小川一水作品はここからガチ
2002年刊行作品。ハルキ文庫のヌーヴェルSFシリーズからの登場。全四巻の『導きの星』シリーズを、「1目覚めの大地」「2争いの地平」「3災いの空」「4出会いの銀河」と、順に紹介していきたい。
本作刊行に至るまで、ライトノベル寄りの作品を数多く発表していた小川一水だったが、2000年代前半からガチのエスエフ作品を上梓していくようになる。後の『第六大陸』や『復活の地』、『天冥の標』あたりに繋がっていく原点的な一作なのではと、個人的には捉えている。
おススメ度、こんな方におススメ!
おすすめ度:★★★★(最大★5つ)
育成系のシミュレーションゲームが好きな方、歴史好きな方、壮大なエスエフ作品を読んでみたい方、種の歴史について考えてみたい方、文明の発展に興味がある方『天冥の標』から小川一水作品にハマって、初期の作品も読んでみたい方におススメ!
ここからネタバレ
「1目覚めの大地」あらすじ
宇宙へ進出した人類は各地で知的生命体に出会う。高度な文明への可能性を残しながらも、未開のままで停滞していたこれら異種族に対して、人類は外文明支援省を設立。極秘の内にその援助をスタートした。辺境のオセアノ星系へ派遣された観察官辻本司は、現地の知的生命体スワリスとその亜種ヒキュリジに遭遇。長い長い文明創造の任務に携わって行くことになる。
異種文明の発展を見守る壮大な物語
知的生命体の保護観察育成という重大任務に対して、観察官は一種族につきなんと一人。主人公は若造で、目的人格(バーパソイド)と呼ばれる人工生命体の美少女アシスタントが三人ついてくる。その職務の重大さに反して、軽いドタバタノリで始まる序盤の展開に、ふとすると騙されそうになるが、実はかなりハードなエスエフ巨編なのである。
古の懐かしゲーム「シムアース」だったり「文明の曙」「アトラス」や「大航海時代」 みたいな育成系ゲームを知っていると入りやすいかもしれない。原始的な生活をしていたスワリスに火の存在を教え、虐げられてきたヒキュリジに鉄器の製法を伝える観察官。それぞれの種族の勢力の均衡と、発展の方向性の適正化を常に心がけながら、臨機応変な対応が求められる。この魅力的な設定だけで既に勝ったようなものだ。
試行錯誤しながら文明を育てていく
もちろん、観察官の干渉が必ずしも毎回成功するわけではなく、火の存在を知ったスワリスが焼き畑農法を猛烈な勢いで推し進めて環境問題を引き起こしてしまったり、鉄器の製法を身につけたヒキュリジがスワリスを完膚無きまでに駆逐してしまったりと、もたらされる結果の数々がこれまた面白い。
第一巻の「導きの星」は火の発明から、大航海時代まで。続きを読むのがとても楽しみ。ホントにワクワクする設定だよなあ。
「2争いの地平」あらすじ
遠洋航海技術を身につけるまでに至った惑星オセアノの知的生命体スワリスとヒキュリジ。しかし観察官、辻本司の干渉失敗により、この二つの種族は相互に憎み合い、絶えることのない抗争を繰り返すようになっていた。戦争状態に終止符を打つべく、司たちは戦地に赴く。スワリスの治める聖統ニチツュイ帝国と、ヒキュリジのトゥワバリ連合軍。両軍の衝突は止めることが出来るのか。
物語の幅が広がるシリーズ二作目
今回は宗教の発生から近代科学の勃興までが描かれる。オセアノの辿る運命が、人類の歴史に被りすぎてるところが判りやすくもあり、都合が良すぎる面もありでなんとも微妙なところ。恣意的に誘導してるから仕方の無い側面もあるけど。
今回は種としての活力に衰えを感じつつある人類圏の盟主たちや、独自の商業活動を繰り広げる企業体フェニキア・オーバースペース社の人々が登場。オセアノだけの話に終始するかと思われていた物語の構造が一段と深みを増している。
異種文明を長期観察できる仕組み
