恩田陸、高校三部作の完結編
2004年刊行作品。2005年の第2回本屋大賞の第1位に輝いた作品である。
恩田陸としては『六番目の小夜子』『球形の季節』に続く、高校三部作の完結編的な位置づけの作品(クリエイターズワールドの恩田陸インタビューより)とされている。
「小説新潮」2002年10月号~2004年5月号に隔月で連載されていた作品を単行本化したもの。ちなみに、作中で描かれる歩行祭は作者の母校(水戸第一高校)で実際に行われていた行事。程度の大小こそあれ、同種のイベントは全国各地で存在する模様。
新潮文庫版は2006年に刊行されている。解説は池上冬樹が担当している。
おススメ度、こんな方におススメ!
おすすめ度:★★★★★(最大★5つ)
本屋大賞の大賞受賞作を読んでみたいと思った方。秋の夜長に読むべき本を探している方。いま現在、高校生の方。高校生であった当時の自分の気持ちに少しだけ寄り添ってみたい方におススメ!
あらすじ
全行程80キロを一日かけて歩き通す年に一度の伝統行事、北校名物鍛錬歩行祭。受験を目前に控えた最後の歩行祭で甲田貴子はある賭けをしていた。クラスメイトたちとの何気ないやりとり。夜だからこそ話せる恋の話。ささやかな謎とその真実。疲労で朦朧としていく意識。高校生活最後のイベントでそれぞれの想いが織りなす心の軌跡を描く。
ココからネタバレ
距離感がある関係が好き
恩田陸には異母兄弟が登場する作品が多い。『蛇行する川のほとり』発売時に行われたエキサイトの「話題の作家インタビュー」によると、
家族というよりは、距離感がある関係が好きなんですね。友達とか、あと異母兄弟って私よく出すんですけど、ワンクッション置いている関係が好き。恋人より元恋人。家族だったら、ちょっと血縁関係が1親等とんでる人とかね。そういう距離間が好きなんですよ。
距離感があって、最初から喪失感があるってのが好きな気がします。『蛇行する川のほとり』のインタビュー(Wayback Machineのアーカイブより)
ということらしい。
互いに意識しあいながらもうち解けることの無かった貴子と融。既に病没している父を間に挟んで、隔絶したままになっていた二人の関係。設定としては確かに魅力的だ。微妙な緊張関係にある二人を軸に物語は進行していく。
80キロをただ歩くだけなのに
普通に歩いても1時間で4キロ。ということは単純計算で20時間かかるわけで。しかも最後の20キロ走ってるし!実在するのが信じられないほどハードなイベントだ。
スタート当初の躁状態。メランコリックな気分の日没前後、盛り上がる深夜の恋愛トーク、疲労のピーク時では惰性で喋ってるし、何もかもが突き抜けて真っ白になっていく早朝。時間の経過による登場人物たちの心情の変化が切なくも瑞々しく描かれていて心に染みる。
高校生活の記憶の断片に寄り添ってくれる物語
僅か1日の出来事でありながらも、この24時間の密度は途方もない程に高く、これは一つの旅であったと言っても過言は無いだろう。貴子と融を中心に様々な登場人物たちがそれぞれの想いを秘めながら共に歩む。
二人の距離は一瞬縮まるかに見えて、次の瞬間には離れてしまい読者をやきもきさせる。共に歩く仲間の一人であるかのように、いつの間にか作中に引き込まれている自分を見出し驚かされた読者も多いのではないだろうか。
同じようなイベントを経験していなくても、クラブの合宿であったり、修学旅行であったり、遠足やマラソン大会といった読者それぞれの高校生活の記憶の断片がこの作品では、随所でうまくはまるのだろう。いつになく共感度の高い作品になっている。
読み終えるのが惜しいと思える作品
終盤。少しずつ距離を詰めてきた二人が遂に和解に至るシーン。満を持して現れる内堀嬢。憤慨しながらも何も出来ない忍。憮然とする融。呆気に取られる貴子と美和子。駆け込んでくるベイベー高見(こいつ最高!)と拉致される内堀嬢。残された融が振り向くとそこには貴子が……。この流れは完璧だろうと思えるほどに美しい。上質のロードムービーのラストを見ているかのような感動的な情景だった。
ラストは少し引いた第三者の視点で静かに物語は閉じていく。順弥の目を借りながら、過ぎ去ってしまった高校時代を懐かしむ作者の想いがそこはかとなく行間に滲み出す。久々に読み終えるのが惜しいと思える作品だった。これから高校時代を迎える人にも、今まさに高校生である人にも、そしてとうに高校生でなくなった人にも是非読んで欲しい一作と言えるだろう。
映画版は豪華キャスト
映画版は2006年に公開。監督は長澤雅彦。主なキャストは以下の通り。
甲田貴子:多部未華子
西脇融:石田卓也
戸田忍:郭智博
高見光一郎:柄本佑
内堀亮子:高部あい
遊佐美和子:西原亜希
後藤梨香:貫地谷しほり
梶谷千秋:松田まどか
榊杏奈:加藤ローサ
榊順弥:池松壮亮
若き日の多部未華子を愛でる映画でもあるが、今見ても、なかなかの豪華キャストである。「ベイベー高見」は柄本佑が演ってるし。
また、映画版の前日譚として、『ピクニックの準備』が上映前にウェブで公開されていた。こちらもDVDが出ている。 10篇のオムニバス。
タイトル的が、恩田陸の第一短編集『図書室の海』収録の「ピクニックの準備」と同じだが、内容は映画版に寄せたものとなっており内容は異なる。
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