ネコショカ

小説以外の書籍感想はこちら!
『枕草子』清少納言・酒井順子訳
河出文庫古典新訳コレクションから

『火蛾(ひが)』古泉迦十 イスラム世界を舞台とした異色のミステリ

本ページはプロモーションが含まれています


※以前に書いたエントリですが、文庫化に際して再読し、若干内容を修正、追記しました!

謎のメフィスト賞作家、古泉迦十

2000年刊行作品。第17回メフィスト賞受賞作である。

タイトルの『火蛾』は「ひが」と読み、作者名の古泉迦十は「こいずみかじゅう」と読む。1975年生まれ。『火蛾』は古泉迦十のデビュー作にして、2024年現在、唯一の作品となっている。

刊行は講談社ノベルス版のみで、長らく文庫化されていなかったが、23年の空白を経て、2023年5月に突如文庫化された。巻末の解説文はミステリ評論家の佳多山大地(かたやまだいち)が書いている。

火蛾 (講談社文庫)

おススメ度、こんな方におススメ!

おすすめ度:★★★★(最大★5つ)

怪作揃いのメフィスト賞の中でも特に尖った作品を読んでみたい方。イスラム世界を舞台にミステリ!と聞いてワクワク感が止まらなくなる方。設定が奇抜でもカッチリ、しっかりとしたミステリを読んでみたい方におススメ。

あらすじ

十二世紀の中東。イスラム聖者たちの伝記編纂を生業とするファリードはアリーと名乗る男から不思議な話を聞かされる。一人の導師と四人の修行者が篭るある山で起きた殺人。閉ざされた穹盧の中に残されたムスリムの屍。残された修行者たちの中に疑惑が拡がっていく。殺害者は姿を現さない導師なのだろうか。

ココからネタバレ

登場人物一覧

まず最初に本作の登場キャラクターをまとめておこう。

  • アリー:スーフィー(イスラーム神秘主義)の修行者。祖父はゾロアスター教信徒。父はイスラム教シーア派。聖地メッカへの巡礼の途中で聖者ハラカーニーに出会い
  • ハラカーニー:導師。アリーの師となる
  • カーシム:「山」に籠る修行者
  • ホセイン:「山」に籠る修行者
  • シャムウーン:「山」に籠る修行者
  • ウワイス:聖者
  • ファリード:詩人。物語の聴き手。イスラム聖者たちの伝記を編纂している

作中で言及されている聖者ウワイス(Owais al-Qarani/أويس القَرَني)はムハンマドと同時代を生きた(但し二人が合うことはなかったとされる)、実在の人物。英語版だけどWikipediaのリンクを貼っておこう。

あまりに稀少なイスラム圏を舞台としたミステリ

帯の惹句が「未だかつて誰も目にしたことのない鮮麗な本格世界」なのだが、確かに十二世紀のイスラム圏が舞台のミステリなんて読んだことが無い。これはやっちゃったもの勝ちなのだろうけど、書くにはそれなりの素養が必要なのである。著者は史学専攻だったりするのだろうか。

イスラムの神秘主義者(スーフィ)を主人公にストーリーは進んでいく。イスラム的世界観を背景としているからこそ成立するミステリ。昨今では当たり前になった特殊設定ミステリの先駆けと捉えることもできるかな。多重解決の要素もあって、改めて読んでみると実に意欲的な作品であったことがわかる。宗教問答の最中に何度か寝そうになったけど、着眼点は物凄くいいと思う。幻想小説的な幕引きの美しさも良かった。

イスラムネタでもう一作書いて欲しい

凡人たるわたしは何事もカテゴライズせずにはいられないのだが、独自の倫理、宗教観を持つ者だけにありえる犯罪動機、犯行方法という点で、キリスト教の修道院を舞台としたエーコの『薔薇の名前』や、仏教寺院を舞台とした京極夏彦の『鉄鼠の檻』に通じるものを感じた。スケール、完成度ともにこれらより落ちるのは残念だけど。でももう一回イスラムネタで勝負してもいいんじゃないかな。これだけ書けるんだから、本当に書かないと勿体ないと思う。

古泉迦十の第二作『崑崙土』が出るぞ!

本作は2000年のミステリ界では相応に高い評価を受けた。以下が、当時のミステリ系各賞のランキングである。

本格ミステリこれがベストだ!(探偵小説研究会他、東京創元社) 2001年版 1位
本格ミステリ・ベスト10(探偵小説研究会編、原書房) 2001年版 2位
週刊文春ミステリーベスト10(文藝春秋) 2000年版 10位
このミステリーがすごい!(宝島社) 2001年版 14位

古泉迦十 - Wikipedia より

新人でこれはすごいよね?これは誇っていい結果だと思う。

しかしながら、この作家、それ以降いっさいの作品を発表していないのである。メフィスト賞受賞作家数あれど、受賞作以降、一作も書いていないのは古泉迦十と、第34回受賞の岡崎隼人くらいなんじゃないかな?

※岡崎隼人は2024年3月に、18年振りとなる新作にして第二作『だから殺し屋は小説を書けない。』を上梓している。

古泉迦十については、その後、2011年に生存確認がなされ、復活宣言もあった。が、その後も沈黙の期間が続く。

生きていた古泉迦十
そして十年以上の年月が流れ、2011年6月17日に事態は急変する。

メフィスト賞同窓会(受賞者同士の会合)にて、森博嗣や氷川透らとともに古泉迦十が出席。汀こるもの先生に応じてサインをしexit (なにやってんですか、こるものさん)復活宣言をしたことで一部に激震が走る。高い評価を受けていたぶん、今後の作家活動にも期待がかかる。

古泉迦十とは (コイズミカジュウとは) [単語記事] - ニコニコ大百科 より

そして今回の『火蛾』文庫化に至る。

更に、、なんと遂に第二作『崑崙土』が脱稿!の報が2024年6月に確認された。

24年振りの新作は星海社から刊行される見込み。これは刮目して待たねばなるまい。

同時期のメフィスト賞作品はこちら