「孤児」シリーズ、「館」シリーズと続いてきた、佐々木丸美(ささきまるみ)作品の全作レビューだが、本日は「館」シリーズのスピンアウト的な作品である「伝説」シリーズから、『榛(はしばみ)家の伝説』をお届けしたい。
前作である『橡家の伝説』の内容にも言及しているので、その点はご注意頂きたい。
「伝説」シリーズの第二作
1984年刊行作品。佐々木丸美の17作目の作品である。
1982年に刊行された『橡(つるばみ)家の伝説』の続編となるため、順番的にはそちらを先に読むことを強く推奨したい。『橡家の伝説』の感想はこちらからどうぞ。
「伝説」シリーズは、講談社時代は単行本版のみが刊行され、文庫化はされなかった。そのため、本作は「孤児」シリーズ、「館」シリーズ以上に、なかなか読むことが出来ないレアな作品となっていた。
しかし、2007年にブッキングによる復刊版が刊行され、電子書籍化もなされたため、現在では誰でも容易に手に取ることが出来るようになっている。
なお、榛は「はしばみ」と読む。カバノキ科の落葉低木で、日本国内のほとんどの地域で自生している植物である。
おススメ度、こんな方におススメ!
おすすめ度:★★★(最大★5つ)
ミステリやエスエフ、伝奇的な要素など、さまざまな側面を持った小説作品を読んでみたい方。不思議な力を持つ一族の物語に魅かれる方。シリーズが完結してないけど、そんなの気にしない!と思える方。佐々木丸美作品を最後まで見届けたい方におススメ。
あらすじ
病床に伏せる叔母の身を案じ、哲文と涼子は百人浜の館に逗留を続けていた。そこへ榛瞳美と名乗る女性が現れる。彼女こそはかつてこの地で亡くなった、波路の残した遺産を受け継ぐ者の一人だった。瞳美が隠し持つ「永遠の若さと健康」の秘術とは何なのか?その秘密を巡り、館に集った者たちの間にさまざまな憶測が乱れ飛ぶのだが……。
ここからネタバレ
『橡家の伝説』の続編
前作である『橡家の伝説』で、女主人波路は、尽くしてくれた三人の奉公人に、自身が持つ大いなる秘密を託した。三人の奉公人たちは、波路の能力によって時間を飛翔し、様々な時代へと飛び立っていった。
本作のヒロインである榛瞳美(はしばみひとみ)は、奉公人の中では最年長の老女中楠木に由来する「永遠の若さと健康」にまつわる秘儀を伝える人物である。彼女が用いる秘術の力は絶大で、何をしても消えなかった傷跡を消し去り、末期ガン患者の命さえ救ってしまう。
館には哲文や涼子、堂本に巴田といったお馴染みのメンバー以外にも、叔母の治療のために多くの医療関係者が集まっており、瞳美の持つ秘密を巡り、さまざまな駆け引きがなされていく。「永遠の若さと健康」は、多くの人間にとって切実な願望である。瞳美の力が本物であることが判ると、彼女を取り巻く人々の剥き出しの欲望が露わになっていく。このあたりの生々しい感情のぶつかり合い、疑心暗鬼を佐々木丸美の独特の文体で楽しめるのが、本作の魅力と言える。
作風、文体の変化
「伝説」シリーズはミステリというよりは、エスエフ、伝奇、ファンタジーに属する類の作品である。「館」シリーズの後半あたりから、佐々木丸美作品はスピリチュアル分野への傾倒を深めてきた。「伝説」シリーズはとりわけその傾向が強い作品で、このあたりは読み手として好みが別れるところだろう。
佐々木丸美独自のロマンティックで情熱的な文体は、初期作品に比べるとやや影をひそめ、硬さ、ぎごちなさが取れた分、砕けたタッチになってきている。その分、リーダビリティは上がっているのだが、初期作品で読者を熱狂させた格調の高さが、失われているようにも思える。作者としても試行錯誤していた時期なのであろうか。
佐々木丸美最後の作品
残念ながら本作は佐々木丸美最後の作品となった。「伝説」シリーズは三人の奉公人のうち、操、楠木の子孫までしか登場しておらず、「お葉ちゃん」パートが描かれず、未完のままである。
佐々木丸美作品がその後刊行されなかったのは、決して本人が筆を折ったからではない。このあたりは出版社側との折り合えない事情があったのだろう。M's neige(佐々木丸美作品復刊運動&ファンサイト)さんの過去ログを読む限り、ご本人には新作を世に問いたいという意思があったことが判る。2005年に急逝されてしまったこともあり、彼女の新作を読むことは永遠に叶わなくなってしまった。
2006年以降、続々とかつての作品が復刊を遂げ、新たなファンを獲得していった経緯を見ていると本当に残念でならない。
佐々木丸美作品の感想はこちら