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『イニシエーション・ラブ』乾くるみ 原作、映画版、オーディブル版のネタバレ感想

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乾くるみの『イニシエーション・ラブ』を初めて読んだのは2005年頃。刊行から一年過ぎて評判になってからだからわりとミステリファンとしては食いつきは遅め。改めて調べてみたらこの作品130万部も売れてるんだねビックリ!

今回、映画版とオーディブル版(音声版)に触れることが出来たので、併せて再読してみた。小説、映画、オーディブル、3つのメディアで発表されている本作の魅力について、ご紹介していきたい。

130万部も売れた大ベストセラー小説『イニシエーション・ラブ』

小説『イニシエーション・ラブ』は2004年刊行作品。乾くるみとしては6作目になる。作者の乾くるみは1963年生まれ。第4回メフィスト賞受賞作品『Jの神話』 で1998年にデビューしている。

本作は、原書房のミステリレーベル、「ミステリー・リーグ」第二期作品中の一作としての登場だった。

ミステリチャンネルの「闘うベストテン2004」で1位。原書房の「本格ミステリ・ベスト10」で6位。宝島社の「このミステリがすごい!2005年版」で12位と、各方面で高い評価は得たものの、一般層にブレイクするのはもう少し先の話になる。

文春文庫版は2007年に登場。一番読まれているのはこの版だろう。

イニシエーション・ラブ (文春文庫)

ブレイクのきっかけはくりぃむしちゅうの有田徹平

wikipediaの当該項目を読むと、くりぃむしちゅうの有田徹平に2014年にTV番組内で言及されたのが再ブレイクのきっかけとされている。

2014年3月3日に放送された日本テレビ系バラエティー『しゃべくり007』ではくりぃむしちゅーの有田哲平が「最高傑作のミステリー」とコメントし、放送後の1か月で21万部を増刷。2015年1月現在、売上は130万部を超えるミリオンセラーとなっている。

イニシエーション・ラブ - Wikipedia より

このおかげかどうかはわからないけど、2015年に堤幸彦の監督、主演松田翔太&前田敦子のコンビで映画化もされている。ずいぶん、息の長い作品になった。

映画化を記念して、単行本版の『イニシエーション・ラブ』は特別限定版が発売されている。こちらはおまけとして「11年目のあとがき」なるものが付いてくるらしい。気になる方はチェックしてみてね。

おススメ度、こんな方におススメ!

おすすめ度:★★★★★(最大★5つ)

1980年代に青春時代を過ごした方、静岡(特に静岡市周辺)で学生時代を過ごした方、スマホもLINEもなかった時代の恋愛模様を見てみたい方、とにかく最後にビックリするミステリを読んでみたい方、映画版を見て原作も読んでみたいなと思った方におススメ!

あらすじ

人数合わせで急遽呼ばれた合コンの席で、僕はマユに出会った。意気投合した二人は、いつしか交際を始め、夏の浜辺、テニス、クリスマスと次第にその関係は深まっていく。そしてマユのために地元企業での就職を選んだ僕は、職場での新たな出会いに魅せられ、いつの間にかマユのことを疎ましく思うようになる。すれ違い始めた二人はそして……。

ここからネタバレ。

まずは書籍版の感想から

当Blog、基本ネタバレありで書いているけど、それでも本作についてはあえてもう一回アラートを出しておこう。

ネタバレしてるから気を付けてね!

最後から二行目のインパクトの切れ味が秀逸すぎるだけに、事前情報は知らずに、初めての方には読んでいただきたいところ。

乾くるみはデビュー作の『Jの神話』があまりにアレでナニな作品だっただけに、思いっきりイロモノ作家という第一印象が強かった。しかしながら本作では、ネタ系の要素は使わずに、ごくふつうの素材だけを使ってトリックの切れ味一発で唸らせる作品に仕上げてきている。結果、これが大成功だったよね。

静岡出身者感涙のご当地小説

本作の主人公となる「たっくん」は静岡大学の出身者だ。ヒロインの「まゆ」も静岡市で働いているため、自然とお話の中心は静岡市内が舞台になる。静波海岸、丸子、戸田書店、一番町、住吉町、センター、青葉公園と地元地名や固有名詞が頻出し、このあたり静岡関係者に堪えられない作品となっている模様。友人の静岡大OBはこの一点だけで、本作を絶賛していた(笑)。

地域を限定して、固有名詞を頻出させることは、時として「それ以外」の人間には馴染みが薄くなり、感情移入の度合いを妨げてしまう可能性もあるのだけれど、本作に関しては、併せて演出されている「80年代感(後述)」もあってか、その点は気にならずというか、むしろ逆に効果的に見せることが出来ているのだと思う。

