それからの上田ひろみの物語
2002年刊行作品。単行本版は理論社から登場。
続いて、中央公論新社のC★NOVELS Fantasia版が2006年に登場している。
そして中公文庫版が2011年に刊行。
そして、2016年に角川文庫版が発売された。こちらは書き下ろしの短編、あとがきを収録しているため、他の版に比べるとお得感がある。これから読むのであれば角川版を選ぶべきであろう。
特に明記はされていないが、本作は『これは王国のかぎ』の後日譚にあたる。上田ひろみは9年ぶりの再登場である(当時)。
前作は異世界巻き込まれ型ファンタジーだったけど、今回は純然たる学園小説。荻原規子(おぎわらのりこ)作品としては珍しいジャンルだよね。
話としては完全に独立した造りになっているので、こちらから先に読んでも大丈夫。但し、主人公の性格をより理解するには『これは王国のかぎ』をまず読み終えておいた方がベターである。
おススメ度、こんな方におススメ!
おすすめ度:★★★★(最大★5つ)
ちょっとほろ苦系の青春小説を読んでみたい方、『これは王国のかぎ』を読んだ方、1970年代が舞台の作品を読んでみたい方、立川高校OBOGの方におススメ!
あらすじ
都内多摩地区有数の進学校、辰川高校に進学した上田ひろみは、ふとした事件をきっかけに生徒会執行部の面々と交流を深めていくことになる。五月の合唱祭で起きた不気味な事件。パンの中にカッターの刃を入れたのは誰なのか?季節は変わり夏、そして秋へ。演劇コンクール。体育祭。辰川高校の伝統行事にさす不穏な影。果たしてその犯人とは?
ここからネタバレ
モデルは立川高校?
『樹上のゆりかご』は東京郊外の都立名門校、辰川高校を舞台とした物語である。
荻原規子が立川高校出身であることから、辰川高校のモデルはどう考えても立川高校と考えて間違いないだろう。荻原規子版『六番目の小夜子』(『夜のピクニック』でも可)ともいえる、作者自身の高校時代へのオマージュ的意味合いが非常に強い作品となっている。
1970年代の高校生が凄い
辰川高校では女子は男子の1/3しか在籍していない。異常なまでに発達した校内自治。公立校なのにOBばかりの教職員たち。生徒たちは合唱コンクール、演劇コンクール、体育祭、この三つの行事に学生生活の全てを賭けている。
ちょっと今時の学校では見ることが出来無さそうな異空間がもの哀しくも懐かしいのだ。作中に登場する学校行事の数々は実際にかつての立川高校では存在していたものらしい。荻原規子は1959年生まれなので、年代的には1970年代頃かな。それにしても昔の高校生スゲー。
群れない女、上田ひろみ
主人公の上田ひろみは、いかにも男の保護欲をかきたてるかよわそうな外見に似合わず、実は「放って置いてくれないかな」系の群れない女。どうしてそうなってしまったかは『これは王国の鍵』参照のこと。クラスメイトたちと微妙な距離を保ちながら二年生に進級した主人公が体験する奇妙な事件の数々とその顛末を本作では描いていく。
学園生活に落とされた一滴の毒
全校生徒中1/3しかいない、稀少な存在だけに過剰なまでに尊重される校内の女子。でもそれは尊重という名の性差別なのではないのか。大事なことは何もさせてもらえないもどかしさに、抗うのか流されるのか。
少し離れたところから傍観しようとした主人公と、あくまでも流れに抗ってみようとした「彼女」。その違いは何だったのか。美しい学園生活描写の中に落とされた一滴の毒。いいなあ、こういう話。学園小説としてはなかなかの佳品。荻原作品の中では地味な方なんだろうけど、これはもっと読まれていい。