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『向日葵を手折る』彩坂美月 少女の四年間の成長物語

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少女たちの四年間を綴った物語

2020年刊行作品。タイトルの読みは「ひまわりをたおる」。彩坂美月(あやかさかみつき)としては九作目の作品となる。

実業之日本社の文芸誌「紡」の2013年autumn号、2013年winter号、2014年spring号、2014年summer号に連載されていた作品を、大幅に加筆修正した上で単行本化したもの。連載から書籍化までずいぶん時間が経過しているようだが、掲載誌である「紡」が休刊になってしまったことと関係があるのかな?ともあれ、書籍化されて、世に出たのは良かった。

向日葵が咲き乱れる印象的な表紙イラストは、しまざきジョゼによるもの。

向日葵を手折る

向日葵を手折る

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実業之日本社文庫版は2023年に刊行されている。解説は池上冬樹が担当している。

向日葵を手折る (実業之日本社文庫)

おススメ度、こんな方におススメ!

おすすめ度:★★★★(最大★5つ)

少年少女の成長物語が好きな方。美しい山村を舞台にした青春小説を探している方。山形県出身の方。自然豊かな農村の描写を堪能したい方。彩坂美月作品を初めて読んでみたいと思った方におススメ!

あらすじ

突然の父の他界により、小学六年生の高橋みのりは、母の実家である山形県桜沢市に移り住むことになる。豊かな自然と、濃密な人間関係に戸惑ったみのりだったが、いつしかその環境に溶け込んでいく。粗暴な西野隼人と、温厚な藤崎怜。対照的な二人の少年との出会い。集落で噂される、子どもを殺す「向日葵男」の存在。そして遂に不穏な事件が発生するのだが……。

ココからネタバレ

少女の成長物語

本作の舞台となるのはJR山形駅からは車で一時間程度の山村、山形県山野辺町桜沢である。山形県には山辺町(一文字違う)という自治体があるので、少なからずこの地がモデルになっているのかと思われる。

この物語では都会で暮らしていた少女、高橋みのりの小学校六年生から、中学卒業までの四年間が描かれる。父の急死により、まったく勝手のわからない山間の集落に転居したみのり。桜沢の分校は全学年でも児童数が僅かに37名。一学年が一クラスしかない。誰もがファーストネームで呼び合い、人と人の距離が近い。

大人たちの世界も田舎特有の狭く濃密なコミュニティーで構成されており、身内に対しては人情に厚く、どこまでも親身になってくれる優しさであふれて居る反面、他所者に対してはけっして心を許さない排他的な側面も併せ持っている。

小学校の六年生から中学時代まで。この四年間は子どもから、大人の領域へとメンタルや、人間関係、肉体面でも大きな変化のある時期だろう。都会からの異分子として桜沢にやってきた少女みのりが、さまざまな体験を通して地域に受け入れられ巣立っていくまでが、本作で抒情的で瑞々しいタッチで綴られていく。

自然豊かな桜沢の春夏秋冬が美しい

作者の彩坂美月は山形出身なので、故郷を舞台に物語を書くことに相当な思い入れがあったのではないだろうか。桜沢の春夏秋冬が本作の中では情感たっぷりに描かれているのである。

圧巻は毎夏、集落の祭りに併せて行われる「向日葵流し」である。分校の児童たちが川に向日葵の花を載せた灯篭を川に流す。幻想的で情緒のあるこのイベントが、作中では重要な役割を果たす。

ちなみに、山形の「食」についても、いくつか個性的なものが紹介されており、個人的に特に気になったのは「だし」と呼ばれる夏の食べ物である。きゅうりやなす、みょうが、大葉などを細かく刻んで、がこめ昆布、めんつゆなどで和えて食べる。レシピがあったのでリンクを貼っておく。美味しそうなので、夏になったら試したい!

怜と隼人、対照的な二人の少年

ヒロインみのりに取って、大きな存在として登場するのが、二人の少年、怜と隼人である。整った顔立ちで聡明で大人しい怜。ぶっきらぼうで粗暴な隼人。それぞれに異なった魅力を持つこの二人に、みのりはこころ惹かれていく。怜と隼人は一見すると水と油のような性格だが、お互い家庭に複雑な事情を抱えている。二人は幼いころから互いの境遇を見知って育ってきただけに、みのりには入り込めない固い絆で結ばれている。

物語にとって重要となってくるのは怜の家庭における秘密である。隼人はその事情を知っているが、みのりはそれを知らない。語り手であるみのりの視点は、読者の視点とイコールなので、読む側としてもなかなか事件の全容が見えてこず、気になって次第にページを捲る手が止まらなくなってくる。

少年少女たちの成長描写をしっかり織り込みながら、適度なミスリードを随所にちりばめ、少しずつ核心に迫っていく丁寧な構成が上手い。

大人が大人の責任を果たすこと

子どもたちの成長物語として、欠かせないのがしっかりとした大人の存在である。突然の夫の死。それでも母親として適切に娘に接しようとする母の淑子。自分同様、外部から桜沢にやってきたみのりを温かく迎える怜の母親春美。

そして忘れてはならないのは教師陣であろう。分校を去ってからも、かつての教え子を支えようとした小学校時代の担任今井。ぶっきらぼうな人柄の中に優しさの滲み出る美術部顧問の田浦恭子(生き残れ!)。どうしようもなくダメな大人もいる中で、彼らのような大人としての役割をきちんと果たしてくれる人間の存在は、どれだけ子どもたちにとって大きな存在であったろうか。この作品は、こうした脇役をしっかりと描いているところが素晴らしい。

向日葵男を作り出したもの

作中で何度も語られる向日葵男。子どもを殺すのだと噂される謎めいた存在で、その実態はなかなか明らかにされない。刈り取られてしまった向日葵の花。子犬の惨殺死体。正体不明の襲撃者。その真相には、田舎の集落ならではの排他性が潜んでいた。

教師として赴任し、何年も桜沢分校に務めながらもよそ者としてしか見做されない佐古。嫁いで十数年も経つのに未だによそ者あつかいされる怜の母親。家庭内で暴力を振るう父。息子のためにと耐える母親。最悪の事態を招いてしまい絶望する怜。

向日葵男は、集落の排除の意識を具現化した存在。桜沢の負の部分が作り出してしまった向日葵男の真相が切なくも哀しい。

 

最後に作者のインタビュー記事を発見したのでリンクを貼っておく。作品理解の役に立つはずである。

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