バブル世代歓喜の80年代恋愛小説

「イニシエーション」とは「通過儀礼」のこと。それが「イニシエーション・ラブ」なのだから、その意味は「通過儀礼の恋」ということになる。

本作は80年代後半を舞台とした、恋愛に不器用な青年と、地味な女の子の微笑ましくて、ちょっぴりほろ苦い青春恋愛小説だ。物語は2パートに別れていて、学生の僕とマユの物語がSIDE:A。社会人になった僕とマユの物語がSIDE:Bとなっている。

単行本版ではレコードが、文庫版ではカセットテープをモチーフとしたデザインが見返しの部分に入っており、「SIDE:A」「SIDE:B」の違いを暗に仄めかしているようで、単なる懐かしさの喚起だけじゃないんだよねと、最後まで読んだ読者はニヤニヤ出来る仕掛けかもしれない(レコードやカセットテープを使ったことがある世代に限られるけど)。

80年代ならでは、携帯もLINEも無い時代の恋愛シーンがなんとも微笑ましい。あのころは実家住いの女の子に電話かけるのって、メッチャ勇気が必要だったよね。小道具的に『男女七人夏物語』やBOOWYが効果的に使われていて懐かし度アップ。各章のサブタイトルも80年代のヒット曲の名前が使われていて、リアルタイム世代にとっては懐かしく感じるだろう。ああ、こういう事ってあるよね、うんうん。と、頷いて静かにページを閉じて読了。

どこにでもよくありそうだけど、それだけに誰にでも身に覚えがありそうな、普遍的な恋愛小説に仕上がっていてまあ、それなりに満足。

ラスト二行目の抜群の切れ味

って、本気でそう思って読了してしまった人間が、下手すると半分くらいいるのかもしれない。最後の二行目を読んで、釈然としない微妙な違和感を覚えつつ、ページを戻っていくつかのシーンをチェック。SIDE:AとSIDE:Bの意味にようやく気付いて大ショック。改めて読み返し得てみると、不自然過ぎるくらいのヒントが随所で大盤振る舞いされていることが判る。

ミステリのレーベルで出ているのだから、恋愛小説のままで終わる訳はない筈で、警戒しながら読んでいたのに綺麗に騙されてしまった。考えてみるとタイトルからして意味深長。これはお見事。SIDE:Bに入って、読み進めるほどに増えていく違和感の正体を、そのままにしていてはダメだったわけだ。読み手の勝手な勘違いさえも計算に入れて書いているのだろうけど、作者的にはしてやったりだよね。

イニシエーション・ラブ (文春文庫)

イニシエーション・ラブ (文春文庫)

 

映画版はラストが違う!

イニシエーション・ラブ

イニシエーション・ラブ

 

さて映画版、意外に映画化されたのは最近で2015年なんだね。監督は堤幸彦。キャストには賛否両論あるみたいだけど、個人的には違和感なかった。映像化のいいところは、やはり当時の音楽がガンガン流れるところ。リアルタイム世代的にはこれでけっこう持っていかれる感じ。当時のテレビ映像なんかも随所に挿入されて、ノスタル波動出まくりでこの点も良いかと思う。

映像化困難の壁を軽やかに超える

映像化不可能と思われた例のトリックを「SIDE:Aのたっくんをデブ化させる」ことで軽やかに回避するという離れ業にまず爆笑ですよ。

SIDE:Bが始まって、誰もが心中で突っ込んだであろう「ないわー」を逆手に取る映像媒体ならではのトリックですな。SIDE:Aたっくんに、さすがにあのビジュアルで女の子が声かけてくるかは、正直どうなの?ってところだけど、映像化を成立させるための1アイデアとしては、まあ仕方ないかなという印象。

映画版の結末はちょっと

いろいろ端折っていて、駆け足に過ぎるところは映像化の宿命として致し方ないところとして、問題はラストの改変だよね。新旧たっくんとまゆが鉢合わせするという、映画オリジナルのオチは、二股のツケをまゆにも支払ってもらおうという趣向なのだろうけど、SIDE:Bたっくんがイブの日に戻ってくるのが強引すぎて、この結末、不自然な感じは否めなかった。

イニシエーション・ラブの名のもとに、利己的な恋愛行動を正当化してきた人たちなのだから、イニシエーションする側の強者は、される側の弱者を踏みにじっていいってことなんでしょうに、その構図にアンチテーゼを示したかったってことなのかな。物語の軸がブレてしまったように思えて、個人的にはいまいちな幕引きだった。

オーディブル版って?

