「隷王戦記」シリーズの第二弾
2021年8月刊行作品。第一巻である『隷王戦記(れいおうせんき)1 フルースィーヤの血盟』が2021年の3月刊行だったから、僅か五か月での続巻ということになる。気になる終わり方だったので、すぐに続きが読めるのはありがたい。この調子なら完結巻とされる第三巻も、間もなく刊行されるのではなかろうか?
表紙イラストは風間雷太(かざまらいた)が担当している。
作者の森山光太郎(もりやまこうたろう)は2021年は飛躍の年であったようで、本書を含めなんと五冊もの新刊を上梓している。
- 『王都の死神と光を秘めた少女 イスカンダル王国物語2』(2021)
- 『卑弥呼とよばれた少女』(2021)
- 『隷王戦記1 フルースィーヤの血盟』(2021)
- 『隷王戦記2 カイクバードの裁定』(2021)
- 『弟切抄 ―鎌倉幕府草創記―』(2021)
筆の速さは作家にとって重要な能力の一つだ。森山光太郎はライトノベル系の作品と、歴史小説。二つの系統の作品を得意としているようだ。今後、どちらの方に主眼を置いていくのだろうか。
おススメ度、こんな方におススメ!
おすすめ度:★★★★(最大★5つ)
田中芳樹の『アルスラーン戦記』のようなタイプの作品がお好きな方。ファンタジーベースの架空世界を舞台とした戦記物を読んでみたい方。能力バトル系のお話が好みの方。魅力的な世界観に触れてみたい方におススメ!
あらすじ
奴隷の身から、「憤怒の背教者」の力を継承し、世界の中央(セントロ)バアルベクの騎士となったカイエン。新太守マイを擁するこの地に新たな危機が迫る。隣国シャルージと七都市連合軍を率いる「炎の守護者」エフラテームの襲撃。更には「怠惰」と「悲哀」二人の背教者を手中にした、近隣最強の敵カイクバード候との戦い。最大の試練を迎えたカイエンは、かつてない死地をいかに乗り越えるのか。
ここからネタバレ
守護者と背教者が出そろった
本シリーズでは、人知を超えた特異能力を持つ守護者と背教者が登場する。守護者は7人。背教者は3人。本巻で全員が出そろったようなので、一覧にしてみた。
守護者
- 人類の守護者:エルジャムカ・オルダ(牙の民の王。東方世界の覇者)
- 鋼の守護者:フラン・シャール(草原の神子、エルジャムカ麾下)
- 大地の守護者:エラク(エルジャムカ異母弟)
- 動物の守護者:ソルカン(エルジャムカ麾下)
- 樹の守護者:ゲンサイ(エルジャムカ麾下)
- 炎の守護者:エフラテーム(シャルージ騎士、太守代)
- 水の守護者:ジョバンニ(サンタレイ大公国)
背教者
- 憤怒の背教者:カイエン(バアルベク騎士)
- 悲哀の背教者:リドワーン(カイクバード候長男)
- 怠惰の背教者:スィーリーン(カイクバード候長女)
神授とされる守護者の力は唯一無二で継承することが出来ない。そのため、守護者を殺害した場合、新たに生まれた誰かにその力は受け継がれる。一方、神奪の力である背教者の能力は、相手を殺害することで奪うことが可能。
背教者の使命は守護者の王(エルジャムカ)を殺すことだが、守護者の王は背教者一人では殺せない。三人の背教者の能力はこちら。
- 憤怒:時間を進める
- 悲哀:時間を戻す
- 怠惰:時を止める
守護者の王を倒すために、背教者は三つの力をすべてを一人で持つ必要がある。三人の背教者は協力して戦うのは目的を達することが出来ない。背教者たちは殺しあうことでその力を束ねなくてはならない。なんとも悲劇的な設定である。
守護者と背教者の能力は圧倒的だ。ただ、一定の代償を伴うシステムとなっているため多用、乱発はできない。通常の軍隊も依然として必要であり、このあたりのバランスのとり方が、いまのところ上手く書けている。
カイクバード候の苦悩
第二巻のサブタイトルは「カイクバードの裁定」である。主人公カイエンにとって、ラスボスのエルジャムカ挑戦権を得るための、最大の試練がカイクバード候戦である。カイクバードのオッサン(38歳、意外と若い)のキャラが濃くて好き。「悲哀」と「怠惰」。時を操る二人の背教者能力を我が子に与えた、世界の中央(セントロ)で最大最強の諸侯カイクバード候をいかに攻略するか。
軍を率いれば百戦百勝、自ら戦っても無双の武勇を誇るカイクバード候だが、東方世界の覇者エルジャムカには決して勝てないことを自認している。世界を救うためには新たな英雄(カイエン)の登場が必要だが、そのためには背教者の能力を持つリドワーンとスィーリーン、二人の我が子の命を犠牲にすることが必要となる。指導者としての責務と、父親としての情愛の板挟みとなったカイクバード候は、カイエンに対して大いなる試練を与える。この展開がいい!
隷王の階(きざはし)
カイクバード候との緒戦で惨敗したカイエンは自らの甘さを痛感させられる。ここで遂にカイエンは自らの中にあった迷いと向き合う。エルジャムカを倒すためには多くの民の犠牲が必要となる。世界を救うためとはいえ、それは赦されることなのか。カイエンはその罪深さ故に、自分自身が王として立つこと。責任のすべてを背負うことを躊躇っていた。
誰よりも民を殺し尽くしたものだけが英雄となれる
民を殺すことを民に赦されるものが英雄になる
これが本作における英雄の定義である。
民に対して死を強いる覚悟があるのか。諸将の中の一人ではなく、バアルベクの騎士としてでもなく、全軍を統べる英雄としてあらゆる罪を引き受ける意思はあるのか。カイクバード候はカイエンに対してそれを問うている。
ラストシーン。カイエンは、自らを縛っていたフランの黒布を切り裂き、王として立つことを決意する。隷王の誕生である。
俺は人を救う
俺は人を護る
この「人」の中にはフランやエルジャムカすらも内包しているのではないか。カイエンはあらゆる「人」を救うために立ったのではないか。
そして、カイクバード候は云うのだ。
人を救ってみせよ
これはなかなか熱い。カイクバード候はこの時点で、息子と娘の命が犠牲になることを覚悟している。カイクバード候もまた、為政者として一線を越えたのだ。
三巻で終われるの?
一巻を読んだ際には、設定された世界の広大さと、登場人物の多さから「本当に三巻で終われるのか?」が疑問だった。昨今、戦記系の大河ファンタジーは流行らないので、あまり多くの巻数だと書かせてもらえないのかな?とも感じた。この設定だと10巻くらいは必要だと思う。世界の中央(セントロ)統一までで3~4巻。西方世界(オクシデント)編で3巻、ラスボス戦(対エルジャムカ)で3巻くらいのイメージ。
しかし、二巻を読んで展開の速さに驚かされた。この速さなら三巻で終われるかも。テンポよく物語が進むのは心地よい。だがその反面、個別のキャラクターや、国々の描写が追いついておらず、深みに欠けるきらいはどうしても感じてしまう。ちょっともったいないよね。
ともあれ、近日中に第三巻が出るはずなので、まずはそれを待ちたいところ。