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『嫉妬と階級の『源氏物語』』大塚ひかり

『魔性の子』小野不由美 「十二国記」エピソードゼロ作品

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『魔性の子』三つのバージョン

1991年に、今は亡き、新潮文庫のファンタジーノベル・シリーズから刊行された作品である。ファンタジーノベル版時代の表紙はこちら。表紙上部に「ファンタジーノベル・シリーズ」と入っている。この時点で、既に菊地秀行の解説は収録されている。

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そのため背表紙も現在のものとは異なるデザインとなっていた。

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ファンタジーノベル・シリーズは本作の他にも、恩田陸のデビュー作『六番目の小夜子』や菅浩江の『メルサスの少年』、岩本隆雄の『星虫』など、優れた作品を世に出したが、残念ながらレーベルとしての寿命は短く、僅か三年でなくなってしまう。

『魔性の子』は、「十二国記」シリーズの外伝的なエピソードであり、既に小野不由美が作家として十分な実績をあげていたこともあってか、ファンタジーノベル・シリーズ終了後は、新潮文庫へと編入された。

 

新潮文庫版に編入された際の表紙がこちら。基本デザインは変わらないが、表紙上部の「ファンタジーノベル・シリーズ」の記載が無くなっている。背表紙もこの際に、本来の新潮文庫のデザインに変更された。

魔性の子 (新潮文庫)

その後、2012年に「十二国記」シリーズの刊行が講談社から新潮社に移行した。これにより、カバーデザインが一新されている。シリーズ全体が「十二国記」専用の統一されたデザインで再刊行されたのである。

『魔性の子』の表紙イラストも、この際に新規書き下ろしとなった。

魔性の子 十二国記 0 (新潮文庫)

刊行当時の帯に「Episode0」とあり、「十二国記」プロローグ的な作品として、本作は再定義されることになった。

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ということで、本シリーズには三つの表紙デザインが存在する。旧版と新版を読み比べてみると、細かな表現の違いが相当数発見できるのだが、内容的には大きな変更はない。

「十二国記」シリーズ最初の物語

以上の経緯からわかるように、今でこそ『魔性の子』は「十二国記」シリーズの中に組み込まれているが、かつては別の版元から刊行されていた作品であった。

しかも、『魔性の子』の刊行は1991年。「十二国記」シリーズの本来の第一作、講談社X文庫ホワイトハート版『月の影 影の海』の刊行は1992年であった。つまり、本作はシリーズ本編に、先行して登場した外伝的な作品なのである。

このあたりの経緯をもっと詳しく知りたい方はWikipedia先生をご参照のほど。

ja.wikipedia.org

あらすじ

教育実習生として久しぶりに母校を訪れた広瀬はそこで高里という奇妙な生徒に出会う。「祟る」と畏れられ周囲から孤立している高里だったが、広瀬は高校時代の自分と同じものを見いだし関心を持つようになる。怪現象の原因は高里の幼少時の神隠しにあるようなのだが、次第にエスカレートする「祟り」はやがて彼らを追いつめていく。

「十二国記」新刊前、恒例の再読

 滅多に出ない「十二国記」シリーズの新刊だが、刊行間隔が長いために、以前の話を忘れてしまい、その都度再読を強いられている読者は多いのではないだろうか。わたしもご多分に漏れず、2019年10月の最新刊の登場に備え、シリーズ全作の再読を開始した。まずはエピソードゼロの『魔性の子』からである。

今にして思えば、本作は罪作りな作品であった。「十二国記」本編が登場する前だというのに、「タイキ」「エンオウ」「レンリン」「白汕子」「傲濫」と謎の固有名詞のオンパレードである。しかも、これらの言葉については、何の説明もなく話が終わってしまうのだ。

しかも、本作と直接的に話が連続する『風の海 迷宮の岸』までは、更に二年を待たなければならなかった。「タイキ」のその後(というかその前だが)はどうなるのかと、刊行当時は気になって仕方がなかった記憶がある。

エスカレートしていく怪異の恐怖

本作は現代の日本を舞台とした、「十二国記」シリーズの中でも異色の作品である。独立した作品として書かれた経緯もあり、本作はとりわけ学園ホラー、パニック小説としての側面が強い。

「祟る」とされる謎の高校生高里要(たかさとかなめ)。彼に害をなすものは、高里当人の意思や感情に関わらず、絶大な報復措置を受ける。ここでやるせないのは、加害者本人が高里のためにと計らった行為すらも、報復の対象になることである。

