歴史小説×ミステリ
2020年刊行作品。作者の田中啓文(たなかひろふみ)はエスエフから、ホラー、ミステリの世界まで幅広い守備範囲を持つ作家である。歴史小説ジャンルにもいくつもの著作があるが、今回は歴史小説×ミステリの組み合わせで勝負してきた!
本作はハヤカワ文庫のサブレーベル「ハヤカワ 時代ミステリ文庫」からの登場である。「ハヤカワ 時代ミステリ文庫」は2019(令和元)年9月10日創刊の新しいレーベルだ。
歴史小説や時代小説には、独自の約束事がある。考証のために資料集めも必要となるので手間がかかり、どうしても書き手が少なくなるジャンルである。ミステリを金看板としている早川書房が立ち上げただけに、相応の気合は入っているのではないかと思われる。今後に期待したい。
あらすじ
本能寺で織田信長は討たれ、そして謀反を起こした明智光秀は、山崎の合戦で敗れた。そんな時、羽柴秀吉、柴田勝家、徳川家康、高山右近らは、三河湾に浮かぶ絶海の孤島に招かれる。招待者の名は織田信長。よもや信長は生きているのか?疑心暗鬼に駆られた彼らは、わらべ歌の歌詞の通りに殺害されていく。果たして犯人は誰なのか?
ココからネタバレ
ツッコミどころ満載の設定が良い
『信長島の惨劇』。タイトルからして衝撃的である。あらすじを読むと更にビックリ。羽柴秀吉、柴田勝家、徳川家康、高山右近が殺されていくのだという。秀吉や家康が、本能寺の変直後に死んでしまったら歴史はどうなるのか?だいたい、これほどの豪華メンバーが、わざわざ絶海の孤島に集まるなんてことがありえるのか。
いくらなんでも無茶だろう……。ツッコミどころは満載である。しかし広げた風呂敷が大きすぎるが故に、ついつい読みたくなってしまうのも事実なのだ。無茶過ぎる設定だが、読む側に与えるインパクトはデカい。
歴史ミステリの良さと難しさ
歴史小説でミステリ作品を書くメリットとしてまず考えられるのが、キャラクターが作りやすい点ではないだろうか。尊大で傲慢な織田信長。気転が利き目立ちたがり屋の羽柴秀吉。狸おやじで陰謀家の徳川家康。本作では、一般的に流布している、戦国武将のイメージをそのまま踏襲しており、キャラクターの性格把握が容易となっている。個々のキャラクターの描写をある程度省略できるので、書く側としてはありがたいのではないだろうか。
一方で難しい点もある。歴史上の人物を通常のイメージから逸脱して書くには、それなりの理由付けが必要になってくる。またストーリー的にも、どうしても史実に左右される。織田信長は本能寺で死ななければならないし、羽柴秀吉は明智光秀に勝って天下を取るし、徳川家康は最終的な戦国の覇者になる。この歴史的事実ばかりは動かしがたい。
歴史的事実の中に巧みに虚構を盛り込んで、物語を作り上げるのが歴史小説の愉しみとも言えるが、本作はその点どうなっているだろうか。
オチは最初にわかる
作中冒頭、家康の饗応役を仕損じて信長の折檻を受ける光秀。その場を逃れようとした光秀は、追いかけて来た信長共々階段を滑り落ちてしまう。一瞬意識を失っていた二人だが、どうやらその後の様子がおかしい。
いきなり「わたしたち入れ替わってる!」イベントの発生である。
って、入れ替わり方のシチュエーション的には大林宣彦監督の『転校生』の方が近いか。二人が入れ替わった時点で、この物語の真剣度というか、振れ幅がなんとなく読者にはわかる。本作は「何でもあり」の特殊設定ミステリなのである。
信長と光秀は魂が入れ替わっている。だから光秀が、信長を討つのは当然。本能寺の変の真相について、『信長島の惨劇』では新しい解釈を示して見せたと言える(笑)。ただ、本能寺の変で光秀は信長嫡男の信忠をも討っているので、この点、もうすこし納得のいく説明が欲しかったところである。
『そして誰もいなくなった』へのオマージュ
背表紙のあらすじ部分にも書いてある通り、本作はアガサ・クリスティ『そして誰もいなくなった』へのオマージュ作品である。
わらべ歌の歌詞の通りに、登場人物たちがひとりひとり順番に死んでいく。舞台は絶海の孤島であり、部外者の犯罪であることは考えにくい。生き残った者の中には犯人が居る可能性が高く、登場人物の間には疑心暗鬼が生まれる。
『そして誰もいなくなった』のオマージュである点から、トリックはある程度想像がつく。これに、信長と光秀の入れ替わりをどう絡めてくるのか。この点が本作のキモになってくる。家康の薬の万能さには苦笑するしかないが、壮絶な力技で歴史上の辻褄をとりあえずあわせて見せたのは、なかなか良かったのではないかと思われる。光秀=天海説にも繋がってくるしね。しかし、柴田勝家は死に損だなあ……。