謎のメフィスト賞作家、古泉迦十
2000年刊行作品。第17回メフィスト賞受賞作である。
タイトルの『火蛾』は「ひが」と読み、作者名の古泉迦十は「こいずみかじゅう」と読む。『火蛾』は古泉迦十のデビュー作にして、2020年現在、唯一の作品となっている。
刊行は講談社ノベルス版のみ。文庫化はされていない。
おススメ度、こんな方におススメ!
おすすめ度:★★★(最大★5つ)
怪作揃いのメフィスト賞の中でも特に尖った作品を読んでみたい方。イスラム世界を舞台にミステリ!と聞いてワクワク感が止まらなくなる方。設定が奇抜でもカッチリ、しっかりとしたミステリを読んでみたい方におススメ。
あらすじ
十二世紀の中東。イスラム聖者たちの伝記編纂を生業とするファリードはアリーと名乗る男から不思議な話を聞かされる。一人の導師と四人の修行者が篭るある山で起きた殺人。閉ざされた穹盧の中に残されたムスリムの屍。残された修行者たちの中に疑惑が拡がっていく。殺害者は姿を現さない導師なのだろうか。
ココからネタバレ
あまりに稀少なイスラム圏を舞台としたミステリ
帯の惹句が「未だかつて誰も目にしたことのない鮮麗な本格世界」なのだが、確かに十二世紀のイスラム圏が舞台のミステリなんて読んだことが無い。これはやっちゃったもの勝ちなのだろうけど、書くにはそれなりの素養が必要なのである。著者は史学専攻だったりするのだろうか。
イスラムの神秘主義者(スーフィ)を主人公にストーリーは進んでいくのだが。宗教問答の最中に何度か寝そうになったけど、着眼点は物凄くいいと思う。幕引きの美しさも良かった。惜しむらくは、あと少しエンタテイメント性というところだろうか。
イスラムネタでもう一作書いて欲しい
凡人たるわたしは何事もカテゴライズせずにはいられないのだが、独自の倫理、宗教観を持つ者だけにありえる犯罪動機、犯行方法という点で、キリスト教の修道院を舞台としたエーコの『薔薇の名前』や、仏教寺院を舞台とした京極夏彦の『鉄鼠の檻』に通じるものを感じた。スケール、完成度ともにこれらより落ちるのは残念だけど。でももう一回イスラムネタで勝負してもいいんじゃないかな。これだけ書けるんだから、本当に書かないと勿体ないと思う。
古泉迦十は本作だけで終わってしまうのか?
本作は2000年のミステリ界では相応に高い評価を受けた。以下が、当時のミステリ系各賞のランキングである。
本格ミステリこれがベストだ!(探偵小説研究会他、東京創元社) 2001年版 1位
本格ミステリ・ベスト10(探偵小説研究会編、原書房) 2001年版 2位
週刊文春ミステリーベスト10(文藝春秋) 2000年版 10位
このミステリーがすごい!(宝島社) 2001年版 14位
新人でこれはすごいよね?これは誇っていい結果だと思う。
しかしながら、この作家、それ以降いっさいの作品を発表していないのである。メフィスト賞受賞作家数あれど、受賞作以降、一作も書いていないのは古泉迦十と、第34回受賞の岡崎隼人くらいなんじゃないかな?
その後、2011年に生存確認がなされ、復活宣言もあったようだけど、未だ音沙汰なし。
生きていた古泉迦十
そして十年以上の年月が流れ、2011年6月17日に事態は急変する。メフィスト賞同窓会(受賞者同士の会合)にて、森博嗣や氷川透らとともに古泉迦十が出席。汀こるもの先生に応じてサインをしexit (なにやってんですか、こるものさん)復活宣言をしたことで一部に激震が走る。高い評価を受けていたぶん、今後の作家活動にも期待がかかる。
真似しようと思っても、容易に真似できるジャンルではないだけに、未だアドバンテージはあると思う。でも、あれから二十年近く経つし、さすがにもう新作を期待するのは難しいのかな。残念でならない。