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『雪が白いとき、かつそのときに限り』陸秋槎 雪の密室、青春の蹉跌と絶望

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陸秋槎の第二作

2019年刊行作品。オリジナルの中国版は2017年刊行で原題は『当且僅当雪是白的』。

作者の陸秋槎(りくしゅうさ)は1988年生まれ。2016年の『元年春之祭』がデビュー作で(日本版は2017年刊行)、本作が第二作ということになる。

雪が白いとき、かつそのときに限り (ハヤカワ・ミステリ)

あらすじ

雪に閉ざされた密室で発見された一人の少女。五年前に起きた事件が、現在の学生たちに暗い陰を落とす。事件の背景にはいじめ問題があるのか?寮委員の顧千千から相談を受けた生徒会長の馮露葵は、図書室司書、姚漱寒の助けを得て、事件を調べ始める。そこで彼女たちは、新たな密室殺人の謎に巻き込まれることになるのだが……。

装丁が素敵!

カバーイラストは中村至宏。これ、邦訳版が出る際に書き起こしたのかと思ったら、オリジナルの中国版時代からこの絵が使われていたようだ。ちょっと意外。

www.uchiyama-shoten.co.jp

青を基調とした寒々とした教室の風景。舞い散る雪。虚空を見つめる少女。非常に印象に残るデザインで、ポケミスならではの黄色い小口がそれをより引き立てている。判型の特異さもあって、書店で目立つこと目立つこと。これは手に取りたくなる。このカバーデザインだけで、もはや勝ったようなものである。

青春の蹉跌と絶望

主人公の馮露葵(ふうろき)は高校の生徒会長。地方の学校でなんなく生徒会長程度にはなれてしまう。何でもソツなくこなす優秀さを持つものの、圧倒的と言えるほどの才能には恵まれていない。決して「一番」にはなれない。それが彼女の強いコンプレックスとなっている。

馮露葵の部屋は、埃を被った電子ピアノが一台。これもまた叶わなかった願いの残滓なのであろう。叶わぬ願いならば捨てればいいものを、なぜ残してあるのか。それが馮露葵の未練でもあり、平凡さへ埋没していくことへのせめてもの抵抗であったのかもしれない。殺風景な部屋は彼女の、茫漠とした精神世界を象徴している。

自分の才能には限界がある。その才能は他者と比べた時に、たいしたものではない、傑出したものではないと判ってしまった時、人はどう生きればいいのか。自分の最盛期はもう過ぎてしまった。その最盛期すらたいしたものではなかったとしたら……。

五年間前に起きた密室殺人事件。迷宮入りしているこの事件を解くことで、失われつつある、自身の存在意義を再び見出すことができるのではないか?失われた輝きを取り戻せるのではないか?馮露葵にとって、この事件は、そんな特別な意味合いを持つものになっていた。

人生最高の時を過ぎても

図書室で司書として働く姚漱寒(ようそうかん)は、この学園でかつて生徒会長をしていた人物である。数多くの実績を残した伝説とも言える生徒会長で「ルネサンス生徒会長」の二つ名まで持っている。

この事実は終盤まで伏せられているが、意味ありげな描写が各所で入るので、姚漱寒=ルネサンス生徒会長であることは、比較的早い段階で想像がつくのではないだろうか。

高校時代に大活躍した姚漱寒も、現在は平凡な学校司書である。大学での学業はパッとせず、かつての輝きは失せ、旺盛な行動力も陰を潜めた。卒業後は大都会上海での生活を諦め、地元での就職を選択している。

つまり、姚漱寒は、人生の全盛期を過ぎた後に、平凡さに埋没して生きることを決めた人間である。馮露葵にとって姚漱寒は、有り得べき将来のロールモデルとして配置されているのだ。この新旧生徒会長の対比が面白い。

姚漱寒×馮露葵を推したい

本作の場合馮露葵と顧千千の関係性について想いを馳せるのが正しい楽しみ方なのかもしれない。衝撃的なラストと、その後の含みを残した幕の引き方は悪くないと思う。

しかしながら、ミステリ部分にはほぼノータッチであった顧千千と比べて、馮露葵と終始行動を共にした姚漱寒の存在感は群を抜いており、わたし的には姚漱寒×馮露葵のカップリングの方を断然推したくなるのである。

若き日の自分を思わせる馮露葵を、結局、姚漱寒は救うことが出来なかった。

馮露葵と姚漱寒の運命を分けたものは何だろうか。感傷主義の殺人。悲観的な先天主義が馮露葵を迷わせた。しかし、姚漱寒は現実と折り合いをつけることを学びながらも、「凡人がしょっちょう勝利を収める世界なんだ」と、決してまだこれからの人生を諦めていないのである。この強さが馮露葵には無かった。

人生最高の時を過ぎても。それでも人生は続いていく。その先の人生を、最低にするのも最高にするのも自分自身にかかっているのである。

雪が白いとき、かつそのときに限り (ハヤカワ・ミステリ)

雪が白いとき、かつそのときに限り (ハヤカワ・ミステリ)

 

陸秋槎インタビュー記事発見!

『雪が白いとき、かつそのときに限り』に関して、作者である陸秋槎へのインタビュー記事を発見したのでご紹介。

こちらは、中国の百合ミステリ事情についてのマニアックなインタビュー記事。

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陸秋槎が解説を描いている『三体2』の感想はこちらからどうぞ