次第にエスカレートしていく報復と、それに怯え過激化していく周囲の反応。このあたりの展開は、ホラー系のパニック小説として実に秀逸である。後の代表作『屍鬼』に通じるものがある。

後藤先生が良い人過ぎる

『魔性の子』は五回目くらいの再読になるが、今回は特に後藤先生の信条や行動について注意しながら読んでみた。年齢も近くなってきたしね。

初読時は気付けなかったのだが、高里と広瀬の関係は、そのまま広瀬と後藤の関係に置き換えることが出来る。

後藤は変わり者の教師である。職員室には常駐せず、準備室に籠り絵を描いている。ぎりぎりで世間と折り合っているが、本質的にはアウトサイダーであり、孤独な人間として生きてきたのであろう。

それ故に、周囲に馴染めず孤立してきた広瀬は、かつての自分のように思えたはずである。後藤はおそらく、広瀬が高里を気遣う気持ちを誰よりも理解していたのではないだろうか。

人は汚い卑しい生き物

ここではないどこかに、本当の自分を受け入れてくれる世界がある。現実界に絶望する人間にとって、それは切なる願いである。しかし、多くの人間にとって「帰る世界」は存在しない。この地上で、泥にまみれて生きていくしかないのである。

高里への依存、自己投影を深めていく広瀬に対して、警告として後藤が告げる言葉は辛辣でありながらも、哀切感に満ちている。

人は汚い卑しい生き物だよ。それは俺たちヒトが背負った宿命で、人に生まれた限りそこからは逃げられやしない。エゴのない人間はいねえ。我欲の無い人間は人間じゃないんだ。

『魔性の子』p362より

最終盤、高里と自分は違うのだと思い知らされた広瀬は、自らの人としのエゴの汚なさに気づき絶望に至る。あまりに救いのない、残酷な結末だが、人は人として生きていくしかない。それがこの作品の伝えたいメッセージなのであろう。

広瀬のその後が気になる

表紙絵の広瀬(特に新装版)が、わりとオッサン風の老け顔に書かれているので誤解してしまいがちだが、彼は教育実習生なので22歳前後。「……おれを置いていくのか」という彼の絶叫はエゴと呼ぶにはあまりに悲痛な魂の叫びである。極限の絶望に追い込まれた広瀬のその後が激しく気になったのはわたしだけではないだろう。二十代の頃に読んだときは、猛烈に感情移入してしまい、自分まで落ち込んでしまったほどである。

生き延びた広瀬がその後どう生きたのか。再生に期待したいところだが、このまま進むと健全な人生は送れないような気がする。可愛さ余って憎さ百倍。復讐に燃えて十二国世界に海客として流れ着いたりするのではと、かねがね思っているのだけど、さすがにそんな展開はもうないかな?

魔性の子 十二国記 0 (新潮文庫)

魔性の子 十二国記 0 (新潮文庫)

 

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〇十二国記シリーズ

『魔性の子』 / 『月の影 影の海』 / 『風の海 迷宮の岸』 / 『東の海神 西の滄海』 / 『風の万里 黎明の空』 / 『図南の翼』 / 『黄昏の岸 暁の天』 / 『華胥の幽夢』 / 『丕緒の鳥』  / 『白銀の墟 玄の月』

「十二国記」最新刊『白銀の墟 玄の月』を報道はどう伝えたか  / 『「十二国記」30周年記念ガイドブック』

〇ゴーストハント(悪霊)シリーズ

『ゴーストハント1 旧校舎怪談(悪霊がいっぱい!?)』 / 『ゴーストハント2 人形の檻(悪霊がホントにいっぱい!)』 / 『ゴーストハント3 乙女ノ祈リ(悪霊がいっぱいで眠れない)』 / 『ゴーストハント4 死霊遊戯(悪霊はひとりぼっち)』 / 『ゴーストハント5 鮮血の迷宮(悪霊になりたくない!)』『ゴーストハント6 海からくるもの(悪霊と呼ばないで)』 / 『ゴーストハント7 扉を開けて(悪霊だってヘイキ!)』 / 『ゴーストハント読本』

〇その他

『悪霊なんかこわくない』 / 『くらのかみ』 / 『黒祠の島』 / 『残穢』