イニシエーション・ラブ

イニシエーション・ラブ

 

オーディブル(Audible)はAmazon傘下のオーディオブック専門サービス。オーディオブックでは、書籍が音声形式で提供されている。つまり文字媒体はまったく提供されない。再生端末は、スマホやPCだけでなく、Amazonのアレクサでも再生できるし、再生位置も端末間で共有されているので、この点は便利かな。

Amazonのアカウントで利用できるけど、URLも異なるし、Amazonとイコールではないみたい。以前は定額聞き放題のシステムを取っていたようなのだが、2018年8月からコイン制に変更されている。聞き放題では採算取れなかったのかな。コイン制では、毎月1コインが支給されて、一冊は必ず利用できるという仕組み。コインを消費してダウンロードしたタイトルは、「購入」扱いとなるので、仮にオーディブルを退会しても聞き続けることが可能だ。

再生時の画面はこんな感じ。バックグラウンド再生はもちろんオッケー。30秒戻し、30秒先送りが可能。再生速度は0.5倍~3.5倍まで段階的に変更が出来る。ブックマークはどの時点でも可能だ。

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オーディブル版「イニシエーション・ラブ」

オーディブルの一か月お試し無料サービスをやっていたので、加入して「イニシエーション・ラブ」を聴いてみたよ。音声形式で書籍が提供されるといっても、機械音声が自動で読み上げるわけではなくて、作品ごとに個別に録音されたデータが用意されている。故に、それぞれ独自のキャストを選んで、演出も入って録音が行われていると想定され、かなり個々に手間はかかっていそう。

そのため、実売価格を見るとどの書籍も結構高い。書籍版の倍以上の値付けがなされており、この辺、普及の足かせになっている気がする。音声版を作るのには相応のコストがかかるので、オーディブル対応している書籍は書籍版である程度の実績を残している、売れた本、人気の本が多数を占めている。そのため、書籍そのものの質はある程度確保されているものと判断して良いかと思われる。

「イニシエーション・ラブ」については、100万部を越えるベストセラータイトルであり、映画化もされた人気作であること、そしてトリック的に音声映えしやすい作品ということが、オーディブル化された理由なのかな。

オーディブル版を聴いてみて

さて、本題。オーディブル版の「イニシエーション・ラブ」(3,500円もする!)に関しては、本編同様に主人公(たっくん)の一人語りなのだけれども、キャラクターごとにキャストが当てられており、主人公以外のセリフになると別の声優が喋ってくれる。さすがベストセラータイトル。気合いの入った対応である。ただ、音楽、効果音などは入っておらず、ラジオドラマと、単純朗読の中間的な位置づけだろうか。

オリジナルの書籍版を忠実に朗読していくので、改変や省略などはなく、当然結末の改変もない。ベッドシーンもある恋愛小説なので、音声で聞くと映像よりもむしろ生々しく聞こえるかもしれない。個人の痛い記憶の片すみをチクチク刺してくる感があって、時として居たたまれなくなるのだけれど、この煩悶する感じはオーディブル版ならではかもしれない。

なお、地味な違いとして、書籍版ではSIDE:A6章、SIDE:Bが6章の全12章構成だったのが、オーディブル版では全13章となっているが、これは、最後に登場人物の配役を紹介しているためである。

各キャラごとに声を変えた弊害が……

最大の問題はキャスティングというか、SIDE:AとSIDE:Bのたっくんの演者が異なっていること(当たり前だけど)。この部分、各キャラクターごとに演者を揃えた弊害で、単なる朗読形式にしていればずっと同じ演者が最後まで読んで違和感なかっただろうと思うだけに評価が難しいところ。

SIDE:AとSIDE:B、二人のたっくんは比較的声質が似ている演者ではあるのだけれど、これで気づいてしまう読者が居そう。ヒロインまゆの声は「甘えっこ感」が出ていて、好みが分かれるところかもしれないけど、自分的にはオッケーかな。魔性の女感が出ていてよろしいかと。

オーディブル版で再読すると答え合わせが楽しい

ちなみに、収録時間はなんと8時間半!毎日1時間聞いても一週間では聞き終えられない分量で、これは確かにこれくらいの価格になっちゃうかもね。

とはいえ各キャラごとに声がついており、単なる機械音声の味気ない再生ではないので、聴きごたえは十分。感情移入度も高まるので、とりわけこの作品に思い入れのある方には向いている。オーディブル版で答え合わせしながら再読するのは、なかなかに楽しい体験だった。

無料期間中ならいつでも退会可能なので、気になる方は試してみて頂きたい。

あ、最後に細かいツッコミ。オーディブル版だと丸子を「まるこ」と読んでるけど、これ「まりこ」だよね? 丸子って他にもあるのかな?