方向模索中の本読みBlog

書評Blogの予定だけど、現在方向性模索中。基本ネタバレありなので注意してね。

有川浩のデビュー作「塩の街」と終末モノのお作法

有川浩のデビュー作は 電撃ゲーム小説大賞受賞作品

2004年刊行。第10回電撃ゲーム小説大賞の大賞受賞作品。今をときめく有川浩(ありかわひろ)のデビュー作だ。刊行当時、イラストが微妙に好みに合わず、評判の良さは聞きながらも手を出すのを躊躇っていた作品。しかしながら第二作である『空の中』の世間的評価は、更に高かったので、とうとう二冊まとめて購入してしまった次第。

塩の街―wish on my precious (電撃文庫)

塩の街―wish on my precious (電撃文庫)

 

あらすじ

突如人類を襲った大災厄。人体を蝕み、その組成を塩に変えてしまう謎の現象「塩害」。瞬時に数百万人が塩の柱と化し、社会基盤は崩壊。辛うじて生き延びた人々も、いつ訪れるとも知れない「塩害」感染への恐怖に怯える毎日を送っていた。両親を失った少女真奈と、成り行きから彼女を拾った秋庭。終末へと加速する時の中で、彼らが見ることになる様々な人間模様とは?

終末モノだけど……

この話、前半と後半でガラリと雰囲気が変わる。前半は滅びの日を迎えつつある世界の中で、主人公たちの前を通り過ぎていく人々の最期の時間を描いた連作短編。オールドなエスエフファンとしては新井素子の『ひとめあなたに… (創元SF文庫)』 や神林長平の短編「抱いて熱く」(『小指の先の天使 (ハヤカワ文庫JA)』 収録)を足して二で割ったような印象を受けた。終末小説大好きさんな自分としてはここまでは大満足。

これでどう落とし前を漬けるのか、後半への期待は高まるところなのだが、なんとこの二人、世界を救うために自らの命を賭して運命に立ち向かってしまう。あまりに健全過ぎる展開に激しく脱力した。えー、なんなんすかそれ!しかも作戦に成功して完膚無きまでに美しいハッピーエンドまで勝ち取ってしまう。完璧すぎるよ。

それでも最後に秋庭が死んでしまうとか、真奈の掌が塩化!みたいな救われない展開があれば納得も行くのだけれども、物語はあくまでも清く正しく美しく前向きに完結。大部分の読み手に取ってはこれで正解なのだろうが、ひねくれ者としてはこの展開は受け入れがたい。前半の重苦しい閉塞感がたまらなく魅力的であっただけに物足りなさが強く残る。まあ、趣味が悪いと言ってしまえばそれまでなのだけど。終末小説のお作法としてはどうなのよと思ってしまうのであった。

新井素子「ネリマ大好き」は練馬生まれ、練馬育ち、練馬在住民による練馬大好きエッセイ

濃厚な練馬愛に包まれる至福?の一冊

ネリマ大好き

ネリマ大好き

 

作者の新井素子は練馬生まれの練馬育ち。高校は練馬区上石神井にある井草高校で、大学は立教。西武池袋線文化圏にどっぷり浸かって生きてきたような人間で、とにかく地元大好き。濃厚なネリマ愛が全編に漂うエッセイ集ですな。作者は1960年生まれだったはずなので、32歳くらいの時の作品かな。

作品プロフィール

1992年刊行。出たばかりの頃に読んでそれっきりだったのを、四半世紀ぶりに再読してみた。徳間書店の今は亡き「SFアドベンチャー」に連載されていた作品群をまとめて書籍化している。内容が尖りすぎてるのと、時事ネタも、多いので流石に文庫化はされなかった模様。

平成初期の練馬の情景を今にとどめる作品に(笑)

1992年の作品なので、言及される練馬の風景は平成初期のもの。カバー折り返しに、孤島に見立てた当時の練馬の地図が載っているのだけれども、練馬桜台駅がまだ存在していないし、環八はルートが違うし、大江戸線は光が丘から練馬までだったりと、随分現在とは違います。
当時の練馬では、谷原のガスタンク以上のランドマークは存在しなかったみたいだけど、今では練馬にも石神井にもタワマンがボコボコ建っているわけで、隔世の感を覚えずにはいられないですね。

この作品が出た当時は、新井素子の特異なキャラクターを愛でるエッセイ集だったのではないかと思うのだけど、いまとなっては昭和後期から、平成初期までの練馬の情景を垣間見ることの出来る貴重な文献にクラスチェンジしています(笑)。