ちなみに主人公は普通の人間なのだが、通常時は冷凍睡眠で老化をストップ。不死であるお供の三人のバーパソイド(人工生命体)がその間は惑星を監視。なにか問題があった時だけ覚醒させられて観察官が登場してくるという次第。おかげで数百年にも及ぶ文明の発展を一人で管轄出来るようになっている。
ワクワクする仕掛けの数々
代々登場するスワリス側の王族に共通する遺伝的特徴があって、これが実にいい仕掛け。これはあとあと効いてきそうだ。従順に思えたヒロインに実は予想だにしなかった裏の顔があって……、なんてのも中盤で仕込む伏線としては効果的。意外に大きな話に広がっていきそうなので期待しよう。
「3災いの空」あらすじ
恒常的な戦争状態からは辛うじて脱した惑星オセアノ。芽生えつつあった科学文明が花開き猛烈な勢いで産業革命が推し進められていく。しかし発展した科学は次第に兵器へと転用されていく。圧倒的な破壊力を持つ軍事力を前にして諸国間の緊張は極度に高まる。そしてこの星では本来採掘される筈の無いウラン235が、ヒキュリジ側にもたらされたとき悲劇は起こった。
オセアノの歴史が暗転
いきなり表紙絵が剣呑な絵柄になっていて不安が高まる。
自らの忠僕たるバーパソイドに銃を向ける司。緊張感のある表紙絵からも想像がつくように、ここでストーリーは暗転。エグイなあ、ここまでやるか。曖昧のままに流されてきた、主人公とアルミティの関係が一気に崩壊。紆余曲折ありながらも、順調に発展を続けてきたスワリスとヒキュリジの歴史にも暗い陰が落とされる。前回も書いたけど、かつて人類が陥ってきた悲劇を、
終盤に向けての細部の積み上げがいい!
そんな表の流れとは別に、地球本星側の動きもしっかりフォロー。あまりに主人公の権限が強くなり過ぎていて、ちょっとオカシイんじゃないのっていう、読者側のツッコミにもきちんと配慮している。こうした細かい配慮は、全体の整合性を向上させる意味でとても重要なのである。よく書けてて素晴らしい。
フェニキア・オーバースペースの皆さんも着々と第三勢力を育成中でラスト前の仕込みとしては万全のようだ。セントール人の作り込みはホントに面白い。次回、第四巻が最終巻である。果たして物語はどのような着地を遂げるのか。刮目して待ちたいところ。
「4出会いの銀河」あらすじ
宇宙へと進出したオセアノ文明は遂に観察官辻本司に対して叛旗を翻す。外宇宙との航法を我が物とした彼らは人類圏に進出。種としての衰退期に入っていた人類はその勢いを留めることが出来ない。しかし第三の勢力セントールの出現により事態は一変する。銀河系の勢力は三すくみ状態に陥る。事態を打開すべく司が進言した究極の選択とは
更に物語の幅が広がる!
ここに至って作品の構造に更なる底があったことに驚かされる。広げた大風呂敷は相当な大きさで、この段階で人智を越えた超知性体なんて存在を引っ張り出してきて、果たして収拾がつけられるのかどうか最初のうちは非常に不安だったのだが、この作者は見事にこの大風呂敷を畳み切ってみせている。見事な構成力と言うしかない。スゴイよ。
重いテーマに正面から向き合った良作!
美少女アシスタントを侍らせた、お気軽な惑星文明育成小説の側面を残しつつも、文明の発展と存亡、星間生命体同士の相克、種の繁栄と衰退みたいな重いテーマまでもが過不足なく丁寧に描き込まれていて正直驚嘆させられた。
数百年という長い年月を生きる観察官の視点を使うことで、種としての人類が迎えたターニングポイント、その決断の重さが読み手に生々しく伝わってくる。これってやはりエスエフならではの面白さだ。チキに始まりチキに終わる円環的な落とし方も素晴らしい。その瞬間、歴代耳折れちゃんが走馬燈のように脳裏を駆け抜けて泣きそうだったよ。見事な幕の下ろし方に感服なのであった。