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『成瀬は天下を取りにいく』宮島未奈 成瀬あかり史を島崎と一緒に見届けたい!

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本屋大賞受賞おめでとうございます!ってことで、再度上げておきますね。読むと元気の出る良作なので、これで更にたくさんの方に読んでもらえるのは嬉しい。

宮島未奈のデビュー作&本屋大賞受賞作!

2023年刊行作品。作者の宮島未奈(みやじまみな)は1983年生まれの小説家。2018年「二位の君」が、集英社の第196回コバルト短編小説新人賞に入選(宮島ムー名義)。そして本作に収録されている「ありがとう西武大津店」が、新潮社主宰の第20回女による女のためのR-18文学賞で、大賞・読者賞・友近賞の三冠を達成。その後、「ありがとう西武大津店」は、新潮社の小説誌『小説新潮』に掲載され、作家デビューを果たしている。

成瀬は天下を取りにいく

本書は「ありがとう西武大津店」に加えて、『小説新潮』掲載作である「階段は走らない」、更に書下ろしの四編「膳所から来ました」「線がつながる」「レッツゴーミシガン」「ときめき江州音頭」を加えて単行本として上梓されたものとなる。

本作は2024年の本屋大賞を受賞!デビュー作でいきなり大賞を取るのは、2009年の湊かなえ『告白』、2022年の逢坂冬馬『同志少女よ、敵を撃て!』に続いて三人目となる。すごいぜ成瀬!

続巻の『成瀬は信じた道をいく』が2024年1月24日発売されている。

『成瀬は天下を取りに行く』関連サイト

大津への愛に満ちた作者のブログはこちら。

新潮社による特設サイトが出来てたので紹介。

発売後即重版決定、新潮社のPRリリースはこちら。

おススメ度、こんな方におススメ!

おすすめ度:★★★★(最大★5つ)

滋賀県を舞台とした青春小説に興味がある方。濃厚な滋賀県愛に包まれてみたい方。とてつもなく魅力的なヒロインが主人公の作品を読んでみたい方。「やってみないとわからないことがある」。どんなことでもやってみることに意義があると思っている方におススメ!

あらすじ

二百歳まで生きる。閉店を間近に控えた、西武大津店に毎日通い、その最後を見届ける。M-1グランプリに出場し、お笑いで頂点を取る。滋賀県、大津市に生まれた女、成瀬あかりは、周囲からの冷たい視線をものともせず、次から次へと新たな挑戦を続けていく。同じマンションに住む、幼馴染の島崎みゆきは、毎回、成瀬の言動に巻き込まれてしまうのだが……。

ここからネタバレ

以下、各編ごとにコメント。

ありがとう西武大津店

第20回女による女のためのR-18文学賞受賞作。初出は『小説新潮』2021年5月号。

14歳の夏休み。成瀬あかりは、閉店が決まった地元デパート、西武大津店の最後を見届けることを決める。炎天下の中、来る日も来る日も西武に通う日々。幼馴染の島崎みゆきは、いつしか成瀬の行動に付き合わされてしまうことに……。

「島崎、わたしはこの夏を西武に捧げようと思う」

一学期の最終日である七月三十一日、下校中に成瀬がまた変なことを言い出した。いつだって成瀬は変だ。十四年にわたる成瀬あかり史の大部分を間近で見てきたわたしが言うのだから間違いない。

『成瀬は天下を取りに行く』「ありがとう西武大津店」p6より

この書き出しがもう最高。この数行で、主人公成瀬の変人ぶりと、それに付き合わされる「やれやれ」系幼馴染、島崎みゆきの関係性が瞬時に読み取れる。

本編に登場する西武大津店の外観はこんな感じ。大きくせり出した外階段のデザインがとても印象的。設計は菊竹清訓(きくたけきよのり)によるもの。東京近郊だと、両国にある江戸東京博物館の設計が菊竹清訓だ。ちょっとイメージしやすくなったかな。

https://upload.wikimedia.org/wikipedia/commons/thumb/8/8a/Seibu_Otsu.JPG/1280px-Seibu_Otsu.JPG

西武の店舗一覧 - Wikipediaより

「ありがとう西武大津店」は、西武大津店最後の一か月を、ひたすらに時系列で追っていく。ただそれだけの物語だ。成瀬の特異なキャラクターが印象的に描かれるのと並行して、消えゆく街のシンボルを惜しみながら見守る地元の人々が、暖かな筆致で描かれていく。地元の百貨店の閉店を体験した方であれば、この物語は胸に迫るものがあるのではないだろうか。

