※2022/10/1追記 本日から『後宮の烏』アニメ版放映開始!アニメ版の感想も追記していきます。
後宮にあって伽をしない「烏妃」の物語
2018年集英社オレンジ文庫より刊行。作者の白川紺子(こうこ)は2013年にコバルト文庫から刊行された『嘘つきなレディ』がデビュー作。コバルト文庫から作品を出しつつも、2015年の『下鴨アンティークシリーズ』からはオレンジ文庫にも進出。五年余りのキャリアで20作以上もの作品を世に送り出している人気作家だ。
あらすじ
霄の国の後宮には不思議な妃がいた。「烏妃」は伽をしない。常に黒衣を纏い、隠れ潜むように暮らす。不思議な術を使い、災いを招くと噂される。不老不死であるとも、老婆であるとも、はたまたうら若き少女であったとも伝えられ、その本当の姿を知る者は少ない。そんな「烏妃」の暮らす夜明宮に、ある晩ひと組みの主従が訪れる。
ここからネタバレ
香魚子の表紙イラストが素晴らしい
集英社オレンジ文庫から刊行されているため、本書はいわゆるライト文芸のジャンルに入る。それだけ表紙イラストのクオリティは重要なのである。この点で香魚子(あゆこ)による表紙イラストは素晴らしい仕事をしている。黒衣にひときわ印象的な真っ赤な牡丹の花。そして哀切を帯びた烏妃の表情が、本作の悲劇的な世界観を醸し出しているのだ。これは思わず手に取ってしまいたくなる素晴らしいデザインだ。
烏妃と帝、孤独に生きてきた二人の物語
烏(からす)に妃と書いて烏妃(うひ)と読む。主人公の柳寿雪(りゅうじゅせつ)は天涯孤独。数奇な運命を経て、若くして烏妃となる。後宮にあって、呪術や祈祷、失せもの探しなどの巫覡の術を生業とし、畏敬を集める反面、敬して遠ざけられる存在である。孤独の中に生きてきた彼女の下に、皇帝夏高峻(かこうしゅん)が訪れるところから物語は始まる。
『後宮の烏』は、皇帝である高峻の依頼を受け、寿雪がさまざまな怪異に出会いながら、報われない想いを、非業の死を遂げた者たちの魂を、彼岸に還していく物語である。謎めいた存在である烏妃。後宮の内部にどうしてこのような存在が生まれたのか。寿雪の出生そのものにも秘密が隠されており、これに孤高の権力者、高峻の生い立ちが絡みストーリーが進行していく。
本作では四編の物語が収録されているが、過去に起こった事件の謎を解いていく連作短編形式となっている。いずれも既に悲劇は起きてしまった後であり、その哀しみそのものを消すことは出来ない。残されたものたちの悲痛な想いに、寿雪がいかに寄り添っていくかが見どころ、、かな。
以下、各編ごとに簡単にコメント
翡翠の耳飾り(ひすいのみみかざり)
翡翠の耳飾りの持ち主を探して欲しい。烏妃のもとを訪れた、皇帝夏高峻の依頼は意外なものだった。当の持ち主は既に凄惨な死を遂げている。幽鬼となり果てたその存在を救ってはもらえないか?前皇帝の妃、鵲妃暗殺の罪を着せられて死ぬことになった女、班鶯女(はんおうじょ)。その死に秘められた真実とは……。
烏妃こと柳寿雪と、霄(しょう)の帝、夏高峻の最初の出会いを描いたお話。孤独の中で生きてきた寿雪と高峻が会い見えることで、いかに変わっていくかを本作では描いていく。衛青(えいせい)、九九(ジウジウ)、温螢(おんけい)、蘇紅翹(そこうぎょう)はこのエピソードから登場。
皇帝となったものの、彼が即位するまでには多くの血が流れている。皇后(現皇太后)派によって、生母を殺され、友を殺され、一度は廃太子にまで追い込まれた高峻の復讐譚。静かな怒りと哀しみが全編を貫く一品。
花笛(はなふえ)
二の妃、鴛鴦宮(えんおうきゅう)の主、鴦妃(おうひ)雲花娘の依頼は、三年前に他界した恋人、欧玄有(おうげんゆう)の魂の行方を探ることだった。しかし、寿雪の召喚にもかかわらず、玄有の魂は反応を示さない。月真教(げっしんきょう)に関わる騒動に巻き込まれ、死に至った欧玄有。果たしてその死の秘密は……。
高峻の姉的な存在である、雲花娘(うんかじょう)が登場。本作で最も抒情的な一編。
花笛とは死者を弔うための玉の笛。悼む相手が還って来たときにだけ鳴る笛である。一つ前の「翡翠の耳飾り」や、この後に登場する「玻璃の櫛」でもそうだが、故人の思い出を偲ぶアイテムの使い方がこの作者は抜群に上手い。
寿雪が仕える謎めいた神、烏漣娘娘(うれんにゃんにゃん)の存在が示される。冬官(とうかん)を統べる老人薛魚泳(せつぎょえい)は重要な事実を知っていそう。また、この国が霄になる前、欒王朝の王族、欒冰月(らんひょうげつ)が登場。今後重要となる、月真教が出てくるのはこのお話から。
雲雀公主(ひばりひめ)
