神吉拓郎の短編集が復刊
作者の神吉拓郎(かんきたくろう)は1928年生まれ。NHK出身の放送作家、小説家。1983年に『私生活』で直木賞を受賞。1994年に物故されている。
本日ご紹介する『曲り角』は、もともとは1985年に文藝春秋から刊行されていた作品。
文春文庫版は1988年に登場している。
2022年に入って、小学館のP+D BOOKSレーベルから、34年振りに復刊された。わたしが今回読んだのはこちらの版。1988年の文春文庫版を底本としている。
昭和の名作をお手頃価格で提供するP+D BOOKS
P+D BOOKS(ピープラスディーブックス)レーベルは、2015年創刊。小学館が提供している、昭和の名作群の復刊レーベルだ。
「P+D」とは「ペーパーバック&デジタル」の略で、紙の書籍だけでなく、デジタルメディアでも同時展開されているのが特徴。紙の書籍はB6版のソフトカバー。表紙はなく、作りは安っぽい。その代わりに価格は低めに設定されており、ちょっと前のコンビニコミックスを思わせる体裁だ。ラインナップの豊富さと、文庫に比べても遜色のない安価な価格設定がウリ。ターゲットなるであろう昭和世代には、B6版ならではの活字の大きさも嬉しいはずだ。
おススメ度、こんな方におススメ!
おすすめ度:★★★(最大★5つ)
中高年代にさしかかり、人生いろいろな意味で「曲り角」にやってきたなと実感している方。昭和の時代の(主として)サラリーマンを主人公にした短編作品を読んでみたい方。昭和後期の風俗、価値観に触れてみたい方。手軽に読める短編集を探している方におススメ。
あらすじ
部下の見合いをおぜん立てした佐藤、お相手の女性が断られた意外な理由(小指)。体の弱った上司に旨いものを食べさせたい、しかし当の本人の気持ちは(鰻)。ボケの始まった父親、日々変わるその症状に翻弄される(裸の木)。不倫相手との関係が行き詰る、ふたりはドライブに出かけるが(海を見に)。定年後に何をしていいのかわからない。さまざまな趣味に興じる男たち(積木あそび)他、計17編を収録した短編集。
ここからネタバレ
収録作品
以下の17編が収録されている。タイトルとなっている「曲り角」という作品が収録されているわけではない。全作品を象徴するような意味合いで「曲り角」と題されているのではないかと思われる。
- 小指
- 傘
- 鰻
- 北ホテル
- 裸の木
- 遠くの雲
- 海を見に
- 夜
- 無線ばか
- 暗い水
- 一泊二食色気ぬき
- 積木あそび
- 大きな鳥の巣
- ぬけがら
- なみだ壺
- そのドアを通って
- 疵
人生の「曲り角」に直面した人々らを描く
『曲り角』では17の短編が収録されている。連作タイプの作品ではなく、どの作品も主人公は異なる。そのため、どの作品から読み始めてもオッケー。気軽に読める作品集だ。
子どもの結婚問題や、世話になった上司の病気、家業をそろそろ畳もうか、認知症の父親、家を買いたい、不倫の清算問題、定年後は何をするべきか、親の残した遺産、友人の死。本作に登場する主人公たちは、いずれも人生の「曲り角」を迎えた人々ばかりだ。中高年に入った読み手の方であれば、感情移入できる作品が必ずいくつかはあるのではないだろうか。
神吉拓郎作品の特徴として、劇的なシーンはほとんどない。感動的なシーンもほぼない。意図的に避けられてすらいる。人生の「曲り角」というものは、華々しくやってくるものではなく、気づけばそこにいた、知らずに通り過ぎていたなんてことも多いのだろう。
昭和時代を懐かしむ
本作は書かれた当時としては、ごく普通に身の回りに起きた出来事を書いているのだと思うのだが、令和のこの時代になって読むと、隔世の感を禁じえない描写も多い。
お見合いは重要な出会いの一つだし、飲食店に入ればタバコの煙で空気が白くなっているのは当たり前、会社員はみんな夜遅くまで働いてるし、会社から自宅までは電車で一時間以上、夜は同僚と連れ立って飲みに行くのが当然。男尊女卑的傾向も強い。愛人との浮気旅行がバレても、なんだかんだいって奥さんが許してくれてしまうあたり、いかにも昭和の価値観といった面持ちは否めない。
刊行年が1985年だから、そろそろバブル期が始まろうかという頃合い。揃いも揃って、登場人物たちのお金の使いっぷりが派手なのも特徴的かな。わたしらのような、昭和世代であれば、かつて通ってきた道だが、平成以降の世代が読むと未知の「歴史」を感じる作品群だと思う。