ネコショカ

小説以外の書籍感想はこちら!
2023年に読んで面白かった新書・一般書10選

『嫉妬と階級の『源氏物語』』大塚ひかり

『虐殺器官』伊藤計劃 なぜ殺すのか、大量殺戮を招く“虐殺文法”とは何か?

本ページはプロモーションが含まれています


伊藤計劃のデビュー作

2007年刊行作品。英題『Genocidal Organ』。第7回小松左京賞の最終候補作(ちなみにこの年は受賞作「なし」)で、選には漏れたが、早川書房のハヤカワSFシリーズJコレクションから書籍化された。

本作は「ベストSF2007」国内篇で第1位。「ゼロ年代SFベスト」国内篇でも第1位となり、この年の日本エスエフ界において多大な注目を集めた。

作者の伊藤計劃(いとうけいかく)は1974年生まれ。本作がデビュー作となる。しかし、デビューから二年後の2009年、病気のため、34歳の若さで早逝されている。

作家としての活動期間が二年しかなかったため、作品数は少ない。生前には三作のみ。没後には、遺作となった『屍者の帝国』が上梓されている(円城塔による補筆)。

  • 『虐殺器官』Genocidal Organ(2007年)
  • 『METAL GEAR SOLID GUNS OF THE PATRIOTS』(2008年)
  • 『ハーモニー』<harmony/>(2008年)
  • 『屍者の帝国』 The Empire of Corpses(2012年) ※円城塔と共著

早川文庫版は2010年に刊行。解説は大森望が担当している。

虐殺器官 (ハヤカワ文庫JA)

おススメ度、こんな方におススメ!

おすすめ度:★★★★(最大★5つ)

ゼロ年代に書かれた国内エスエフの代表作を読んでみたい方へ。伊藤計劃の作品を読んでみたいと思っていた方。グロ描写に耐性のある方。現代世界における罪と罰について考えてみたい方。『虐殺器官』のタイトルが気になって仕方がない方におススメ!

あらすじ

9・11以降、アメリカ合衆国政府はテロとの戦いを名目として、暗殺を解禁した。情報軍の特殊部隊に所属するクラヴィス・シェパードは、世界各地を渡り歩き、数多くのテロリスト幹部たちを殺害し続けてきた。クラヴィスの行く手に必ず現れる男、ジョン・ポール。”虐殺器官”を操り、世界各地で頻発する政情不安を陰で操る謎の男、彼は何者なのか。

ここからネタバレ

職業暗殺者の主人公

アメリカ情報軍の特殊検索群i分遣隊に所属するクラヴィス・シェパードは、組織的な暗殺を生業としている人物だ。9・11以降、世界ではテロが横行。合衆国政府はこれまで行っていなかった国家によるテロリスト暗殺を解禁する。東欧へ、アジアへ、アフリカへ、紛争地域に集団で派遣され、命令されるがままにテロリストたちを殺害する。

現場に着いてしまえば、民間人とテロリストの区別はつかない。作戦遂行のため、クラヴィスは子どもであろうが容赦なく殺害することを強いられる。目的を果たすためには、現地の人々が無残に殺害されていくことにも目を瞑らざるを得ない。多大な精神的負荷がかかる特殊部隊所属者たちには、罪のない人間を殺害しても良心が痛まないよう、精神的な調整が施されている。

大義のために殺す。上層部から命じられているから殺す。自らの判断を放棄して、凄惨な殺戮の現場に立ち続けるクラヴィスのメンタルは次第に荒んだものとなっていく。

”虐殺器官”を操る男

『虐殺器官』のもう一人の主人公ともいえる存在がジョン・ポールだ。彼は愛人のルツィア・シュクロウプと密会しているさなか、妻子を核テロにより失っている。

言語学者だったジョン・ポールは、人間には生まれながらに虐殺を司る器官が存在し、“虐殺文法”を駆使することで意図的な虐殺が行えることを知る。後進国の人々の憎悪が内向きに左右している間はアメリカに害は及ばない。そう信じるジョン・ポールは祖国アメリカを守るため、政情が不安な後進国を訪れては“虐殺文法”を用いて、その場所を地獄に変えていく。

自分の意思で殺すということ

クラヴィスは国家に命じられるままに殺戮を繰り返す。同僚たちの中には、精神の平衡を脅かされ死を選んだものもいる。強いられているから殺す。だが、それは強いられることを許容している以上、自分で選んだことと変わりがないのではないか。

クラヴィスは、唯一、自分で選んだ殺人、交通事故で脳死状態だった母親を安楽死させたことで悩み続けている。母を殺したことが罪ならば、戦場での大量殺人も罪ではないのか。

プラハの街で、クラヴィスはジョン・ポールの愛人であるルツィアに出会い、心惹かれる。悩めるクラヴィスにルツィアが与えた言葉は印象的だ。

人は、選択することができるもの。過去とか、遺伝子とか、どんな先行案件があったとしても。人が自由だというのは、みずから進んで自由を捨てることができるからなの。自分のために、誰かのために、してはいけないこと、しなければならないことを選べるからなのよ。

『虐殺器官』文庫版p207~208より

ルツィアを失い、ジョン・ポールも死んだあとに、クラヴィスが何を「選んだ」のか。アメリカを守るために使っていた“虐殺文法”を今度は、アメリカ以外の国を守るために使う。今度はアメリカ国内が地獄になる。自国の安全のために、他国を地獄にしていいと思える傲慢さにクラヴィスは気づいてしまった。自分で選ばずに殺し続けるより、自分で選んで殺し続けることをクラヴィスは選んだのだろう。

『虐殺器官』はゼロ年代エスエフ屈指の話題作ということもあって、劇場版、コミックス、そしてオーディオブックでの、メディアミックス展開が行われている。

劇場アニメ版は2017年公開

監督、脚本は村瀬修功。メイン三人のキャスティングは以下の通り。

  • クラヴィス・シェパード:中村悠一
  • ルツィア・シュクロウポヴァ:小林沙苗
  • ジョン・ポール:櫻井孝宏

『虐殺器官』をU-NEXT31日間無料トライアルで見るならこちら 

コミカライズ版は全三巻

作画は麻生我等(あそうがとう)が担当。2015年5月号~2017年9月にかけて『月刊ニュータイプ』、Webサイト「WebNewtype」にて連載されていた。

虐殺器官(1) (角川コミックス・エース) 虐殺器官 (2) (角川コミックス・エース) 虐殺器官(3) (角川コミックス・エース)

audiobook.jp版

音声朗読によるaudiobook.jp版は2018年にリリースされている。単なる朗読ではなく、各キャラごとに声優がキャスティングされているのが特徴。劇場版とはキャストは全く異なる。こちらの主要三名のキャストはこんな感じ。

クラヴィス・シェパード:高橋英則
ルツィア・シュクロウポヴァ:恒松あゆみ
ジョン・ポール:興津和幸

『虐殺器官』audiobook.jp版はこちらから

国内エスエフ作品のおススメはこちら