは一見、情報量が少ないように思えるが、明確なものがない分、リスナーはそれを補って想像する。そうして頭の中で想像されたものは、誰にも否定できないし奪えない。だから想像させろ。リスナーに、姿の見えないお前を想像させるんだ。
『どうかこの声が、あなたに届きますように』p82より
「想像したものは誰にも奪えない」。これはラジオの本質的な魅力を示しているし、職業人としての黒木のプライドを示す言葉でもあり、そしてこの物語全編に通じるメッセージでもある。
TALK#03 岡本英明、41歳
妻と死別した男の岡本英明の視点で描かれる。
この物語の重要エピソード「もけもけ太郎」の投稿が読まれるのがこの回である。ここでも作者は、外側の立ち位置から「もけもけ太郎」の投稿と、それに対する夏海の反応を読者に見せていく。まずは舞台裏を見せずに、読者にもリスナーの一人として体験してもらうわけである。この構成はなかなか上手い。
TALK#04 小松夏海、22歳
時間軸的にはTALK#03より少し前の段階にさかのぼる。ラジオアシスタントとしての仕事を始めてみたものの、思ったように自分の個性を出せず「キャラの薄さ」に夏海は苦悩することになる。
夏海の自尊感情の低さは、毒親であった母親との関係性が強く関係している。人一倍承認欲求はあるのに、自分に自信が持てない夏海は、それを自分の言葉で話せないのだ。
そんな夏海が、自分と同じような境遇を持つ「もけもけ太郎」の投稿へのリアクションを通して、遂に自身の内側にため込んでいた「小松奈々子」の感情を爆発させる。
「結局のところ人柄なんだよ」
「声は、嘘がつけない」
『どうかこの声が、あなたに届きますように』p171より
この時、初めて夏海は「自分の声」で語ることが出来た。ラジオアシスタントとしての小松夏海が、ラジオパーソナリティ小松夏海へと変貌していく最初の瞬間である。
TALK#05 小松夏海、23歳
夏海がラジオアシスタントとしての仕事に慣れてきたところで訪れる、番組降板の危機。ようやくにして掴んだ自分の居場所が無くなってしまう。
「本当に叶えたい夢なら、泥を塗られたって、踏みにじられたって、自分で守るべきでしょ?」
『どうかこの声が、あなたに届きますように』p203より
地下アイドル時代の仲間、秋山里緒の一言が夏海を勇気づけたのは確かだ。
それでも夏海が自分の居場所を奪われたくないと決意させ、黒木への直談判をするに至ったのは、ラジオアシスタントとして三年間積み上げてきた実績による自信と誇りなのであろう。
「小松夏海。それが、今の私の名前」
『どうかこの声が、あなたに届きますように』p205より
この言葉がなによりも、夏海の三年間を雄弁に物語っている。
TALK#06 真崎悠一、19歳
ここでまたしても外部視点からのお話。真崎悠一(しんざきゆういち)の学生時代のエピソードを交えながら進行していく。
冠番組をもった夏海は東文放送の人気パーソナリティの一人にまで成長している。
中学時代の事件をきっかけとして、孤独な高校時代を過ごしていた真崎悠一が、夏海のラジオ番組「小松夏海のまよなかスマイル」を通して二人の友人を得る。
ふとした心のすれ違いで断絶してしまった縁が、夏海のラジオ番組を通して、思わぬ形でもういちど繋がるのである。
ちなみに「紅掛空色」はこんな色。思ってたのと全然違った。
TALK#07 小松夏海、28歳
最終エピソード。ここで夏海は、地下アイドル時代の自分のスキャンダルを、マスコミに売ったのが母親であることを知り衝撃を受ける。更にラジオパーソナリティとしては致命傷ともいえる、失語症に陥ってしまう。「小松奈々子」の最大のトラウマ、母親との関係性がここで遂にクローズアップされるのだ。
そして、スポンサーの経営危機による番組終了の大ピンチも襲来。物語的には俄然盛り上がってくる。
ここで、これまでに登場した、伊藤春奈や岡本英明が再登場。思わぬ形で夏海を助けることになる。真崎に至っては内部スタッフにまでなっている!そして、番組を休まざるを得なくなった夏海に届けられた「もけもけ太郎」の手紙。
かつて夏海の声が救ってきた人々が、夏海の窮地にそれぞれの形で手を差し伸べていく展開が胸に迫る。展開的にベタだけどこういう王道路線は悪くない。これは泣く。
意地悪な役どころだと思われていた吉本や、大久保が彼らなりの大人のやり方で、夏海をしっかりサポートしているあたりも涙を誘う。夏海はこの十年足らずで、この二人に助けるだけの価値がある人間だと認識させるまでに成長したということなんだよね。
ED エンディング
本作は、最後にオープニングで描かれた場面に再び戻ってくる。公開収録に臨む夏海の口元にもうマスクはない。
どうかこの声が、あなたに届きますようにーー
『どうかこの声が、あなたに届きますように』p361より
この言葉はオープニングで示された黒木の想いと同じなのである。これはラジオに関わるプロフェッショナルたちの矜持であり、切なる願いでもあるのだろう。
一方通行のメッセージに思われがちのラジオだが、その声は時として人の心を動かし、少しだけ何かを変えるかもしれない。そして届けられた声は、歳月を経て再び発信者のところへ戻ってくることもあるのだ。声は届く。あなたに届く。