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『此の世の果ての殺人』荒木あかね 終末の世界、女性バディモノ✖ロードノベルの魅力

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史上最年少、選考委員満場一致の乱歩賞受賞作

2022年刊行作品。作者の荒木あかねは1998年生まれのミステリ作家。本作『此の世の果ての殺人(このよのはてのさつじん)』で第68回の江戸川乱歩賞を受賞し、作家としてのデビューを果たしている。受賞当時23歳は、乱歩賞史上最年少の快挙となる。

昨今、小説各賞受賞作家の低年齢化が進んでいるような気がしていたのでちょっと意外。乱歩賞は依然として大人の賞なのか。十代で受賞している作家くらいいるものかと思っていた。

此の世の果ての殺人

最年少での乱歩賞、加えて受賞者が若い女性ということもあってか、いつも以上に注目されている気がする。関連記事をいくつかリンク。

第二作『ちぎれた鎖と光の切れ端』の感想はこちら。

おススメ度、こんな方におススメ!

おすすめ度:★★★★(最大★5つ)

終末の世界を描いた作品がお好きな方。女性同士のバディモノが大好物の方。ちょっと(かなり)変わったテイストのミステリ作品を読んでみたい方。江戸川乱歩賞の受賞作品に興味がある方。九州(特に博多、大宰府周辺)を舞台としたミステリ作品を読みたい方におススメ!

あらすじ

三か月後、地球に小惑星「テロス」が激突する。予測された落下ポイントは、日本列島の熊本県阿蘇地方。海外への避難を開始する人びと、自棄になって暴動に走る人びと。無政府状態に陥り、空前のパニックが発生、多くの人間が死んでいく。そんな中、ハルはただひとり自動車教習所に通う。しかし、彼女が乗った教習車のトランクには、めった刺しにされた女性の遺体が入っていて……。過剰な正義感で突き進む、教官のイサガワに引きずられ、ハルは犯人探しを開始することになる。

ここからネタバレ

終末の世界

小惑星「テロス」は2021年7月に発見される、衝突の事実が一般に公開されたのは2022年の9月だった。「テロス」の落下地である日本にいる限り生存の可能性はない。もっとも、「テロス」の落下衝撃で世界の30億人が、激突の瞬間に死亡すると予想される。運よくこれを生き延びられたとしても、「テロス」落下の衝撃で巻き上げられた粉塵による超氷河期が訪れ、世界は闇に包まれ、極寒と飢餓の世界が始まる。

世界各地は大混乱に陥り、とりわけ墜落予定地である日本のそれは凄惨を極めた。多くの人びとが、少しでも生存の可能性を高めようと日本を去る。そして残された人びとは、絶望から死を選ぶ。

本作の主人公であるハルの家族の選択はさまざまだ。母は何も告げずにひとりで逃げ、捨てられた父は自殺を選択し、かねてよりひきこもりを続ける弟は部屋から出てこようとしない。

ハルは23歳で社会人一年目。新卒で入った職場には馴染めず疎外感を覚えている。引っ込み思案で、他者と交わろうとしない消極的な性格。彼氏なし。数少ない親友たちは、暴動に巻き込まれ死亡したり、恋人と心中を図ってしまい、もう誰も残っていない。

女性バディモノ✖ロードノベル

世界が滅びようとしているのに、ハルは淡々と自動車教習所に通っている。通う主人公もたいがいだが、営業している自動車教習所もどうなのよ。教習所には、女性教官のイサガワだけが残り、ハルに車の運転を教えている。つかず離れずの関係を保っていたふたりだったが、教習車のトランクから女の死体が発見されたことから、事態は動き始める。

他者とのかかわりを避ける、終始テンション低めの主人公と、正義感で暴走しがちなお姉さんキャラのイサガワ。この二人を軸に物語は動いていく。世界の終わりを前にして、既に政府機能はほとんど動いていない。警察組織もかろうじて残っている程度。そんな中で、何の関係もない殺人事件の犯人を、素人が捜すことにどんな意味があるのか?

人のいなくなった荒廃した街。その中を静かに走り抜ける、ハルとイサガワの教習車。僅かに残った人々を訪ね歩き、謎に迫っていくふたり。その過程で、少しずつふたりの距離が近づいていく。この展開がとてもいい!