西武大津店は2020年の8月31日をもって営業を終了している。新型コロナウイルスが猛威を振るっていた真っ最中だ。地方の百貨店の業績はどこも厳しいと聞いているが、コロナ禍による売り上げ減が、最終的に西武大津店の息の根を止めたであろうことは想像に難くない。

「ありがとう西武大津店」はコロナ禍の人々を描いた物語でもある。作者は女による女のためのR-18文学賞受賞時の新聞取材でこう回答している。

小学2年生の長女が通う学校で行事が中止になったり、夏休みが短縮されたりしたことから、地元の百貨店の閉店と、コロナ禍の影響を受ける子どもを絡めた物語を書こうと思い立ったという。

37歳主婦、家事の合間縫い地元百貨店閉店を小説に…「ありがとう西武大津店」文学賞受賞 : 読売新聞より

成瀬の通う中学でも学校行事は中止、もしくは縮小の憂き目にあい、夏休み期間も短縮されてしまっている(夏休みが三週間しかないなんて!)。

夏そのものが希薄になっている

『成瀬は天下を取りに行く』「ありがとう西武大津店」p14より

と零す島崎の述懐は、2020年の夏を体験した、すべての子どもたちの共通認識だろう。本編の最後で成瀬はこう云うのだ

こんな時期でもできる挑戦がしたかったんだ

『成瀬は天下を取りに行く』「ありがとう西武大津店」p35より

大人以上に行動を制限された子どもたちにとっての、せめてもの抵抗が「この夏を西武に捧げ」ることだったのかと思うと、何とも言えない気持ちにさせられる。

本作の見開きページで描かれている成瀬はマスクをしている。コロナ禍を身をもって体験したわたしたちは成瀬のマスク姿に何ら違和感を覚えない。だが、十年も経過してしまえば、この女の子はどうしてマスクをしているのだろうと不思議に思われてしまうかもしれない。コロナ禍の記憶を留める意味で、この物語は多くの人々の心に残っていくのだと思う。

膳所(ぜぜ)から来ました

書き下ろし作品。

中学二年の夏を西武大津店に捧げた成瀬が次に目指したのはお笑いの頂点だった。M-1グランプリに出る!頂点を目指す!相方はお前だ!と宣言する成瀬に、またしても島崎の日常はかき乱されていく。

お笑いコンビ”ゼゼカラ”誕生譚である。

島崎にM-1への出場を告げたのが9/4で、本番は9/26。急すぎる!成瀬のハチャメチャぶりが目につくが、注目すべきは島崎のリアクションだ。成瀬に巻き込まれっぱなしの島崎だが、キチンと成瀬の気持ちを受け止めて付いていけている。

成瀬は行動力があって、その上、だいたいのことは出来てしまう基本スペックの高さを持っている。常人では成瀬の行動にとても付き合いきれないと思うのだ。しかし、島崎はなんだかんだいいながらも、そんな成瀬に付いていけてしまう。島崎もそこそこ高スペックなんだよな。「やれやれ」と思いながらも、成瀬あかり史を、彼女の隣で見届けたい!そんな島崎の成瀬大好き感が、行間から感じ取れて、読んでいてもとても暖かな気持ちにさせられた。

階段は走らない

初出は『小説新潮』2022年5月号。

大阪のWeb制作会社で働く稲江敬太(いなえけいた)は、コロナ禍で自宅勤務が多くなる。地元、大津での旧友、吉嶺(よしみね)マサルと共に、閉店が決まった西武大津店を訪ねる敬太。彼は、小学校時代に気まずい関係のまま、音信不通となってしまった旧友に思いを馳せる。

本編の主人公稲江敬太は1977年生まれ。あれ、成瀬と島崎のお話なのにオッサン成分必要なの?と、突っ込みたくなるのだが、成瀬たちの視点だけでなく、中年世代の目線でも、西武大津店最後の日を描いておくべきだと作者は考えたのだ。

西武大津店は1976年開業なので、敬太たちとはほぼ同い年になる。大階段、バードパラダイス、喫茶ミレーは、地元民で敬太たちの世代なら皆知っていたであろうご当地スポットだろう。かつてあったものが喪われていく。だが、消えゆく西武大津店が繋いでくれた縁もあったのだ。