キャラクターネーミングが西武池袋線由来だった

新井作品ファン的に最も衝撃的だったのは「扉を開けて」や「あたしの中の」「いつか猫になる日まで」のキャラクターネーミングが西武池袋線由来だった事でしょうか。

以下、衝撃の真相。

「扉を開けて」
・富士見台 ディミタ 
・中村橋 カムラ 
・練馬 ネリューラ 
・桜台 ラディン 

「あたしの中の」
・江古田 エクーディ

「星へ行く船」
・東長崎 ガシハ 
・椎名町 シイナ 
・池袋 ケヴィ 

ネリューラさまの元ネタが練馬駅だったなんて……。

なお、西武線ではないけれど、山手線からの転用もあるみたい。

「いつか猫になる日まで」
・代々木 ヨキ 
・原宿 ラジュー 
・渋谷 シュヴィア 
・恵比寿 ヴィス 
・目黒 メクロ 

もともとのこのBlogの趣旨は、読んだ本に出てくる地名をマップ化することだったのです(実はそうなの)、よって新井素子作品のキャラクター名元ネタ地図もGoogleMap化してみたよ。だから何なのってところだけど、多少なりとも新井素子のネリマ愛が視覚化しやすくなるのではないかしらん。

そして最大の驚きは

本書が刊行されてから四半世紀、さまざまなものが変わっていったのだけれども、もっとも驚くべきことは、いま現在わたし自身が結婚を契機にネリマの住民になっていることですね!

おかげで高校生時代あこがれの地であった石神井公園にも行くことが出来た。作品中で言及されている春日町のネリマ大根碑も、新座市内の西大泉の飛び地も健在。板橋区からの独立運動のハナシも出ていたけれど、昨年、なんと板橋区からの独立70周年を練馬区は区をあげて祝ったばかりで、わたしはその祝典イベントにも参加してしまった。もうすっかり練馬のヒトって感じです。縁とは数奇なもので、ツマに感謝しなくてはなりません。久しぶりに「いつか猫になる日まで」あたりを再読してみようかな。

 

普通の人間がまっとうに生きていくことで生まれる感動、宮部みゆき「蒲生邸事件」

SFにしてミステリ、宮部みゆきの20年過ぎても色褪せない名作

蒲生邸事件 上 (文春文庫)

蒲生邸事件 上 (文春文庫)

 
蒲生邸事件 下 (文春文庫)

蒲生邸事件 下 (文春文庫)

 

1996年作品。「サンデー毎日」に連載されていたもの。第18回(1997年)日本SF大賞作品。単行本版は毎日新聞社から。続いて1999年に光文社ノベルズ版、2000年に文春文庫版が出ている。その後2013年には青い鳥文庫が登場、2017年には新装文春文庫版が発売された(出ている書影はこれ)。さすがは宮部みゆき、息の長い作品ですね。

あらすじ

平凡な受験生尾崎孝史は予備校受験のために宿泊したホテルで火災に巻き込まれた。絶体絶命の孝史を救ったのは平田と名乗る時間旅行者だった。時は昭和十一年二月。二・二六事件のただなかに連れ去られた孝史はかつての陸軍大将蒲生憲之の屋敷を訪れることになるのだが……

宮部みゆきの描く二二六事件

宮部作品で超能力者が登場するのはいまさら珍しいことではない、未来予知、過去視、精神感応、念力放火能力等々さまざまな超能力を描いてきたこの作家が本作で取り上げたのは時間旅行能力である。ついに来るべきものが来た(笑)。期待はいやがうえにも高まるのである。

タイムトラベルの概念をどう料理するか

タイムトラベルモノで問題になるのがタイムパラドックスをどう処理するのかなのだが、瑣末な部分は修正出来ても歴史の本流は変えられない、というのが本作のスタンス。時間旅行者が身を賭して時を越え、歴史を変えようと望んでも大きな流れは絶対に変えることが出来ないのだ。

まっとうに生きていくことの大切さ

とりわけ登場人物たちがが英雄的な活躍をするわけではない、二・二六事件という歴史の大きなうねりの中で、人間はあまりに無力である。しかし、歴史を変えることは出来ないとはいえ、やがて来る暗い時代を知りながら、あえて「抜け駆け」をしない登場人物たちの生き様の高潔さが心を打つのだ。普通の人間がしごくまっとうに生きていくことがこれだけ感動を呼ぶ物語もなかなかないだろう。