楽土へ渡りそびれた雲雀の幽鬼。それは非業の死を遂げた、先帝の娘、雲雀公主(ひばりひめ)にゆかりの雲雀だった。母親の身分が低かったがゆえに宮中では冷遇され、食べるものに事欠いていていた雲雀公主。彼女はどうして死んだのか。事件を調べ始めた寿雪は、やがて悲しい真相を知ることになる。
公主とは中国では皇帝の娘のことを指す。日本風に言えば内親王といったところか。不遇のうちに亡くなった若き公主の思い出を綴る一編。人と接することに慣れていない寿雪は、はじめての侍女である九九とどう向き合っていいかわからない。雲雀公主と羊十娘(ようじゅうじょう)の関係が、寿雪と九九の関係に重ねられている。
次第に寿雪のまわりに登場人物が増え、見捨てられぬものが増えていく。本当は自分は寂しかったのだと寿雪は気付いていくのである。
玻璃に祈る(はりにいのる)
鴛鴦宮(えんおうきゅう)で柳の花の頃に現れる銀髪の幽鬼。銀髪は前王朝の皇族、欒家のしるし。彼女はどうして楽土に渡ることが出来ないのか。一方、薛魚泳から、烏妃にまつわる秘められた歴史を仄めかされた高峻は、真実を確かめるべく寿雪に問う。「烏妃とは何ものなのか」。王と烏妃、その隠された関係とは……。
「花笛」で登場していた欒冰月の狙いが、明珠(めいじゅ)公主にあったことが判明する。明珠公主は欒王朝、最後の帝の第二公主。欒冰月は同帝の孫にあたり、ふたりは叔母と甥の関係にあたるのだが、歳は近く、二人はいずれ結婚することが決まっていた。しかし、欒王朝滅亡の際に、欒冰月は処刑。明珠公主は処刑される前に自ら命を絶っている。
霄の国は夏高峻の祖父炎帝が、前王朝から禅譲を受け成立している。禅譲とは名ばかりで、高峻の祖父は権力を確立すると、先帝の王族たちである欒家の血縁者を皆殺しにしている。寿雪は欒家の最後の生き残りだが、目の前で殺されようとしている母親を前に、何もできなかった自身に深い罪悪感を覚えている。
再三、夜明宮を訪れる高峻に対して、寿雪は頑なに心を閉ざしてきた。それは自分には生きている価値はないのではないかと信じるが故であった。
最終エピソードの「玻璃に祈る」では、欒家の死者たちの想いが綴られ、彼らに関わっていくことで、鬱積していた寿雪の心情が初めて吐露される。
救い続けたことで、最後に自身も救われる
四つのエピソードを通じて、寿雪は無念の死を遂げた人々の死に向き合い、結ばれなかった想いを繋いでゆく。死者たちの想いに触れてきたことで、どこへも行けない。なにも望めないと思い込んできた寿雪の心にも変化が訪れてくる。
人々の想いを救い続けてきたことが、結局は自分自身の心を救うことになる。この作品構成が素晴らしい。かつて寿雪の周りには誰もいなかったが、今では九九や紅翹、温螢が居て、花娘が通い、高峻が足しげく訪れる。同じ苦悩を抱えて生きてきた高峻から差し出された手を寿雪は握り返した。
かつて手放してしまった手を今度こそ手放すまいとして、この二人は生きていくのである。
登場人物をまとめてみた
- 柳寿雪(りゅうじゅせつ):当代の烏妃(うひ)
- 夏高峻(かこうしゅん):霄の帝。
- 衛青(えいせい):高峻に使える宦官
- 九九(ジウジウ):寿雪に使える侍女
- 温螢(おんけい):寿雪の護衛を務める宦官
- 班鶯女(はんおうじょ):非業の死を遂げた妃
- 郭皓(かくこう):班鶯女の許嫁
- 蘇紅翹(そこうぎょう):班鶯女の侍女。後に烏妃に仕えることに
- 星星(シンシン):金の鶏。化鳥。烏妃を選ぶ
- 雲花娘(うんかじょう):高峻の幼馴染。宰相の孫。二の妃。鴦妃(おうひ)
- 欧玄有(おうげんゆう):花娘の元恋人。三年前に死去
- 欒冰月(らんひょうげつ):前王朝の、欒氏の一族
- 丁藍(ていらん):高峻に仕えていた宦官。皇太后一派により殺害
- 雲雀公主(ひばりひめ):先帝の公主。故人
- 羊十娘(ようじゅうじょう):雲雀公主の侍女
- 麗娘(れいじょう):先代の烏妃
- 薛魚泳(せつぎょえい):冬官を務める老人
わりと、綺麗にオチがついているので、本作だけでも十分完結している内容なのだが(おそらく当初は続巻の予定はなかったのかも)、人気が出たせいか、『後宮の烏2』『後宮の烏3』『後宮の烏4』『後宮の烏5』『後宮の烏6』『後宮の烏7』が続けて刊行されている。全七巻で完結している。
『後宮の烏2』の感想はこちらからどうぞ。
『後宮の烏3』の感想はこちらからどうぞ。
『後宮の烏4』の感想はこちらからどうぞ。
『後宮の烏5』の感想はこちら からどうぞ。
『後宮の烏6』の感想はこちらからどうぞ。
最終巻『後宮の烏7』の感想はこちらからどうぞ。