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『虹の涯(はて)』戸田義長 天狗党の藤田小四郎を主人公とした歴史ミステリ

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戸田義長の第三作

2022年刊行作品。作者の戸田義長(とだよしなが)は1963年生まれのミステリ作家。

2017年、第27回鮎川哲也賞に応募した『恋牡丹』が最終候補作となったものの、惜しくも選外に(この年の鮎川賞は今村昌弘の『屍人荘の殺人』だった)。同作は、その後改稿され2018年に書籍刊行となり、戸田義長は作家デビューを果たしている。

その後、2020年には第二作『雪旅籠』を上梓。本作『虹の涯(はて)』は三作目の著作となる。第一作の『恋牡丹』以降、一貫として歴史ミステリを手掛けている点が特徴の作家である。

虹の涯

表紙イラストは岡田航也が担当。

東京創元社の文芸誌「紙魚の手帖」に発表されていた「天地揺らぐ」に、書下ろし三編を加えて単行本化されたもの。最初の三編、「天地揺らぐ」「蔵の中」「分かれ道」は30ページ程度の短編作品。最後の「幾山河」は120ページを超える中編作品となっている。

『虹の涯』関連記事

関連記事をいくつか見つけたのでリンク。まずはWeb東京創元社マガジンの記事。

続いて読売オンラインでの宮部みゆきによるレビュー。

そして週刊朝日、縄田一男による紹介記事。

おススメ度、こんな方におススメ!

おすすめ度:★★★(最大★5つ)

幕末を舞台とした本格ミステリを読んでみたい方。幕末の水戸藩の歴史について、天狗党の乱についてし詳しく知りたい方。連作短編型のミステリ作品がお好きな方。

なお、わたし的には、天狗党が登場する歴史小説としては吉村昭の『天狗騒乱』と、山田風太郎の『魔群の通過』がおススメ。併せて読むと理解が深まるはず。

 

あらすじ

幕末の水戸藩で、徳川斉昭の腹心として活躍した藤田東湖。その死にまつわる真相とは(天地揺らぐ)。密室の中で死んでいた名主の息子、彼はなぜ死んだのか(蔵の中)。裕福な商家の内儀が刺される、その意外な容疑者とは(分かれ道)。徳川慶喜に志を訴えるべく上洛を決めた天狗党の一行。しかし道中で次々と殺人事件が。果たして犯人は誰なのか、そしてその目的は(幾山河)。

以下、各編ごとにコメント。

天地揺らぐ

初出は2021年12月の「紙魚の手帖vol.2」。

藤田東湖は、安政の大地震に巻き込まれ世を去った。しかしそれは本当に災害死だったのか?東湖の息子である小四郎は、父の死に疑念を抱き、独自の調査を開始する。その背後に、水戸藩を二つに割った、諸生派(門閥派)と、改革派(天狗党)との凄惨な勢力争いが横たわっていることに小四郎は気づくのだが……。

本作の主人公、藤田小四郎は、幕末の水戸藩で辣腕を振るった藤田東湖(ふじたとうこ)の四男である。小四郎は、後に起こる天狗党の乱では首領格として活躍し、結果として24歳の若さで悲劇的な最期を遂げた人物。

ファーストエピソードの「天地揺らぐ」では、父、藤田東湖の死にまつわる、水戸藩内の暗闘が描かれる。冒頭に示される、長い継竿を利用した買い物シーン(実在するのだろうか?)が印象的なので、わりとオチは予想しやすいかな。

蔵の中

水戸藩、矢田(やだん)村の名主、松沼家の辰之助が殺害される。密室状態の蔵の中で、いかにして犯人は事を為したのか。金策のために松沼家を訪れていた小四郎は、政敵に陥れられ容疑者にされてしまう。小四郎は自らの潔白を証明できるのか。

密室トリック編。蔵の中で死んでいた辰之助。しかし凶器が見つからない。隠居の清兵衛が怪しいのだが、物証が見つからない。一方的に好意を寄せてくる、松沼家のいかず後家、佳代との関係性が微笑ましいのだが、小四郎が唐変木過ぎて進展しなさそう。

分かれ道

水戸藩内の富裕な商家、佐野屋の内儀おなみが、離れの中で何者かに背中を刺される。戸は内側から閉められており、またしても室内に凶器が見当たらない。やがて容疑者として、おなみと所縁のある少女おのぶの存在が浮かび上がってくる。

かつて同じような境遇にありながらも、その後大きく運命が別れてしまったおなみとおとき。後になってみれば、その瞬間が人生の「分かれ道」だとわかる出来事がある。

小四郎と、御典医の息子、山川穂継(やまかわほつぐ)との会話が、この先を考えると、なかなかに意味深長である。

「今この道を右に行くか左に行くかで、未来が何か変わることがありうるでしょうか」

「さてな。あるかもしれぬし、ないかもしれぬ。だが変わったとしても、その事実に気づくことはないだろう」

『虹の涯』p118より

幾山河

水戸藩内の対立は頂点に達し、遂に小四郎ら天狗党の面々は筑波山で蜂起する。攘夷の決行と、自らの志を遂げるべく天狗党は京都を目指し西へと向かう。四面楚歌。絶望的な行軍の中で、正体不明の「化人(けにん)」によって次々に隊士たちが殺害されていく。

本作の中でおよそ半分のボリュームを占める、この「幾山河」がメインエピソードであることは間違いのないところだろう。水戸藩士らが起こした、天狗党の乱は同じ年に幕末屈指の有名イベント長州征伐が起きていたこともあって、あまりスポットの当てられない事件だ(と思う)。

蜂起した天狗党は、当初は破竹の勢いで進軍を続けるものの、やがて幕府軍に追い詰められ、期待していた慶喜にも裏切られ、最後は降伏し、罪人として三百名を超える隊士が斬首に処せられるという凄惨極まりない結末を迎える。

事件が起きるのは決まって戦の翌日。しかも既に致命傷を負った、放っておいても死んだであろう男ばかりが殺される。犯人が誰かというよりは、何故、殺したのか。ホワイダニット(Why done it)の部分に注目が集まる内容で、最初の三編で示された手がかりを覚えていれば、だいたいその理由は予想がついてしまうかなあ。

天狗党の乱で、水戸藩は有能な藩士をことごとく殺し尽くしてしまう。明治政府にはただひとりの高官すら送り出せなかったばかりか、人材の払底から水戸の人間では警部にすらなれる人材が存在しなかった。「薩摩警部に水戸巡査」と後に、揶揄されることになる。

虹の涯を目指すも、たどり着くことが出来なかった藤田小四郎。その遺志を継承した山川穂継。「分かれ道」で彼らはどこで道を違えてしまったのか。その後の水戸藩の運命を考えるとなんともやりきれない気持ちにさせられる。

虹の涯

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