しかしいつものことながら気になるのが、悪しきものに対しての異常なまでの冷酷さである。『クロスファイア』の時にも思ったのだがまさに容赦無し。勧善懲悪ここに極まれリなのだ。この点、実は宮部作品を愛しきれないポイントになっているのだけれども。

大澤武男「ユダヤ人とローマ帝国」歴史の因果の深さを知る

 

2001年刊行。筆者の大澤武男は1942年生まれの歴史家。

ユダヤ人とローマ帝国 (講談社現代新書)

ユダヤ人とローマ帝国 (講談社現代新書)

 

内容はこんな感じ

第二次大戦中、ナチス・ドイツの大弾圧により悲劇的な運命をたどったユダヤ民族。この大虐殺の淵源は遙か紀元前に遡ることが出来た。ユダヤ民族のなりたちから独立国家の建国、そしてその崩壊、更にローマ帝国による被支配の歴史を通観。帝国内でのキリスト教の台頭により、次第に追いつめられていくユダヤ人の姿を描く。

キリスト教会がユダヤ民族に対しておこなったこと

ユダヤ民族への弾圧は今世紀に入ってからのことではなく、中世から近代に至るまで延々と続いてきたことは史実として知ってはいた。しかしキリスト教がユダヤ教を母胎として発生した宗教でありながら、どうしてこれほどまでに両者が対立するようになったのかは、今ひとつピンときていなかった。それだけに本書の存在は有り難かった。初期キリスト教会がユダヤ民族に対して行った、「生かさず」されど「殺さず」の施策の数々は非常に衝撃的。

こじれるのも仕方ない

ユダヤ民族がその王国を滅ぼされたのはなんと紀元前の話だ。国を失い、奴隷にされ各地に逃散しながらも民族的な同一性を保ちつつ、二千年以上も後に遂に自らの王国を取り戻しイスラエルを建国する。こんな数奇な歴史を持つ民族は史上他には存在しないだろう。現代でのイスラエルの存在は紛争の火種として、世界を焦臭くさせているのだが、この民族の歴史を考えると問題の解決はどう考えても容易ではないだろう。本書を読んで痛切にそれを感じた。

今は亡き白泉社My文庫から如月香「エンジェル&クラウン」

短命レーベル白泉社My文庫の一作

白泉社が2001年に創刊した白泉社My文庫の第二期シリーズの中の一冊。折り込みのチラシによると、このMy文庫は「愛と牙のあるミステリー」をキャッチコピーに、キャラ萌え読者からマニアまで、割と納得できるラインナップになっているとのこと。既に突っ込みどころ満載だが「割と」って何だよ「割と」って。ちょっと適当過ぎないか。

この時期、ライトノベルのミステリ叢書って近頃創刊が続いていた。角川や富士見のはどっちかというと男子向きなんだろうけど、こちらはイラストのノリから見ても女の子向けのレーベルっぽい。後発ってこともあるが作家の供給が続くかどうか、怪しいなと思っていたら次の第三期であっさり終了した模様。やはり厳しかったか。

エンジェル&クラウン (白泉社My文庫)

エンジェル&クラウン (白泉社My文庫)

 

あらすじ

19世紀末のイギリス。ロンドン。新聞記者のコプランドは凄惨な殺人事件の現場に出くわしてしまう。そこでコプランドは犯人と思しき謎の男に出会う。しかし印象的なペールエールの瞳を持つその男は姿を現さないまま姿を消してしまう。その後名門エフィンガム家のスキャンダルに巻き込まれていくコプランドだったが、またしてもペールエールの瞳の男に出会ってしまう。

ロンドンへの愛に満ちた作品

如月香のデビュー作。イギリス、とりわけロンドンを愛好するこの方ならではのロンドン愛に満ちあふれた作品。空気の匂いやら光線のゆらぎ具合まで、こだわりをもって描いているのがよくわかる。レーベルから見て、普通にソフトやおい路線なのかと思っていたのだが(失礼過ぎ)、ちゃんとヒロインがヒロインとして機能していて、いい意味で裏切られた。

不幸な生い立ちから心を閉ざして生きてきた少女が、事件をきっかけに人間として成長し、新たに人生を自分の手で切り開いていく……。というような筋書きがストーリーの骨子なのだと思うのだが、それにしては雑駁とした要素が多すぎる。混乱するだけで、コプランドの視点そのものがいらないように思えるし、ましてや後半で出て来る変態医師は、口絵にまでなっているくらいだからおそらくお気に入りキャラなのだと思うがかなり余計。雰囲気はいい感じだったので、今後に期待!と思っていたのだけれども、その後は続巻が出なかったようでなんとも残念。

