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『あなたの人生の物語』テッド・チャン 「地獄とは神の不在なり」も収録されてます!


テッド・チャンの最初の著作

2003年刊行作品。オリジナルの米国版は1998年刊行で原題は『Story of Your Life』。

あなたの人生の物語 (ハヤカワ文庫SF)

作者のテッド・チャン(Ted Chiang/姜峯楠)は中国系のアメリカ人作家で1967年生まれ。極端な寡作で知られる作家で、つい最近までは本作しか著作が存在しなかったが、2019年にようやく第二作品集の『息吹』が刊行されている。

息吹

息吹

 

おススメ度、こんな方におススメ!

おすすめ度:★★★★(最大★5つ)

エスエフマインドに溢れた海外作品を読んでみたい方、エイリアンから、古代文明、歴史改変まで、幅広いジャンルのエスエフ短編を読みたい方、斜線堂有紀の『楽園とは探偵の不在なり』を読んだ方(これから読む方)におススメ!

あらすじ

巨大な塔を"掘りながら"天に向かって上り詰めていく男たち(バビロンの塔)。植物人間状態から、ホルモン療法で天才的な知力を獲得した男の顛末(理解)。決して交わることのない男と女のすれ違いを描く(ゼロで割る)。エイリアンとのファーストコンタクトを経て、新たな知見を得る言語学者(あなたの人生の物語)。"名辞"がモノを動かす世界。未来を垣間見てしまった男の運命は(七十二文字)。人類を超えた"超人類"の登場、それがもたらす影響は?(人類科学の進化)。天使が顕現し福音と災厄を同時にもたらす世界の物語(地獄とは神の不在なり)。”美醜失認処置”が実現した未来。果たしてそれを人類は受け入れられるのか(顔の美醜)。八編の中短編を収録した珠玉の作品集。

以下、各編ごとにカンタンにコメント。

ココからネタバレ

バビロンの塔

原題は『Tower of Babylon』。1990年作品。ネビュラ賞中長編小説部門を受賞している。テッド・チャンの作家デビュー作である。

バビロンは古代メソポタミア地方に君臨した一大都市である。個人的に世界史上、最も好きな街ベスト3に入るほどバビロンが大好きなわたしとしては、このタイトルだけで、ワクワクしてしまう(ちなみにあと二つはコンスタンティノープルと江戸である)。

バビロンの塔は既に天に達しており、それより先に進むには鉱夫を集めて天を穿つしかない。あまりに長期に渡る塔建築のために、塔を中心とした独自の生活圏が構築されており、生涯にわたって塔から出ない人間もいる。天を突き抜けたその先には何があるのか。円筒形の循環世界が魅惑的な一作。

理解

原題は「Understand」。1991年作品。

事故で植物人間状態に陥った男が、とあるホルモンを投与したところ奇跡的な回復を果たしたばかりか、天才的な知性を獲得してしまう。あらすじだけ見るとダニエル・キイスの『アルジャーノンに花束』みたいな作品かと思わされるが、その後の展開はまるで違う。超知能を獲得した男はもう一人存在した。対決する二人の男の行く末は?

人智を超えた超常的な思考能力、認識力とはいかなるものなのか。そしてそれは人間に何をもたらすのか。テッド・チャンの人間に対する「理解」について知ることが出来る作品と言えるかな。

ゼロで割る

原題は「Division by Zero」。1998作品で、ネビュラ賞の中長編小説部門を受賞している。

天才的な数学者である妻レネー。彼女は自らの手で、自らが信じる数学世界の根幹を揺るがす大発見を成し遂げる。しかしそれは彼女の自我を崩壊に追い込む。妻の変化を理解できない夫カール。高次元の思想にまで達することのできた人間と、そうではない人間の超えられない壁を描く。

突き詰めると男女間の超えられない溝のようなものを、ものすごく高度なメタファーで表現してみました的なお話(ゴメン、文系脳の理解はこの程度である)。

あなたの人生の物語

原題は「Story of Your Life」。1998年作品。ネビュラ賞の中長編小説部門受賞作。

言語学者のルイーズ・バンクスは、突如地球に出現した異星人との会話を託される。ヘプタポッドと呼ばれる異星人とのファーストコンタクトを通して、ルイーズは、彼らの発話言語(ヘプタポッドA)と、書法体系(ヘプタポッドB)が全く異なる構造となっていることを知る。ヘプタポッドBへの知見を深めていく中で、彼女は未来を垣間見ることになる。

ヘプタポッドとの交流の合間に挿入されるのは、ルイーズが語る彼女の娘の人生である。ヘプタポッドBを識ることで、ルイーズは時間の制約を超えて事象を認識することが出来るようになる。しかし、それは彼女の娘が若くして無惨な死を遂げることを知ってしまうことでもあった。

「あなたの人生の物語」を知っていてなお、娘を産み育てる決意をしたルイーズ。それは彼女としては正しくて、それでも意義のあることであったのだろう。ヘプタポッドBのような、認知を得てしまうと、それはそれで一つの達観の領域にまで達してしまうものなのかもしれない。

なお、本作は2016年に『Arrival(邦題:メッセージ)』のタイトルで映画化されている。監督はドゥニ・ヴィルヌーヴ。ルイーズ役はエイミー・アダムスが務めている。

メッセージ (字幕版)

