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『雲は湧き、光あふれて』須賀しのぶ 弱小野球部の成長を綴った三部作


須賀しのぶの高校野球小説!

『雲は湧き、光あふれて』は2015年~2017年にかけて、集英社オレンジ文庫から刊行された須賀しのぶ作品である。高校野球の世界を舞台とした作品で全三巻。ラインナップは以下の通り。

  1. 『雲は湧き、光あふれて』(2015年)
  2. 『エースナンバー』(2016年)
  3. 『夏は終わらない』(2017年)

本日は『雲は湧き、光あふれて』シリーズ、全三作をまとめてご紹介したい。

作者の須賀しのぶは1972年生まれ。かつてコバルト文庫を読んでいた方であれば「キル・ゾーン」や「流血女神伝」のシリーズがお馴染みであろう。2000年代に入ってからは一般文芸の世界に転身しており、2016年の『革命前夜』では大藪春彦賞を受賞。2017年の『また、桜の国で』は直木賞の候補にも選ばれている。

おススメ度、こんな方におススメ!

おすすめ度:★★★(最大★5つ)

スポーツ小説、特に野球をテーマとした群像劇を読んでみたい方。高校野球が大好きな方。かつて寝食を忘れて打ち込んだものがある方。須賀しのぶの野球小説を読んでみたい方におススメ。

ココからネタバレ

『雲は湧き、光あふれて』あらすじ

超高校級スラッガーの益岡が最後の大会を前に怪我をした。代走として起用された選手の心の葛藤を描く「ピンチランナー」。野球未経験。ろくにルールも知らなかった新人女性スポーツ記者の悪戦苦闘を描く「甲子園への道」。屈指の能力を持ちながらも戦争によって運命を変えられた少年たちの最後の夏を描く「雲は湧き、光あふれて」。三編を収録した短編集。

雲は湧き、光あふれて (集英社オレンジ文庫)

『雲は湧き、光あふれて』感想

シリーズ一作目の『雲は湧き、光あふれて』では、独立した三つのストーリーが収録されている。

「ピンチランナー」の初出は雑誌「Cobalt」の2010年7月号。

天才と謳われた強打者、益岡が負傷。辛うじて一試合で一打席だけ打つことできるようになったものの走塁は辛い。ということで、急遽代走に指名されたのが主人公の須藤である。本来であればレギュラーどころか、ベンチ入りすら難しい須藤が、益岡の「脚」として試合に出ることを許される。周囲のやっかみや、自身のプライドと戦いながらも最後の夏を目指す須藤の姿に心打たれる。

「甲子園への道」は書下ろし作品。

選手の視点から離れて、新人記者の泉千納(いずみちな)の目から高校野球を描く。泉は公立の弱小校ながら、県内屈指の強豪東明学園に善戦した三ツ木高校の投手、月谷悠悟(つきたにゆうご)に興味を持つ。超男社会の高校野球の世界で、立ち位置を掴めずにいた泉が、月谷への取材から記者としての地歩を固めていく。

夏の県予選を何度か観に行ったことがあるのだが、地区大会でも名門校が登場する試合の雰囲気は凄まじい。観客は入るし、ブラスバンドの音圧が凄まじい、グラウンドの緊張感も違う。この年、初めて高校野球の取材を開始した泉の驚きと当惑は当然のものだろう。非競技者の視点が早い段階から登場しているが、この作品の面白いところだろう。

「雲は湧き、光あふれて」の初出は雑誌「Cobalt」の2005年8月号。

全シリーズ中、もっとも早く書かれた作品で、本作のみ時代背景が戦時中となっており異彩を放っている。

強豪の私立普川商業に投手として入学した鈴木雄太は結果を出すことができず、捕手へのコンバートを言い渡される。圧倒的な才能を持つエースの滝山亨は傲岸不遜。新造捕手の言うことなど聞こうとしない。ぎくしゃくとした二人の関係。そして戦争が全てを変えてしまう。

タイトルの「雲は湧き、光あふれて」は言うまでもなく、古関裕而作曲、加賀大介作詞による名曲『栄冠は君に輝く』の冒頭歌詞である。戦争で大切なもの全てを喪った雄太が、『栄冠は君に輝く』の歌詞を噛みしめるラストが印象的である。

『エースナンバー』あらすじ

赴任した先の高校でいきなり野球部の監督を任せられてしまった男性教諭の戸惑いと高揚を描く「監督になりました」。夏の甲子園の現地取材メンバーに選ばれた新人記者の奮戦を描く「甲子園からの道」。一度は野球を辞めながらも、ふたたび部に戻ってきた男の複雑な心境を描いた「主将とエース」。三編を収録した短編集。

エースナンバー 雲は湧き、光あふれて (集英社オレンジ文庫)

