珠玉の25編をセレクトした幻想短編集
2021年刊行作品。作者の須永朝彦(すながあさひこ)は1946年生まれの歌人、作家、評論家。2021年の5月に逝去されている。
本作『須永朝彦小説選』は、同氏の逝去を悼み、作家の山尾悠子が25の短編をセレクトし文庫化したもの。ちなみにカバー絵はカラヴァッジョの「ナルキッソス」。
須永朝彦は寡作で知られた人物で、これまでに刊行されている小説著作は以下の七作(本作含む)。
- 『就眠儀式』(1974年)
- 『天使』(1975年)
- 『滅紫篇』(1976年)
- 『悪霊の館』(1980年)
- 『須永朝彦小説全集』(1997年)
- 『天使』(2010年)※短編集
- 『須永朝彦小説選』(2021年)※短編集
基本的な著作は1980年の『悪霊の館』までだから四冊しか作品を書いていない。
以降は、既存作品を中心とした再収録本となっている。しかしながら、僅か四作の作品しか書いていないにもかかわらず、定期的に再刊のムーブメントがおよそ10年の周期で発生している。出版界には根強い須永朝彦ファンが存在するのかもしれない。
おススメ度、こんな方におススメ!
おすすめ度:★★★★(最大★5つ)
幻想的で耽美な雰囲気の作品が好きな方。吸血鬼、天使といった存在に興味を持っている方。山尾悠子作品のファンの方。夜の世界、闇の世界、人間心理のダークな側面に強い興味を持っている方におススメ!
あらすじ
悠久の時を生きる不死の血脈とそれに惹かれる若者たち(樅の木の下で)。突如現れた有翼の異形の存在に運命を狂わされていく人々(天使)。美貌の庭師に翻弄される姉弟(木犀館殺人事件)。妖しげな旅の商人に幻惑される王家の人々(月光浴)。奇妙な縁で結ばれた「家族」の姿(聖家族)他、単行本未収録作を含む、二十五編を収録した幻想的な短編集。
山尾悠子セレクトの二十五編
『須永朝彦小説選』の編者は作家の山尾悠子(やまおゆうこ)。山尾悠子自身も幻想的な作風で知られる小説家なので、須永朝彦作品との相性は抜群といった印象。本作では、須永朝彦の小説作品を既刊だけでなく、単行本未収録作品からもピックアップされているのは嬉しい。幻の作家とも言える須永朝彦の全貌を知るには格好の一冊と言えるだろう。
以下、本作の概要をザックリとご紹介していきたい。
ここからネタバレ
『就眠儀式』収録の吸血鬼小説
まずは、1974年刊行の『就眠儀式』に収録されていた七編から。
- 楔
- ぬばたまの
- 樅の木の下で
- R公の綴織画
- 就眠儀式
- 神聖羅馬帝国
- 森の彼方の地
以下のAmazonのリンクは1992年の新装版の方ね(すごい値段がついている)。さすがに1974年版はAmazonでも見つからなかった。
不死の一族=吸血鬼に魂を奪われ、滅びの運命へと導かれていく若者たちを描く作品群。退廃的で耽美な雰囲気が全編を覆う。須永朝彦の吸血鬼への傾倒。美少年、美青年趣味が伺える。個人的には、旅の男と情を交わし、精を奪うことで悠久の生を得てきた女が、たまたまやってきた青年二人がゲイカップルだったばっかりに、相手にしてもらえず死んでしまう「ぬばたまの」が好み。
『天使』収録、至高の存在に惹かれるものたち
続いては1975年刊行の『天使』に収録されていた七編。
- 天使I
- 天使II
- 天使III
- 木犀館殺人事件
- 光と影
- エル・レリカリオ
- LES LILAS
表題作の「天使」は、突如として現れた、爵(ジャック)と呼ばれる天使に身も心も蹂躙される人間たちの姿を描く。「木犀館殺人事件」「光と影」「エル・レリカリオ」も魅力的な存在に心を奪われた人々の物語である点で共通している。
『悪霊の館』収録の暗黒童話
こちらは1980年刊行の『悪霊の館』に収録されていた三編。こちらはAmazonでもリンクを探せなかった。相当な入手困難本かと思われる。
- 月光浴
- 銀毛狼皮
- 悪霊の館
「月光浴」「銀毛狼皮」は全六編からなる「ババリア童話集」に含まれる作品。「悪霊の館」は「いすぱにあ・ぽるつがる綺譚」の中の一編。いずれも西洋のおとぎ話風、シニカルでダークな暗黒童話的な物語だ。
単行本未収録作品
最後の作品群は、単行本未収録のお話。「掌編 滅紫篇」は後に書かれる「滅紫篇」の先駆とも言えるお話。「聖家族」は実在しない想像上の父親への思慕、実体を持たない少年、女系家族の中で虐げられる男、シャム双生児と生まれた兄弟の人生など、尋常ならざる家族のつながりを描いた作品群で、未完となってしまったことが惜しまれる作品。掲載誌が「季刊俳句」だったこともあり、作中にふんだんに俳句が登場するのも良い。
- 掌編 滅紫篇
- 聖家族I
- 聖家族II
- 聖家族III
- 聖家族IV
- 蘭の祝福 世紀末少年誌
- 術競べ 「胡蝶丸変化」
- 青い箱と銀色のお化け
「聖家族」に限らず、須永朝彦は歌人でもあったためか、作中には頻繁に短歌や俳句が引用されて、独特の雰囲気を醸し出している。特に葛原妙子(くずはらたえこ)の作品がなんとも魅力的で引きつけられた。今度探して読んでみようかな。
いと高きものに惹かれる人の心
本作に収録されているのは、昏い夜の世界に住まう眷属を慕うものたちの物語だ。須永朝彦作品では、吸血鬼や天使など、常人にはない力を持つ至高の存在が数多く登場する。各編の主人公たちは、特異な存在に魅了され、時に弄ばれ、破滅の運命を予見しながらも離れることが出来ない。人の心の昏い側面を刺激してやまない作品ばかりなのだ。
人間心理の負の側面を持つ闇の世界の住人たち。出来ることなら出会いたくはない。関わりたくはない。でもどうしようもなく惹かれてしまうものがある。そして、出会ってしまったらもう逃れられない。そんな憧憬が綴られているのが須永朝彦作品の魅力と言える。再三、復刊の試みがなされているのもわかる気がした。
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