フランスで110万部売れたベストセラー作品
2022年刊行作品。加藤かおり訳。オリジナルのフランス版は2020年に発売されていて原題は『L’Anomalie』。作者のエルヴェ・ル・テリエ(Hervé Le Tellier)は、1957年生まれのフランス人作家。ジャーナリスト、数学者、言語学者としての顔も持つ。
『異常(アノマリー)』はフランスの高名な文学賞ゴンクール賞の受賞作で、本国では110万部を売った大ベストセラー作品だ。
国内版の版元である早川書房の紹介記事はこちら。
WEB本の雑誌にレビューがあったのでこちらもリンク。
おススメ度、こんな方におススメ!
おすすめ度:★★★(最大★5つ)
自分とは何なのか。自分の内面を見つめなおしてみたい。自分の人生についてもう一度考えてみたいと思っている方。奇想天外な物語に触れてみたい方。さまざまな立場、生い立ち、属性の人物たちの生きざまに接してみたい方におススメ。
あらすじ
2021年3月。その日のエールフランス006便の飛行は荒れた。異常な乱気流に巻き込まれ、やっとの思いでニューヨークの地を踏んだ乗客たち。二重生活を送る殺し屋。しがない小説家家業を続けるミゼル。映像作家のリュシー。パートナーである建築家のアンドレ。パイロットのディヴィッド。七歳の少女ソフィア。やり手弁護士のジョアンナ。ブレイク中の歌手スリムボーイ。しかし彼らにとって真の「異常」はこれからだった。
ここからネタバレ
全体構成
『異常(アノマリー)』を手に取って、まず気になるのが表紙のデザインだ。同じ服装をした二人の女性と思しきマネキンが二体。同一人物なのか?しかし彼女?たちは視線を合わせようとしていない。それぞれ別の方向を見つめている。
本作は全三部構成となっていて、各パートのタイトルは以下の通り。
- 第一部 空ほどに暗く(2021年3月~6月)
- 第二部 人生とはいわば、夢のようなもの(2021年6月24日~26日)
- 第三部 無の歌(2021年6月27日以降)
第一部は長いイントロダクションともいうべきか。「異常」を体験する八人の登場人物たちの現状が示される。
物語の本番は第二部からだ。2021年6月。3月にニューヨークに到着した、エールフランス006が「同じ人々を載せたまま」ふたたび出現するのである。遺伝子的にも同一、まったく同じ記憶を持ち、同じ人生を送ってきた完全な同一人物が、同時に存在する。事態を重視した合衆国政府は、エールフランス006をニュージャージー州のマクガイア基地に隔離する。情報封鎖を試みた政府だったが、これほどの大事を隠し通せるはずもなく、やがてその事実は世界中に知られることになる。
この物語では、エールフランス006の3月の便に乗っていた人々を「マーチ」、6月の便に乗っていた人々を「ジューン」と表記して区別している。第三部では「マーチ」と「ジューン」の悲喜こもごもともいうべき、対峙のシーンが描かれていく。本作のキモとも言ってよいパートだ。ここでようやく表紙デザインの意味が腑に落ちてくる。
「自分と向き合う」ことを強いられた人々
よく「自分を見つめなおす」だとか「自分の内面に向きあおう」といった事が言われる。とはいえ、リアルな自分自身と対話が実現することはあり得ない。だが、本作の第三部では正真正銘、生身の「自分と向き合う」ことを強いられる、まさに「異常」事態が発生する。しかも自分のコピーはこの先ずっと同じ世界に存在し続けるのだ。
自分が二人いたとして、これからどうすればいいのか?家族はそれを受け入れられるのか?これまで築いてきたキャリアは、仕事はどうすればいいのか?この物語では、さまざまな社会背景の中で生きてきた、八人の老若男女それぞれの選択が描かれていく。
「自分と向き合う」ことは辛い作業だ。自分のことだから、良い点も悪い点もわかってしまう。成果を分け合えるキャリアもあるだろう。経済的にゆとりがあるなら一方が身を引くこともできる。子どもをシェアする選択肢もあるかもしれない。ただ、愛する人を共有することはできないだろう。
本書の表紙を開いて、見返し部分をめくった「とびら」の部分に注目して欲しい。光沢感のある黒い紙が使われている。よく見て欲しい。何が映るだろうか。そう、自分の姿映るのだ。これ、絶対確信犯的にやってるよね。この発想は面白い。
登場人物まとめ
最後に「異常」に直面した。各人の紹介とその選択についてまとめ。
- ブレイク:殺し屋。ジューンがマーチを殺害。自分は一人いればいい。
- ミゼル:作家。マーチは既に自殺していたので、唯一問題が起きなかった人物。
- リュシー:映像作家。アンドレとは別離。息子はマーチとジューンでシェア。
- アンドレ:建築家。リュシーには振られる。事業はうまく住み分けられをそう。
- ディヴィッド:パイロット。末期がん患者であり。二度死ぬことに。
- ソフィア:七歳の少女。事件をきっかけに父親の虐待が明らかに。
- ジョアンナ:弁護士。ジューンがマーチに彼氏を譲る。一番辛いポジション。
- スリムボーイ:歌手。実は双子でしたというオチで更に活躍の場を広げる
『異常(アノマリー)』では、きわめてエスエフ的でミステリアスな出来事が発生するのだが、魅力的な謎に対する解法は示されない。ゴンクール賞は文学賞的な要素の強い賞なので、エンターテイメント的なオチを求めるのは厳しいか。この点、しっかりとした説明を期待している方には肩透かしかもしれない。
大ラスでは、なんと三機目のエールフランス006が登場する。なんともフランス人作家らしい皮肉の効いた締め方だ。この世界では、エールフランス006以外にも、コピーの存在が明らかになっているようなので、まだまだ混乱は続きそう。
フランス人作家の作品ならこちらも