ネコショカ

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基本ネタバレありなので注意してね

『恋する女たち』氷室冴子 恋とはどんなものかしら


映画化もされた氷室冴子の四作目の作品

1981年刊行作品。月イチで実施の予定が、隔月になってしまっている(ゴメン)、氷室冴子作品全作レビューもようやく四回目。今回登場するのは、斉藤由貴主演で映画化もされた『恋する女たち』である。このブログは基本、ネタバレアリでお届けしているが、映画版もネタバレしちゃうのでお気を下さい。

刊行当時のカバーデザインはこんな感じ。

氷室冴子『恋する女たち』旧バージョン表紙

1986年に映画化された際に、主演の斉藤由貴を前面に押し出したデザインに表紙が変更された。Amazonの書影も現在はこちらになっている。この斉藤由貴バージョンの表紙で覚えている方も多いのではないだろうか?

恋する女たち (集英社コバルト文庫)

ちなみに、壁に向かって胡坐をかいて、腕組みをしているこのポーズは、本作の主人公、吉岡多佳子ならではの「考える人」のポーズ。ロダンの「考える人」のポーズもいいけれど、日本人には日本の風土にあった「考える人」のポーズがあるのでは?ということで、こちらの姿勢に落ち着いた模様。

思索にふけりがちな、悩み多き多佳子のキャラクターをよく表しているポーズで、これを表紙のチョイスに持ってきたのは相当にセンスがいい。

あらすじ

六年間の片思いが破れ自分の葬式を開いてしまう緑子。学年トップクラスの優等生ながら、しっかり大学生の彼氏をゲットしている汀子。そして、思わぬ相手に恋してしまい動揺を隠せない多佳子。高校二年生の夏の物語。北海道に暮らす、三人の女子高生たちのそれぞれの恋のかたちをみずみずしいタッチでつづった青春小説。

ちょっとめんどくさい系の主人公がいい

本作で注目すべきは、主人公である多佳子のキャラクター造形だろう。

北海道の女性らしい独立自主の気風。何事も理屈から入る、理性的な人物だが、こと、恋愛関係においては、コントロールできない内なる感情、感覚の部分に振り回される。誰かを好きになっても、恋愛感情をもてあまし、内側でこねくりまわした挙句に告白できない。挙句の果てに、誰とも知らない相手に意中の相手を取られてしまうようなタイプである。

恋とは理屈では説明できないもの。決して誰かを選んで好きになれるわけではない。しかし多佳子は、自身の恋心に理由を求めてしまう。自らの不可解な気持ちに自問し、葛藤する。

多佳子の性格は、彼女が選んだ万葉集の歌からも知ることが出来る。

  • こいまろび恋は死ぬともいちじろく色には出でじ朝顔の花

歌の意味はごくはしょっていうと、あなたを恋慕い、眠れぬまま幾度となく寝返りを打つわたしではあるけれど、でもこの恋のためにこがれ死ぬことがあっても、決して面(おもて)には出しますまいとかいうのである。

『恋する女たち』p38より

恋は秘めてこそ花。愛することとは、違う論理を持って生きてきた、他人の不可侵の聖域に踏み入ることである。それ故に、決して軽々しく己の恋心を人に告げてはいけない、口にしてはいけないものであるという多佳子の信条をよく表している。

「ノックしなきゃ答えない」親友同士の絶妙な距離感

この物語では、主人公の多佳子の親友として三人の女子高生が登場する。

校内屈指の美貌を誇るが、ショックを受けると自分の葬式を出してしまう(しかも、葬儀の通知は「海のトリトン」の封筒で来るのだ)残念美人の江波緑子。

学年トップクラスの才媛で、テニスをさせれば中学時代ベスト8に入るほど。文武両道を地で行くしっかり者の志摩汀子。

そして、自由闊達。美大志望で、アーティスト属性を持ち、多佳子のヌードを描かせろと迫る、ちょっと変態さん入ってる美術部の大江絹子。

彼女たちと主人公は親友同士ではあるが、常日頃からショッピングや映画に誘い合って行く仲ではない。ストレートな本音は容易には漏らさない関係で、互いの内面にも自分から積極的に入っていこうとはしない。彼女たちは、てんで勝手に恋をして、泣いたり傷ついたりしているが、肝心なことは言わないのだ。

互いを尊重していながら、いざという時には気にかけてくれる。この距離感が心地よいと思う人間もいるだろうし、ちょっとドライなのではと思う人間もいるだろう。ここは、当時の気風がそうだったというよりは、氷室冴子本人の価値観、実体験が色濃く反映されているように思える。

70年代の女子高生がすごい

この作品は1981年刊行だが、あとがき等を読む限り、作者自身の実体験が濃厚に反映されていると思われ、感覚的には1970年代の北海道を舞台とした、女子高生たちの物語と捉えて差支えないだろうお。

舞台となる学校が進学校だからというのもあるのだろうが、多佳子をはじめとした登場人物の知的レベルが相当に高い。金髪のイゾルデ、白い手のイゾルデ(元ネタは『トリスタンとイゾルデ』)と言われて、即座に話が通じる女子高生ってすごい!わたしは、この作品を高校時代に初めて読んでいるが、この例えは全く意味が分からなかった。

本作に登場する富士見ロマン文庫は、海外の官能小説を邦訳出版していた実在のレーベルである。作中で言及された『エロティックな七分間』『少女ヴィクトリア』ももちろん実際に刊行されていた。