 

ベルンハルト・シュリンク「朗読者」誇り高きひとりの女の物語

映画「愛を読むひと」の原作小説、出来れば事前情報なしで読みたい

朗読者 (新潮文庫)

朗読者 (新潮文庫)

 

1995年刊行。ドイツ人作家ベルンハルト・シュリンクによる小説作品。日本版は2000年刊行で、新潮文庫版が2003年に出ている。

その後、映画化され、邦題「愛を読むひと」として日本でも上映されている。小説自体も当時かなり話題になったし、映画にもなっているので比較的、ストーリー的にもよく知られている作品なのではないかしらん。

愛を読むひと(字幕版)

愛を読むひと(字幕版)

 

読む前の予備知識は「泣ける恋愛小説」。その程度の前情報だけでこの本を読めて本当に良かったと思う。評論という名のネタバレ情報が新聞や雑誌にあふれている。この本読みたいヒトは絶対その手の書評は読まないように。絶対後悔する。

あらすじ

15歳の少年ミヒャエルは親子程年の離れた女性ハンナに恋をした。日ごと彼女の部屋を訪れるミヒャエルだったが、何故かそのたびに彼女は本を朗読して聞かせることを要求するのだった。しかしいつまでも続くかに見えたふたりの時間は唐突に終りを迎える。何の前触れもなく彼女は失踪してしまったのだ。そして数年後。大学生となったミヒャエルは思い掛けない場所でハンナに再会することになる。

罪と罰の物語

フツウの泣ける系恋愛小説だと思って読みはじめた。そういう話嫌いじゃないし。年上の女性に対する憧憬。夢のような愛欲の日々とか。少年時代の輝かしくも哀しい恋の顛末を甘酸っぱく描いた秀作、、、なのかなと。

でも全然違った。反省してます。なるほどねえそう来るんだ。誇り高きひとりの女の贖罪の物語だった。ハンナが背負ってきたある過去とある秘密。「あなたならどうしますか」というあまりに重い問いには誰もが絶句するしかないだろう。

付き合っていた女の子の事を何年か経って思い出してみると、何故か妙な場面ばかり覚えている主人公。「ああ、あるある」そういうのあるよね。もちろん恋愛小説としても秀逸です。

努めて感情を抑えた筆致で綴られていく彼女の過去と秘密。書斎に立ち尽くすハンナの姿。ハンナの手紙。すべての朗読者たち。読後何年経っても、なお余韻を引っ張る作品というのもなかなかない。もう一度読もうかな。

ベストSF1999の国内部門第1位作品、藤崎慎吾「クリスタルサイレンス」

藤崎慎吾のデビュー作品

クリスタルサイレンス

クリスタルサイレンス

 

1999年作品。早川書房のベストSF1999(「SFが読みたい2000」)では『グッドラック 戦闘妖精・雪風』を抑えて国内部門第1位に輝いている。作者は1962年生まれ。1995年に同人誌『宇宙塵』に発表した中編「レフト・アローン」が翌年の日本SFファンジン大賞を受賞。本作はこの「レフト・アローン」の世界観を受け継いでいるらしい。 

あらすじ

2071年。火星にまで進出した人類はその極冠部に謎の生命体の死骸を大量に発見する。それは高度な知性を持つ異星人の存在を示唆するものだった。縄文時代を専門とする生命考古学者のサヤは、その能力を高く評価され火星へと赴く。しかしそこは列強各国と世界的巨大企業の思惑が渦巻く紛争の地だった。

魅力的な謎とその解決

火星で謎の生命体の死骸が大量発掘される。それは高度な知性を持つ異星人がなんらかの目的のために使役していた生物らしい。果たしてのその目的は。異星人はどこに行ったのか。冒頭に魅力的な謎が提示され主人公がそれに挑むというスタイルは、ホーガンの『星を継ぐもの』を彷彿とさせる部分があり非常にワクワクさせられる。

だが本作では火星文明の謎解きよりも、真の主人公であるネットワーク生命体「KT」を創出することの方に重きを置いているようで、ミステリ部分の充実を期待していると肩すかしを食わされる。発表当時の1999年に読んでいればまた違った印象を持つとは思うのだが、今となっては本作のネットワーク世界の描写にも古さを感じてしまうのがこのジャンルの怖ろしいところだろうかね。

その後2003年にソノラマ文庫版、2005年にハヤカワ文庫版が刊行されている。現在読みやすいのはハヤカワ版かな。