暗闇に灯りをともす人々

暴力や詐欺が横行する荒廃した終末の世界。そんな絶望的な状況の中でも、善良的な人々が存在する。最後まで医師としての務めを果たそうとする伴田(はんだ)。残された人々をとりまとめ自活できる組織を作り上げた檜山(ひやま)。

中でも、行動を共にすることになる、了道暁人(りょうどうあきひと)と、光(ひかる)兄弟の存在がハルの心を暖めてくれる。了道兄弟が登場してから、作品の雰囲気がグッと明るくなった。先天的に両脚が欠損しており、車いすでの生活を余儀なくされている暁人と、アホの子で喧嘩っ早いけど根はいい奴の光。個性的な旅の仲間が、次第に増えていくのもこの作品の魅力のひとつだろう。

教習車のトランクで見つかった女の死体から、事態は連続殺人事件に発展。さらには、数多の人々を轢殺し続けている暴走タクシーの存在も明らかになってくる。物語の終盤に至って、事件の核心にはハルの弟、成吾(セイゴ)がかつて起こした虐め事件が隠れていることも明らかとなる。

低体温キャラで、行動原理が見えにくかったハル。そんな彼女が、関係のないはずの殺人事件に首を突っ込んだ理由が、唯一残された家族への愛情だったと判るところがしんみりと泣ける。最終盤、犯人に追い詰められ、絶体絶命の危機に陥ったハルたちを救うのが、かろうじて残っていた人々の善良性だったというのも沁みる。

幸せな終末の世界

ミステリとして『此の世の果ての殺人』を考えると、いろいろツッコミどころはある。物資が極端に欠乏した世界で、教習車のガソリンが狙われないのはおかしくないだろうか?また、法の支配が及ばない状況になっているのに、犯人が律儀に遺体を隠した点(しかもわざわざ教室にあれだけの数を集める意味があるとは思えない)。パトカーが暴走タクシーが誤認されるのも、被害者の数が膨大なだけに、全部が全部タクシーだと思われているのは無理があるのではないかと。パトカーってのは、タクシー以上に特徴的な外観だからなあ。

ともあれ、でもそんなことはいいのだ。本作の魅力は、茫漠たる終末の世界を丁寧に描き切ったところと、ハルとイサガワの関係性の変化を丁寧に綴ったところにある。

この人を止めるためなら、頭が吹き飛んでも構わなかった。

『此の世の果ての殺人』p338より

行動を共にすることで、ハルはイサガワの内面にある深い孤独を理解するようになる。最後の最後で、ハルのこのモノローグが熱すぎる!あまり感情の発露をしてこなかったキャラクターだけに、最後のこれは効いた。物静かな登場人物の激情の発露は読み手の心を熱くさせる。

イサガワが申し出た父親の遺体処理の協力を断ったハル。だが、弟、成吾の埋葬をイサガワが手伝うことは受け入れたハル。一週間での心情の変化が印象に残る。

事件を解決した後、ハルとイサガワはふたりで阿蘇を目指す。彼女らは最期の瞬間を、「テロス」の落下地点である阿蘇で、しかもふたりで迎えようとするのだ。ハルもイサガワも不器用なキャラクターなので、必要以上に距離を詰めようとしない。この絶妙な距離感が堪らない。

ベタベタくっつかないけど、それでも傍らには常にいてくれる。これはこれで、幸せな終末の世界なのではないだろうか。

おまけ

物語が始まるまでの流れを簡単にまとめるとこんな感じ。

  • 2022/07/15:小惑星「テロス」発見
  • 2022/09/07:小惑星「テロス」落下が発表される
  • 2022/09/08:不幸な水曜日。3週間で世界の1億5000万人が死亡
  • 2022/10/03:避難勧告発令
  • 2022/12/28:ハルの父死去
  • 2022/12/30:本編スタート
  • 2022/12/31:教習車のトランクから女の死体発見
  • 2023/01/05:事件解決、暁人と七菜子を見送る
  • 2023/01/31:ハルとイサガワが南阿蘇村に到達
  • 2023/03/07:小惑星「テロス」落下

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