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『失恋の準備をお願いします』浅倉秋成 ラウンドアバウト形式の連作ユーモアミステリ

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浅倉秋成の第三作を改題して文庫化

電子雑誌BOX-AIR(ボックス・エアー)の2015年3月号~7月号に連載されていた作品。

まず、2016年に『失恋覚悟のラウンドアバウト』のタイトルで、講談社BOXレーベルで書籍化されている。この時のイラストは中村ゆうひが担当。

本作は長らく、入手困難な状態が続いていたが、折からの浅倉秋成人気を受け、2020年講談社タイガレーベルにて復刊を果たした。この際タイトルが『失恋の準備をおねがいいします』に変更されている。イラストはusi(うし)が担当。

失恋の準備をお願いします (講談社タイガ)

おススメ度、こんな方におススメ!

おすすめ度:★★★(最大★5つ)

気軽に読める恋愛小説を楽しみたい方。ユーモア系のミステリ作品が好きな方。浅倉秋成作品を読んでみたいけど、どれから読んでいいか悩んでいる方。連作短編形式のミステリを読みたい方におススメ。

あらすじ

告白を断るために「わたしは魔法使いだから」と無茶な嘘をついてしまう女子高生のその後(上京間近のウィッチクラフト)。浮気を疑われた男と、男と別れたい女のお話(真偽不明のフラーテーション)。むやみやたらにモテてしまう男の秘密(不可抗力のレディキラー)。盗み癖のある小学生、その真意は?(寡黙少女のオフェンスレポート)。ブラック企業で望まぬ昇進を続ける男の苦悩(勤勉社員のアウトレイジ)。そして全ての事件は複雑に絡み合って大きな物語を作り上げていく(失恋覚悟のラウンドアバウト)。

ココからネタバレ

ラウンドアバウトって何?

冒頭にも書いたが、本作のオリジナルタイトルは『失恋覚悟のラウンドアバウト』であった。「ラウンドアバウト」とはまだ、あまり馴染みのない単語かもしれないが、以下の意味を持つ言葉である。

ラウンドアバウト英:( roundabout)、または環状交差点(かんじょうこうさてん)とは、交差点の一種で、中心の島の周囲を一方向に周回する方式のうち、環状の道路に一時停止位置や信号機がないなどの特徴をもったものをいう。

ラウンドアバウト - Wikipediaより

 ビジュアル的にはこんな感じ。

https://upload.wikimedia.org/wikipedia/commons/thumb/5/54/2008_03_12_-_UMD_-_Roundabout_viewed_from_Art_Soc_Bldg_4.JPG/1280px-2008_03_12_-_UMD_-_Roundabout_viewed_from_Art_Soc_Bldg_4.JPG

ラウンドアバウト - Wikipediaより

ラウンドアバウトは環状の交差点で、侵入した際には、最終的に向かいたい方向がどちらであれ、まず最初は右に曲がらなくてはならない(日本の場合)。環状部分をぐるぐる回った上で、ようやく目的の方向に曲がることが出来る。

一見すると不便な仕組みのように見えるが、信号を設ける必要が無く、渋滞の解決に効果があるとされている。

『失恋の準備をお願いします』は六つの短編で構成された連作形式の短編集である。物語の舞台となる日の下町では、複数の恋愛模様が進行している。本作に登場するカップルたちの恋愛は、一見すると予想外の方向に進展してしまう。しかし、最終的には収まるところに収まり、恋愛も成就する。これをもって「ラウンドアバウト」という表現を用いているのだろう。

では、以下、各エピソードを振り返りつつカンタンにコメント。

上京間近のウィッチクラフト

女子高生の「まっちょ」こと、満作千代子(まんさくちよこ)は、日輪賢二(ひのわけんじ)の告白を受けたものの、その心は揺れていた。告白を断るために無理な嘘をついた千代子は、追い詰められた挙句にとんでもない解決策を取ることになる。

いくらなんでも告白を断るのに「わたしは魔法使いだから」はない(笑)。こういうリアクションが許される世界観なんだろうね。もともとが講談社BOXの作品だから、これは致し方ないか。隙が多すぎるヒロインの嘘もともかく、それを完全に信じてしまっている日輪くんもどうかと思うのである。

