山尾悠子の初期作品が復刊
作者の山尾悠子(やまおゆうこ)は1955年生まれの作家。主として幻想文学の書き手として知られる。
「初夏ものがたり」のオリジナルは、1980年刊行の『オットーと魔術師』(集英社文庫コバルトシリーズ)に収録されていた作品。
その後2024年に、『オットーと魔術師』の中から「初夏ものがたり」だけが、単独で再文庫化された。ちくま文庫版である。
表紙及び、本文イラストは酒井駒子によるもの。カラー絵が8枚も収録されており、かなり力の入った文庫化と言える。解説は東雅夫が書いている。
おススメ度、こんな方におススメ!
おすすめ度:★★★(最大★5つ)
大昔のコバルト作品に興味がある方。山尾悠子作品、特に初期の作品に興味がある方。初夏の季節を舞台としたジュブナイル小説を読んでみたいと思っていた方。死者と生者の関係について考えてみたい方におススメ。
あらすじ
既にこの世の住人ではないあの人が会いに来てくれる。死者と生者を繋ぐのは、謎の日本人ビジネスマン、タキ氏。幼い少女の誘拐事件と、その黒幕の意外な正体(オリーブ・トーマス)。なに不自由なく育った少女が切実に再会を望んだ相手とは(ワン・ペア)。五十年ぶりに祖国へ帰って来た老婦人に訪れた出来事(通夜の客)。つかの間の現世で懐かしい土地に帰って来た少女だったが……(夏への一日)。夏の訪れを予感させ、不思議な余韻を残す四つの物語を収録した連作短編集。
ここからネタバレ
タキ氏の死者仲介ビジネス
『初夏ものがたり』には四つの短編が収録されており、いずれも主人公が異なる。だがすべての作品に共通して登場するのが、怪しげな日本人ビジネスマン、タキ氏だ。タキ氏は各国を渡り歩き、彼ならではの「ビジネス」を展開する。
タキ氏は、死者と生者の再会を仲介する。いまは亡き大切なあの人に一度だけ再会できる系のお話としては、川口俊和の『コーヒーが冷めないうちに』シリーズが有名だ。ただ本シリーズの特徴は、再会を望むことができるのは死者の方からのみという点にある。死者が再会を望むことによって、タキ氏が仲介に動く。そして、再会が出来るのは日暮れから、その日の真夜中までだ。この制約下の中で各編は進行していく。
それでは、各編ごとに簡単にコメント。
オリーブ・トーマス
とある国の、とある地方都市。謎の日本人ビジネスマン、タキ氏の目的は少女オリーブ・トーマスの誘拐にあった。母親の記憶を操り、幼い少女を拉致したタキ氏は依頼人の許へ。そこで待っていた人物とは……。
表題であり、本作のヒロインであるオリーブ・トーマスは、作中でも言及されているが、実在したサイレント映画時代の女優。
死者からの依頼を受けて、生者に再会できるように環境を整えるのがタキ氏のビジネス。タキ氏の側はなんらかの方法で死者とコンタクトすることができ、しかも収益を上げることができる。本エピソードでは、若くして死んだ父親が娘に会いに来るお話。父を知らない娘との会話が切なくも暖かい。
ワン・ペア
とある国の閣僚を父に持つナオミは、父親の権力を利用し、タキ氏に自らの望みをかなえるよう圧力をかける。彼女の願いは、事故死した双子の兄に再会すること。果たしてその希望は叶うのか。
タキ氏のビジネスにおけるルール。会いたいと願えるのは死者の方からだけ。生者の願いは叶わない。このルールに真っ向から逆らう事例が本エピソード。わたしたちは強いきずなで結びつけられた「ワン・ペア」だった。主人子のナオミは、事故で死んだ、二卵性双生児の兄への強い依存傾向がある。だが、兄が会いたいと望んだのはナオミではなかった。かけがえのない存在の喪失と、その不在を受容するまでの物語。ラストシーンの情景が美しい。
通夜の客
一族の長老が他界し、葬儀のため、親族たちが古い洋館に集う。海外で結婚し、五十年ぶりに日本に帰って来た老婦人。彼女に出会った勲は、この館に伝わる、不思議な神隠しの話を聞かされる。事件の背後には、謎めいたビジネスマン、タキ氏の存在があったようで……。
ベストエピソード。この話が一番好き。明治からある洋館。やたらに数が多い親戚たち。一族の中でも変わり者として知られる老婦人と、年若い主人公。恩田陸もこういう話書きそうだな。「五月の日本は五十年ぶり」。五月の日本を観たいというだけの気持ちで、還って来た少女。ただ、ひたすらに美しい。初夏の日本を愛でる物語。
夏への一日
かつて生者であった頃の思い出の場所を訪れる少女。しかし、元の世界では「彼女のいない」生活が始まっていた。次第に消されていく自らの居場所。もはや自分は誰にも必要とされていないのか。四日間の猶予で彼女は何を望むのか。
死者が現世に戻れるのは基本ルールでは「日暮れから、その日の真夜中まで」。ところが、本エピソードのヒロインは余程の徳を積んだのか、他の死者から権利を譲渡され、なんと四日間もの猶予を与えられている。しかし、訪れた現世では、父は再婚しており、自屋は再婚相手の連れ子の部屋になっていた。比較的、厳しめの展開のわりに、最後は意外にも爽やかに終わる。夏の到来を予感させる幕の引き方が綺麗。
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