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『蕨ヶ丘(わらびがおか)物語』氷室冴子 田舎への愛に満ちたコメディ作品


『Cobalt』発表の四編を文庫化

1984年刊行作品。集英社の小説誌『Cobalt』に掲載されていた四つの短編作品をまとめたもの。あとがきを読む限り、当初から全四話での完結を企図して書かれていた作品である。

イラストは『少女小説家は死なない!』『ざ・ちぇんじ』に引き続き峯村良子が担当している。

蕨ヶ丘物語 (集英社コバルト文庫)

おススメ度、こんな方におススメ!

おすすめ度:★★★(最大★5つ)

1980年代の少女小説、特にコメディ系の作品を読んでみたい方。ド田舎の狭いムラ社会をコミカルに描いたお話を堪能したい方。「笑い」に特化した氷室冴子作品を楽しみたい方。ドタバタ系の軽いタッチの恋愛小説を探している方におススメ。

あらすじ

北海道蕨ヶ丘の厳格な名家に生まれた権藤家の四姉妹、長子、次子、待子、未子。家の跡継ぎになりたくない一心で、長女の長子が婚前妊娠を成し遂げ、見事に勘当処分を勝ち取ったことから、残された三人の間には緊張感が高まる。偽装駆け落ちを試みる次子。不純異性交遊に走ろうとする待子。そして札幌から転校してきた少女美年子は、蕨ヶ丘の旧態依然とした日常に絶望を覚えるのだが……。

氷室冴子が描くド田舎コメディ

本作の舞台は北海道空知地方の田舎の村、蕨ヶ丘である。作中から引用するとそのロケーションはこんな感じ。

札幌から鈍行列車(急行は止まらない)で一時間半の蕨町、その蕨町から、二時間に一本のバスにゆられて四十分の山奥、蕨ヶ丘。

『蕨ヶ丘物語』p57より

札幌から空知方面へ、鈍行列車で一時間半というと、だいたい滝川あたりだろうか。そこから更にバスで四十分。バスの本数は二時間に一本だから、1980年代の話だとしても、これはかなり少ない(まあ、バスが走っているだけまだマシという考えもできるが)。

そういえば『恋する女たち』に登場した多佳子の故郷も北海道の農村地帯だった。

北海道の農村部は氷室冴子的には特別な思い入れがあるのだろうか。非常に自虐的というか、なんともコミカルな形で描かれる。今回の『蕨ヶ丘物語』では、ほぼ全編を通してこのド田舎「蕨ヶ丘」を舞台として物語が展開していく。

では、以下、各編ごとに紹介していきたい。

ここからネタバレ

ラブ・コメディ編

初出は『Cobalt』1983年春号。雑誌掲載時のタイトルは「次子さんの駆け落ち物語」である。この時点では「蕨ヶ丘物語」のタイトルはついていない。

姉の長子(ながこ)が婚前妊娠により勘当。急遽跡取りの座が回ってきてしまった次女の次子(つぎこ)が、なんとかその運命から逃れようと、すすきの帝王と呼ばれるプレイボーイ原田洋之助と偽装駆け落ちを実行。果たしてその顛末は?というお話。

かつては鳥取の宮部藩で国元家老を務め、北海道進出後は地域一帯の大地主として君臨した権藤家の権勢が描かれる。

ラブ・コメディ編の面白いところは、当時の歌謡曲がBGMとして常時流れていることだろう。改めて聞いてみると、時代の空気感が甦ってくるから音楽は偉大である。あの状況で「愛の讃歌」が流れたら確かに盛り上がりそうではある。

以下、Youtubeから音源を探してみた。

山口百恵「愛に走って」

河合奈保子「喧嘩はやめて」

ダウンタウンブギウギバンド「欲望の街」

小林旭「昔の名前で出ています」

ツイスト( 世良公則 )「燃えろいい女」

越路吹雪「愛の讃歌」 

ライト・ミステリー編

初出は『Cobalt』1983年夏号。雑誌掲載時のタイトルは「蕨ヶ丘物語」。

主人公は、父の左遷に伴い都落ちしてきた中学生の岩崎美年子(いわさきみねこ)。母親は頼りない父を見捨てて他の男に走り、美年子はせっかく合格した札幌の教育大学付属中学での暮らしを捨て蕨ヶ丘へとやってくる。田舎をバカにしている美年子は、権藤家の末娘、未子(すえこ)と敵対関係に陥るが、ムラを巡る選挙違反捏造事件をきっかけに共闘し、友情関係を育んでいく。

今回収録されている作品の中で、もっとも頁数の多い作品であり、蕨ヶ丘の田舎感。独特のムラ社会が濃厚に描かれる。都会から来た少女美年子の目を通して描くことで、蕨ヶ丘の特殊な生態系が浮き彫りになる構成が上手い。

純情一途恋愛編

初出は『Cobalt』1983年秋号。ここからは、雑誌掲載時のタイトルと、文庫収録時のタイトルが一致するようになっている。

長女長子に続いて、次女次子が駆け落ちを成功させ、まさかの跡継ぎの座が転がり込んでしまった三女待子(まちこ)が主人公。かくなる上は、とにかく「ふしだら」を成立させて、自分も勘当処分を受けるしかない!と、切実に願いながらも、まだ高校生に過ぎない彼女の周りにはロクな男がおらず、まさかの年下男子に振り回されることになる。

誤解が誤解を生んで、結果オーライ的なハッピーエンドに落ち着くのは、氷室冴子の常套パターン。あれだけ警戒していたのに、待子に「既成事実」を作られてしまった末子の憤怒の表情が哀しくも笑えてしまう。

ちなみに、このエピソードに登場する、上邑三四郎(うえむらさんしろう)は、その後の氷室冴子作品『なぎさボーイ』にも登場し、世界観を同じくする物語であることが明らかとなる。

大正ロマン編

初出は『Cobalt』1984年春号。

四姉妹の話だから最後は長女長子が主人公になるのかなと思わせておいて、まさかの小梅お祖母ちゃんが主人公!氷室冴子作品中、最年長のヒロインかな?

本当はとっとと隠居したかったのに、孫娘たちが次々と不祥事を起こして跡取り候補から脱落。いつまで経っても当主の座から逃れられない小梅お祖母ちゃん。何をとち狂ったか、少女時代の初恋の男たちを訪ねて歩くことに。

作品の中でも言及されているが、若き日に縁あった男たちとの再会を描く展開は、1937年のフランス映画『舞踏会の手帖』を元ネタとする鉄板エピソードである。

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初恋の人が何人もいる時点で、どれだけ惚れっぽいんだよこの人は!と突っ込むしかないところ。この恋愛体質、絶対に権藤家の孫娘たちに受け継がれていると思う。 

あとがきによると、

小梅おばあちゃんなんて、あれは理想そのものだな。

あれはきっと、五十年後の私の姿じゃないかしらんなんて、ひとりで悦に入ってるんです。そう、思いません?

『蕨ヶ丘物語』あとがき p261より

 とあり、氷室冴子の願望が多分に反映されていたキャラクターなのであろう。ファンとしては五十年後の氷室冴子を見てみたかったところだが、それが果たせなかったのは返す返すも残念である。

蕨ヶ丘物語 (集英社コバルト文庫)

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  • 作者:氷室冴子
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