真偽不明のフラーテーション

菊池正(きくちただし)の浮気を疑う、千鳥翔子(ちどりしょうこ)。二人の口論の場に居合わせた日輪賢二は、街の発明家漆原(うるしばら)博士による、噓発見器「小百合」を使って、この問題を解決しようとするのだが……。

第一エピソードに登場した日輪賢二が探偵役を務める。ラウンドアバウト形式の本作は、過去のエピソードに登場した人物やアイテムが、後半の物語にさまざまな影響を次もたらす。伏線の魔術師、複線の狙撃手などと称され、その「伏線力」の高さには定評がある浅倉秋成らしい作品と言えるだろう。

金髪の北欧美人型ロボット774号。市松人形の小百合と、もう一つの嘘発見器。日の下町二大ビッチ、「娼婦むくげ」こと槿紗也香(むくげさやか)、「チューベローズ貴婦人」こと月下優香里(つきしたゆかり)が登場(いずれも凄い二つ名である)。複雑な人間模様が展開されていく。

不可抗力のレディキラー

異常にモテてしまう転校生、蕗俊太郎(ふきしゅんたろう)と、唯一、俊太郎のモテオーラに惹かれない女子高生、「梅子」こと梅木鶴子(うめきつるこ)。モテすぎる俊太郎は、日の下町に名高い、「チューベローズ貴婦人」月下優香里に目を付けられ、ラブホテルに拉致されそうになる。

漆原博士の発明品、セグヴェイ、モテを解消する拳銃。日の下町にやってきた世界の至宝、トゥルマリナキャットが登場。だんだん話がこんがらがってくるが、メインストーリーはテンポ良く展開していくので、リーダビリティは良好である。俊太郎と梅子の関係は、なんとなくオチが見えてしまうのだけど、これはこれで楽しい。

寡黙少女のオフェンスレポート

小学四年生の折尾乱歩(おりおらんぽ)は、クラスメイトの芙蓉富士子(ふようふじこ)の盗癖に悩まされていた。桐山くんのボールペン。進藤さんのリコーダー。何故彼女は盗みを繰り返すのか。

第四エピソードの主人公は小学生カップルである。何かあればすぐに騒ぎ立てる男子たちと、それをたしなめる女子。超絶やる気のない担任教師。小学校ならではの情景をコミカルに描く。何かと信じては裏切られる折尾くんのツッコミ文体が楽しい。奇跡の芸術品「トゥルマリナキャット」も本格的にストーリーに絡んでくる。

勤勉社員のアウトレイジ

超ブラック企業たなかマヨネーズに務める、冴えないサラリーマン藪田真澄(やぶたますみ)が主人公。なんとしてでも会社を辞めたい藪田は、あの手この手で不祥事を起こし、クビになろうと画策するのだが……。

会社を辞めたい藪田と、彼にアドバイスをする謎の美女奈々子。やることなすこと全てが裏目に出て、その度に出世を重ねていく藪田が笑える。奈々子の正体はなんとなく想像がつくけど、漆原博士、実は天才なのではないだろうか?

失恋覚悟のラウンドアバウト

小学校で発生した立てこもり事件。現地に駆け付ける、警察戦隊ヒノシタレンジャーの面々。そして女子高生によるトレインジャック。日の下町各地で起きた事件は、めぐりめぐって、最終段階に突入しようとしていた。

最終エピソード。日輪くんと千代子。菊池正と千鳥翔子。蕗俊太郎と梅子。折尾くんと芙蓉さん。藪田と奈々子。これまでに登場した全てのキャラクターが一堂に会し、もつれにもつれた物語が、見事に大団円を迎える。恋愛モノとしては、誰もがハッピーエンドを迎えているので、読後感は良好。

って、三角関係に突入した、蕗俊太郎と梅子+藪田のところだけ、禍根が残ったかな。

気軽に楽しく読める連作短編集

数多くのキャラクターが登場するが、各エピソードで順を追って少しずつ登場すること。それぞれのキャラが立っていることもあってか、読む側が混乱するようなことはないかと思われる。もつれにもつれた人間関係、各所で登場するアイテムの数々が組み合わさって、複雑な物語をつくりあげていく構成はさすが浅倉秋成といったところだろうか。浅倉秋成を始めて読む方には、まずはこの作品からお勧めしたい。

 

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