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  • 発売日: 2017/07/21
  • メディア: Prime Video
 

なおGAINAXの『トップをねらえ2!』の最終話タイトルは「あなたの人生の物語」である。GAINAX(あとトリガー)系作品の最終話には、有名エスエフ作品のタイトルが冠されることが多い。

トップをねらえ2! (6) [DVD]

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  • 発売日: 2006/08/25
  • メディア: DVD
 

七十二文字

原題は「Seventy-Two Letters」。2000年作品。

72文字のヘブル文字によって描き込まれた"名辞"が世界を動かす。"名辞"を操る命名師のロバート・ストラットンは、ふとしたことから、人類の種の存続に関わる事態に巻き込まれる。

ホムンクルスにオートマトン。錬金術師めいた命名師の存在。現代とはことなる法則の科学が支配する19世紀のイギリスを舞台とした物語。有機体を"名辞"で動かそうとする禁忌とされた行為。なんだか『鋼の錬金術師』っぽくて、エスエフ慣れしていない人間でも、この話は取っつきやすそう。

ものすごく作りこまれた世界観なのに、これだけで終わってしまうのはちょっともったいない感じもする(テッド・チャン作品はそういうの多いけど)。

人類科学の進化

原題は「The Evolution of Human Science」。2000年発表作品。僅か5ページのショートショート作品。イギリスの科学雑誌「ネイチャー」掲載。

人類の上位互換種とも言える、超人類が出現した未来。彼らはDNT(デジタル・ニューラル・トランスファー)機能で学術上の成果を発表し、学術論文はその劣化した翻訳版に過ぎなくなる。通常の人類には彼らが提示する超人類科学は魔法のようであり、全く理解することが出来ない。

この未来世界に限った話でなく、知性の格差による人類間の断絶は、いつの時代にも起きていることだ。作者は巻末の「作品覚え書き」で、ウィリアム・ギブスンのこんな言葉を引用している。

「未来はすでにここにある。たんに均等に配分されていないだけだ」

『あなたの人生の物語』p507「作品覚え書き」より

この状況は将来にわたっても改善されることはないだろうし、その格差はより広がっていく一方のように思える。

地獄とは神の不在なり

原題は「Hell Is the Absence of God」。2001年作品。ネビュラ賞の中編小説部門を受賞、更にヒューゴー賞の中編小説部門まで受賞している作品。タイトル格好いい!

主人公ニール・フィスクの妻は、天使ナタニエルの顕現に巻き込まれ死亡する。天使と呼ばれる存在が日常的に出現する世界。天使は難病患者に奇跡的な回復をもたらすと同時に、容赦なく人々の命を奪う。無慈悲な天使と、それを遣わした神。ナタナエル、バルディエル、ラジエル、マカティエル、幾体も登場する天使たちのイメージが鮮烈な印象をもたらしてくれる一作。

これまで信仰にこだわりを持っていなかったニールだが、愛する妻が天国へ召されたことで、彼女のために自分も天国へ行きたいと望むようになる。天国と地獄。神とは、そして真実の信仰とは何なのか。

キリスト教文化圏の人間だと、すっきり胸に落ちるのかもしれないけど、そもそも無宗教の人間としては正直ピンと来ない(←読解力不足)。

ちなみに、斜線堂有紀の『楽園とは探偵の不在なり』は天使が登場する、ちょっと変わった本格ミステリ。タイトルからしてテッド・チャンオマージュっぽいので、続けて読んでみるつもり。

楽園とは探偵の不在なり

楽園とは探偵の不在なり

 

顔の美醜について : ドキュメンタリー 

原題は「Liking What You See: A Documentary"」2002年作品。複数の人間の証言が交互に綴られていくドキュメンタリー形式の作品。

美醜失認処置(カリー)の登場により、人間は顔の美醜に囚われず生きていくが出来る。カリーによる処置を認めるべきか、拒否すべきか。容貌に恵まれない人間にとってそれは、本当に救いの神となるのか。生まれながらに与えられた形質を拒絶してまで、人間は平等であるべきなのか。

人間、大切なのは見た目じゃなくて、心だよとはよく言われた話。でも、見た目の良い人間は、ポジティブなフィードバックを受けて育つから、内面も善い人に育ちがち。そして、その逆もまた然り。美醜による人生の格差は間違いなく存在している。

であるなら、最初から美醜の観念なんて無くしてしまえばいい。極端な平等主義が行きついた最果てのような思想に思える。

文系人間でも楽しめる!

以上、『あなたの人生の物語』に収録されている八編について簡単に感想を書いてみた。理数系的な用語や概念、要素が比較的多く登場するので、こちらのジャンルに疎い人間にとっては少々ハードルが高い作品かもしれない。

わたしは、大学受験時に理数系を諦めた根っからの私立文系人間だが、それでも十分に楽しく読むことが出来た。多少(というかかなり)意味不明でも、テッド・チャンは十分面白い。枝葉を削ぎ落した、物語のエッセンス部分を感じ取るだけでも、相当にお腹いっぱいになれるはずである。

最後にこちらは現在の文庫版の書影。映画版『メッセージ』準拠のカバーになっている。個人的には、このページの冒頭に紹介した、岩合重力+WONDER WORKS。版の方が好みかな。

あなたの人生の物語

あなたの人生の物語