『エースナンバー』感想

この巻からはすべて文庫書下ろし作品である。

「監督になりました」

前巻の「甲子園への道」で登場した弱小公立校、三ツ木高校の野球部監督になってしまった若手男性教師、若杉庸一を主人公に据えた物語。座右の銘は「中庸」。事なかれ主義だった若杉が、ずぶずぶと野球にハマっていくところが見どころ。

キャプテンの中村は、誰よりもやる気があってチームの中心。しかし悲しいまでに選手としての能力が低い。クラブ活動は楽しくやれればいい派と、ガチで甲子園を目指したい派。二つに割れる野球部。集団競技ならではのメンバー間の温度差をどう埋めていくのか。悩める成年監督の苦悩が生々しい。高校野球には教育としての観点もあるのだということを実感させられた。

「甲子園からの道」

前巻の「甲子園への道」で登場した泉千納が再登場。新人からは唯一、甲子園本選の記者に抜擢された泉が、猛暑のアルプススタンドを今日も駆け抜ける。

記者は数多くの選手を取材するが、実際に記事に出来るのはほんの一握りである。記者は選別する。そして時に切り捨てる。書く記事は、けっして独りよがりの内容になってはいけない。男社会のモラハラ、セクハラに怯みながらも前向きに記者根性を育んでいく泉の姿が眩しい。

ここまでの各編はバラバラの内容が描かれているのだが、泉の視点を入れることによってエピソードに繋がりが出てくる。選手でも学校関係者でもない人物の視点を入れたことがうまく機能してきているのだ。

「主将とエース」

誰よりも高い身体能力を持ちながらも、野球にのめり込めないでいた笛吹龍馬(ふえふきりょうま)が主人公。強豪東明学園に善戦したことから、三ツ木高校野球部には欲が生まれる。腰が引けている笛吹と、本気で甲子園を目指すと決めたエースの月谷。ここから、物語の中心は三ツ木高校野球部に一気にシフトしていく。

中学時代のトラウマから、野球に対して斜に構えていた笛吹が、周囲の熱量に巻き込まれて変貌を強いられていく。部活動の面白いところは、これが教室であったら絶対友人にならないであろうタイプの人間とも付き合っていなかければならない点である。

ひねくれ者の笛吹と、コツコツ派の月谷。対照的な二人の関係が面白い。

『夏は終わらない』あらすじ

三ツ木高校野球部は急速に力をつけつつあった。主将笛吹と、エース月谷らが挑む最後の夏。しかし早すぎるチームの成長に戸惑う者、反感を抱く者、ついていけない者が現れる。野球部内の不協和音に悩む成年監督若杉。増え続ける激務に忙殺されるマネージャの瀬川。そしてライバル東明学園のエース木暮にも異変が!

夏は終わらない 雲は湧き、光あふれて (集英社オレンジ文庫)

『夏は終わらない』感想

第一巻と第二巻は短編集の構成を取っていたが、本作は三ツ木高校野球部のエース、月谷をメインに据えた長編作品となっている。これまでに登場してきたキャラクターたちが再度登場。高校野球を巡る人々の、群像劇としても読むことができる。

これまで再三登場していた、東明学園のエース木暮の存在にフォーカスが当てられる。幼馴染である月谷との程よい緊張関係が読み手のテンションを高める。

こうしたスポーツものの群像劇だと、地味キャラを追いかけてしまうタイプのわたし。個人的に気になったのは部長の田中教諭である。かつては熱血監督として采配を振るいながらも、レギュラーから外した選手が問題を起こし、当時指揮していた高校の野球部は出場を辞退。生徒の気持ちを裏切ってしまった。その負い目から、田中は野球への情熱を封印し存在感を消して生きて来た。そんな田中が、若杉ら三ツ木高校野球部のやる気にほだされて、次第に以前の情熱を取り戻していく。こういう展開大好き。

 

夏の大会は終わる。月谷は大学でも野球を続ける決意を示すが、他のメンバーは燃え尽きていて野球に興味を示さない。人生において本当に大切なものは、いつでも必要な時にやり直すことができる(田中がそうであったようにだ)。

最後の二行には作者からの人生へのエールが綴られている。

夏はずっとそこにある。
望む限り永遠に。

諦めない限り、誰にとっても人生の夏は終わらないのである。

まだある須賀しのぶの野球小説

須賀しのぶは野球が大好きなようで、他にも多数野球に関連した作品を上梓している。

『ゲームセットにはまだ早い』は社会人野球を舞台とした作品。

『夏の祈りは』はとある高校野球部の歴史を描いた作品。

そして『夏空白花』は、戦後まもなく。中止されていた高校野球大会の復活に尽力した人々を描いた作品。

いずれ折を見て読んでいく予定なのでお楽しみに。

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