このレーベル、カバーデザインがメチャメチャ格好(特に金子國義デザイン!)いいけど、実際に書店で買うのはかなり勇気が要りそう。ネット書店の無い時代、これをリアル書店で堂々と買えた多佳子は確かに凄いかもしれない。

エロティックな七分間―作者不詳 (1977年) (富士見ロマン文庫)

エロティックな七分間―作者不詳 (1977年) (富士見ロマン文庫)

 
少女ヴィクトリア (1977年) (富士見ロマン文庫)

少女ヴィクトリア (1977年) (富士見ロマン文庫)

  • 作者: セレナ・ウォーフィールド,中村康治
  • 出版社/メーカー: 富士見ロマン文庫刊行会
  • 発売日: 1977/07
  • メディア: 文庫
  • この商品を含むブログを見る
 

また、本作を読んでいて圧倒させられるのが、頻繁に登場する飲酒シーンである。特別な機会にちょっと飲むというレベルでは無く、仲間内で集まったら飲む。夜に物思いにふけりながら飲む、ディスコに行ったらもちろん飲むといった状態で、完全に飲酒が日常化しているのである。

もちろん、高校時代から飲酒している人間は、普通に存在していたのだろうが、これだけあっけらかんと飲酒シーンを連発されると、現代の感覚では相当ビックリする。

喫煙シーンもかなりの頻度で登場する。しかも、ファミレスの中でタバコ吸ってるし!おおらかな時代だったということか。出版社的にも、少女向けのレーベルでこれくらい書いても、当時は全然問題なかったということだよね。

 

物語の舞台は岩見沢?

本作の舞台は北海道、南空知地区の美川市という架空の街である。しかし、教育大があり、作中に大正池が登場する描写があり、おそらくは岩見沢市が舞台なのではないかと思われる。「決定的失恋の完全見本二態」が発生した、教育大近くの大正池はこのあたり。

それから、作中に登場する「天狗饅頭」ももちろん実在の銘菓である。美味そう。これは食べてみたい。

tabelog.com

その他にも、本作には以下のようなご当地ネタっぽい固有名詞が登場するのだが、軽くググった程度では判らなかった。

・モモヤベイク
・マークセブン
・紅屋

地元民の皆さまで、もしご存知の方がいらしたら是非教えて頂きたい!

読後の不思議な高揚感 

『恋する女たち』を読み終えて感じたのは、不思議な高揚感だった。この物語を読み終えると、どうしてか背筋をピンと伸ばして歩きたくなる。とりたてて、劇的な事件が起きるわけでもない。何かが解決したわけでもない。それでも、多佳子の懸命に考えて、真摯に生きている姿が心に残るのだろう。

本作のタイトルは『恋する女たち』であって『恋する少女たち』ではない。主人公たちの年齢を考えれば「少女」としても支障無さそうだが、氷室冴子はそうしなかった。作者自身が、登場人物たちを「少女」では無く、ひとりひとりの等身大の「女性」として描き出そうとした意図があったからなのではないか。四半世紀ぶりに読み返してみて、そう思わずにはいられなかった。

恋する女たち (集英社コバルト文庫)

恋する女たち (集英社コバルト文庫)

 

映画版は舞台が金沢に変更されている!

1986年公開の映画版のキャスト一覧は以下の通り。

吉岡多佳子(斉藤由貴)
江波緑子(高井麻巳子)
志摩汀子(相楽ハル子)
沓掛勝(柳葉敏郎)
神崎基志(菅原薫)
大江絹子(小林聡美)
吉岡比呂子(原田貴和子)
神崎剛志(川津祐介)
小林博史(中村育二)
エリナ(渡辺祐子)

主題歌は斉藤由貴の「MAY」、うわー、超絶懐かしい。今初めて知ったけど、これ作詞が谷山浩子なんだ!言われてみればたしかに谷山浩子テイストである。

主人公多佳子の想い人である、沓掛勝を、当時既に25歳だった柳葉敏郎が演じており、さすがに違和感を覚える。高校生役は無理じゃね?

原作との違いとして、主なところはこんな感じ。

・物語の舞台が金沢に変更されている(えー
・富士見ロマン文庫の代わりに映画『ナインハーフ』が使われている(エロ要素
・多佳子の実家は白山の温泉旅館に(温泉シーン入れるため?
・汀子の彼氏が大学生から社会人に
・汀子の彼氏は東京に行ってしまう
・多佳子は汀子の彼氏とキスしない(アイドル斉藤由貴への配慮?
・緑子の想い人が教育実習生に(汀子の彼氏だったのに)
・多佳子の姉、比呂子が神崎(ザキ)の父親と恋愛関係にあった
・比呂子(原作では教師を目指していた)は、大学卒業後実家の温泉旅館を継ぐ

かなり改変が入っているが、原作のエッセンスは辛うじて保たれている?でも、最後の汀子に「少女をなめんなよ!」と言わせてるあたり、オッサン目線の描写かなという気もする。氷室冴子だったら「女をなめんなよ!」って言わせると思う。

純粋な恋が出来るのは、若い頃だけで、大人になれば「条件付きの恋」もしなくてはならない。この部分、ザキの父親との関係を清算し、お見合いをして、実家の温泉旅館を継ぐ決意を固めた多佳子の姉の描写と重ねられている。

それでも、大ラスに「お腹からトントンの話」で締められているあたりは、意外にわかってるじゃんという気にもなった。氷室冴子作品における、人との距離感を象徴するエピソードなんだよね、これ。

恋する女たち

恋する女たち

 

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