遠藤由実子の第二作が登場
2023年刊行。書下ろし作品。作者の遠藤由実子(えんどうゆみこ)は1991年生まれの小説家。巻末のプロフィールを拝見する限り、本業は学校教員をされている模様。デビュー作は2019年の『うつせみ屋奇譚』。よって四年振りの新作であり、待望の第二作の登場ということになる。表紙絵は人気イラストレータのげみによるもの。
ちなみに版元の文研出版は、教科書で有名な啓林館(正しくは新興出版社啓林館)の持っている児童書レーベル。
また、本作は全国学校図書館協議会選定図書に選ばれている。
おススメ度、こんな方におススメ!
おすすめ度:★★★★(最大★5つ)
ボーイミーツガール系の作品がお好きな方。奄美大島が好き!気になる!行ってみたい!歴史について知りたいと思っている方。民俗要素が織り込まれたジュブナイル作品に興味がある方。田中一村ファンの方におススメ!
あらすじ
東京で暮らす小学生、彼方(かなた)はサッカーチームのセレクションに落ち、夢破れ、不登校状態に陥っていた。深く傷ついた彼方は、従兄弟が暮らす奄美大島で夏休みを過ごすことになる。彼はそこで記憶を失った少女ルリに出会う。彼女は何者なのか?どうして記憶を失っているのか?次第に解き明かされていくルリの秘密。彼方にとっての忘れられない夏がはじまろうとしていた。
ここからネタバレ
ボーイミーツガールだけじゃない
現実世界で打ちのめされた都会育ちの少年が、南の島でワケアリの女の子に出会う。二人は次第にその心の距離を縮めていき、少女の存在によって少年の心は癒されていくのだが、彼女には秘められた謎があって……。といった展開。
『夜光貝のひかり』の舞台となるのは鹿児島県と、沖縄本島のちょうど中間くらいの位置に存在する奄美大島(あまみおおしま)だ。この島の豊かな自然、独特の文化、そしてたどってきた哀しい歴史を背景に彼方とルリの物語は展開されていく。単なる少年と少女のボーイミーツガールだけでは終わらず、島の歴史や民俗学的な要素、人と人との繋がり、希望を持って生きるとはどういうことなのか等、複数のテーマが織り込まれ重層的な魅力を持つ作品に仕上がっている。
南の島のやさしい世界
『夜光貝のひかり』を読んでまず驚かされるのは、奄美大島の美しい自然が情趣豊かに描かれている点だろう。降り注ぐ陽光、南の島の熱気と湿度、海の匂い、生い茂る濃密な樹木の存在感に圧倒される。従兄弟のケンゴとその妻ハルカ。そして島の人々。この島では人のこころも優しく暖かだ。傷心の彼方を温かく受け入れ、迎えてくれる、
奄美大島の名物料理が登場するのも楽しい。
鶏肉や錦糸卵、しいたけにを白飯に載せ、鶏がらスープをかけて食べる鶏飯。
そうめんを炒めて食べる油ぞうめん。美味しそう。食べたい。
こちらの地域ではよく飲まれているらしい月桃茶も、飲んでみたくなる。
また、作中でしばしば言及されるケンムンはこんな妖怪。ノリ的には沖縄のキジムナーに近い存在なのかな?ビジュアル的にはカッパに近い。遠藤作品はこういう民俗ネタをさりげなく盛り込んでくるところが好き。
南の島が併せ持つ昏さ
光が強ければそれだけ闇も深い。奄美大島が辿ってきた歴史は決して平坦なものではなかった。琉球王国の支配、そして薩摩藩による過酷な搾取の時代、第二次大戦時には空襲の被害もあり多くの島民が犠牲になっている。更に戦後はアメリカに占領され、日本に返還されたのは1953年のこと。
この物語では、奄美大島の歴史を、都会育ちの小学生である彼方の目線から追いかけていく。その過程で、ヒロインであるルリにはいかなる秘密があって、どんな人生を送り、そしていかなる形で死を迎えたのが描かれる。
ルリ(小夜子と書くべきか)のように、奄美大島から女子挺身隊として長崎に送られ、この地で原爆の被害に遭った方々は実在する。
以下、西日本新聞の記事から転載。
挺身隊は男性の徴兵に伴う労働力不足を補うため、女性を対象とした勤労動員組織。奄美では1944年ごろ、徴用命令が出た。動員されたのは、15―25歳までの未婚で婚約者のいない女性。確かな記録は残っていないが、長崎へ行ったのは約1200人とされ、このうち約200人が原爆で死亡、奄美に帰島したのは約500人といわれている。
本書の参考書籍としても挙げられているが、このあたりの事情はノンフィクション作家上坂冬子(かみさかふゆこ)の『奄美の原爆乙女』(中公文庫版では『女たちの数え歌』に改題)に詳しいようなので、機会があれば読んでみたい。
美しい島の風景。眩いばかりの陽光。しかしその陰には多くの人々の死が積み重なっている。自分のことばかりで何も見えていなかった主人公は、ルリとの交流を通して、島の歴史<土地の記憶>を知る。見えていなかったものが突然見えるようになる。物事には別の見方があることを知る。世界の解像度が次第に鮮明になっていく過程が、主人公の成長と共に、丁寧に描かれており読み手の心を動かす。
おまけ:田中一村はいいよ!
最終章で彼方が訪れた美術館は田中一村(たなかいっそん)記念美術館だろうか?
田中一村は50歳で奄美に移住した画家で、死去するまでの二十年で多くの奄美に関する絵画を残している。南の島の光と闇を描き出す、鮮明にして大胆なタッチは一度見たら忘れられないインパクトをもたらす。
こちら「不喰芋と蘇鐵(くわずいもとそてつ)」。画面中央に小さく立神(たちがみ)も描かれている。
ケンゴさんが「千葉の美術館にも行ってみるといい」と言っているのは、千葉市美術館のこと。千葉市美術館は膨大な田中一村のコレクションを収蔵している。企画展は2021年にやったばかりなので大規模なものはしばらくないかもしれないけれど、収蔵品展などで観る機会はありそうなので、気になる方は要チェックである。