那珂一兵登場作品
2018年刊行作品。作者の辻真先(つじまさき)はアニメーション作品の脚本家として知る方が多いだろう。『鉄腕アトム』時代からの生き残りだから業界最古参。しかも、現在でも『名探偵コナン』の脚本を手掛けるなど、未だに現役で活躍しているというから驚きである。1932年生まれだから、今年で御年88歳!
作家としても数多くの著作があるが、『深夜の博覧会 昭和12年の探偵小説』は、那珂一兵(なかいっぺい)を探偵役としたシリーズの一作である。
創元推理文庫版は2020年に登場している。
那珂一兵は、『怪盗天空に消ゆ』や『残照 アリスの国の墓誌』などでも登場した、辻真先お気に入りのキャラクターである。
最近では、2020年に書かれた『たかが殺人じゃないか 昭和24年の推理小説』にも登場。この作品は、早川書房の「ミステリが読みたい!」、文藝春秋の「週刊文春ミステリーランキング」、宝島社の「このミステリーがすごい!」全てで第一位を獲得する、三冠の偉業を達成している.
おススメ度、こんな方におススメ!
おすすめ度:★★★(最大★5つ)
『たかが殺人じゃないか 昭和24年の推理小説』を読む前に、那珂一兵が登場する前日譚を読んでおきたい方。戦前の名古屋を懐かしみたい方。戦間期の妖しい風俗を堪能したい方。乱歩の『パノラマ島奇談』的なノリが好きな方におススメ。
あらすじ
1937(昭和12)年。似顔絵書きの少年那珂一兵は、帝国新報の記者降旗瑠璃子の依頼を受け、名古屋で開催されている「汎太平洋平和博覧会」の取材に同行することになる。そこで一兵は、趣味人の伯爵、宗像昌清。満州の大富豪、崔桑炎らに出会う。煌びやかな博覧会に目を奪われる一兵。そんな中、東京と名古屋をまたにかけた、猟奇殺人事件が発生する。
ココからネタバレ
大戦前の最後の日々を愛でる
個人的な趣味で恐縮だが戦間期を描いた物語が好きなのである。戦間期とは、第一次世界大戦の終了から第二次世界大戦がはじまるまで。1919年~1939年までの20年間を指す。大恐慌があったり、ファシズム国家の伸長があったりと、決して手放しで称賛出来る時代ではない。しかし、人類史上最悪の戦争となった第二次大戦前、最後の平穏な日々、爛熟した文化、辛うじて日常を謳歌できた時代として愛おしく思える。束の間の華やかな時期なのである。
『深夜の博覧会』の舞台となる名古屋汎太平洋平和博覧会は1937年の3月~5月にかけて開催された。Wikipedia先生によると概要は以下の通り。
詳しく紹介されているサイトがあったのでこちらもご紹介。
同じ年の7月からは日中戦争が始まっており、日本が戦時体制に突入する直前の時期の物語なのである。
名古屋汎太平洋平和博覧会は、入場者数500万人!戦前では屈指の大イベントかと思われる。それだけに、作中でもその煌びやかな様子がつぶさに描かれなんとも楽しい。空襲で焼けてしまう前の名古屋の街が描かれている点も嬉しい。辻真先は名古屋出身であるだけに、この街のかつての姿をとどめておくことに一方ならぬ情熱を感じるのだ。
那珂一兵が愛され過ぎる
主人公である那珂一兵は、銀座の夜店で似顔絵描きをしながら、将来の漫画家を夢見る少年である。絵の才能には抜きんでたものがあり、帝国新報の名古屋汎太平洋平和博覧会取材のために、名古屋にまで連れて行ってもらえるほどである。名古屋現地では、地元の有力者、宗像伯爵に気に入られ、結果として事件に深く関与することになる。
当時の社会階級的に、そんなに上手くいくのかなというツッコミもある。でも、このあたりは、宗像伯爵にそれだけの覚悟があって、事件を見届け、解決に導いてくれる若き才能を欲していたということにしておこう。
個人的に気に入ったキャラクターは、那珂一兵を名古屋まで連れていく、帝国新報の降旗瑠璃子。この時代には珍しい職業婦人で、酒好きで男好き。裏風俗にも興味津々。ポンコツキャラなのに憎めない。陰惨になりがちなこの作品の中では、貴重な和ませ枠なのであった。「まさか赤坂!」って口癖になりそう。リアルでも使ってみよう(笑)。
宗像伯爵の慈王羅馬館が素敵!
本作のメイン会場は宗像伯爵が作った慈王羅馬(ジオラマ)館である。江戸川乱歩の『パノラマ島奇談』のオマージュが入っている感じかな?各フロアの内容はこんな感じ。
- 1階 ひろがる間 錯視を利用した仕掛け
- 2階 あそびの間 死相変転図、建設現場のジオラマ、
- 3階 まどいの間 ルビンの壺、化け物屋敷
- 4階 ころしの間 戦争のジオラマ
- 5階 わらえぬ間 戯画化されたマンガキャラクター
- 6階 いこいの間 カーテンの林、大型電気蓄音機
- 7階 いのりの間 阿片吸引所
伯爵の鬱屈した感情が結晶化したような場所で、相当に悪趣味な空間である。行ったら当分悪夢にうなされそう。事件のメイントリックにも関わっており、この作品の影の主役ともいえる。
東京-名古屋間での死体移動トリック
本作で起きる事件は柳(宰田)杏蓮の殺人事件のみ。この類の作品で、殺人事件が一つだけなのは、なかなかにシンプルな構成ではないだろうか。それだけ、名古屋の街や、博覧会、慈王羅馬館のギミックを見せたかったということなのだろう。
名古屋にいた筈の女性の脚部が切断されて、東京の銀座で発見される。手の込んだ仕掛けが凝らされた犯罪。動機面ではギリギリ納得できるとしても、伯爵先生、他に方法あったんじゃないですか??と問いただしたくなる。露見する可能性、失敗する可能性が半端なく高そう。でも、杏蓮も、伯爵も、この時点で狂気の領域に入っていたということなのかな。
ともあれ、これで続巻の『たかが殺人じゃないか 昭和24年の推理小説』が読める。こちらは『深夜の博覧会 昭和12年の探偵小説』の12年後。戦地から戻った、大人になった那珂一兵が登場する。読了は来年になると思うけど、しばしお待ちを。
名古屋が舞台の作品!
その他にも、名古屋を舞台とした作品について感想を書いているので、興味のある方は是非!
小川一水の『アース・ガード』は20世紀末の名古屋の景観が楽しめる一作。
米澤穂信の『巴里マカロンの謎』は、わけあり高校生の小鳩くんと小佐内が、名古屋市内のお菓子店で遭遇する日常の謎系ミステリ。