線がつながる

書き下ろし作品。

県内屈指の進学校膳所高校に進学した大貫かえでは、同じ中学出身の問題児、成瀬あかりと同じクラスになってしまったことを知り頭を抱える。入学初日、成瀬はこともあろうに坊主頭で通学していたのだ……。

成瀬あかり史高校編。今回は、成瀬とは距離のあるクラスメイト、大貫かえでの視点で物語は進行していく。髪の伸び方を検証するためだけに丸坊主にしてしまえる成瀬が、あいかわらず凄すぎる。成瀬のような異端も、生暖かくスルーしてくれるところが、さすがは県内トップの進学校だなと感じた。

成績は良かったけれどもクラスカーストでは最下層。虐められたくない。周囲から浮いた存在になりたくない。承認欲求に飢えている大貫かえでと、外部からの評価にまったく無頓着な成瀬あかり。対照的な存在を視点人物に配置することで、成瀬のキャラクターの輪郭線がより鮮やかに浮かび上がる。西武池袋本店を訪れて、目に涙を浮かべている成瀬にしんみりさせられる。

人間というものは、自分と価値観が近い者、気が合う相手とばかりと繋がりがちだ。しかし、子ども時代ならいざ知らず、年を取っていけば、そうではない相手とも繋がらざるを得なくなっていく。だが、予期しない形で繋がった線が、意外にも人生を豊かにしてくれたりもする。認めていなかった成瀬と改めて繋がったことで、大貫かえでの世界が彩り鮮やかに広がっていくラストが清々しい。

レッツゴーミシガン

書き下ろし作品。

全国高等学校小倉百人一首かるた選手権に出場中の男子高校生、西浦航一郎(にしうらこういちろう)は、他校の女子高生に心を奪われてしまう。成瀬あかりと名乗る女の子と、デートの約束を取り付けた航一郎だったが、果たしてその結果は……。

膳所高校のかるた班(滋賀県では部活動を班活動というららしい)は、全国でも有数の強豪校。高校時代の成瀬は、競技かるた(百人一首)にハマっていたようで、全国大会にも出場し、B級、三段の腕前を持つ。やっぱりスペック高いな。

成瀬は黙っていれば相応の美人なのだと思う。でもその外観ではなく、ちゃんとその内面(というか、オリジナリティ)に魅了されて、成瀬に惹かれていく西浦航一郎の存在がいい。

作中に登場するミシガンは、実在する琵琶湖の遊覧船。

特徴的なのは船体後部にある赤い外輪だ(成瀬曰く、巻き込まれたら即死らしい)。乗船の際には気をつけたい。乗ってみたいな。

ときめき江州音頭

書き下ろし作品。

高校三年生になった成瀬と島崎。高校は別れてしまったが、お笑いコンビ、ゼゼカラの活動は続いていた。地元の夏祭り、ときめき夏祭りで司会を務める二人。卒業を間近に控え、彼女たちの関係にも変化が訪れようとしていた。

最終エピソード。ここでようやく物語の視点が成瀬本人になる。「階段は走らない」で登場した、稲枝、吉嶺のオッサンコンビも合流し、物語に奥行きと立体感が生まれる。

タイトルとなっている江州音頭は江州(近江)の盆踊りでは定番の音頭らしい。

何の憂いもなく、好きなように生きているかに見えた成瀬にも迷いはあるし、悩みもある。気まずくなってしまった成瀬と島崎の関係性。それを、かつてタクローとの関係性に後悔を残したまま大人になってしまった稲枝の助言で、繋ぎ止められるシーンはちょっと泣けるところ。ここで即座に反応できるところが、成瀬の長所だと思う。

いろいろな物事にチャレンジするけれども、すぐにやめてしまう。付き合わされる島崎にはいい迷惑だったのではないか。島崎は成瀬のために犠牲になってきたのではないか。初めて気づく成瀬なのだが、島崎はこう答えるのだ。

わたしはずっと、楽しかったよ

『成瀬は天下を取りに行く』「ときめき江州音頭」p198より

ここで、島崎は成瀬に巻き込まれていたのではなく、自分で考えて、成瀬の隣に立つことを「選んで」いたことがわかる。島崎の了解を得ることもなく、コンビ解散をぶちあげてしまったり、これからも成瀬は島崎への配慮を欠き続けるのだろうが、島崎は「もう、なんなのよ」と言いながらも、成瀬の傍らに在り続けてくれるのだ。

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