追悼 浦賀和宏
ミステリ愛好家の方であれば既にご存じかと思うが、浦賀和宏(うらがかずひろ)の死去が報じられた。死因は脳出血。デビューから20年以上経つので、けっこうな年齢なのかと思っていたら、なんと1978年生まれ。まだ41歳の若さである。いくらなんでも早すぎる。
本名:八木剛にも驚かされた。これは、松浦純菜・八木剛士シリーズの八木剛士とほぼ同じである。もともと浦賀和宏の諸作品は、作家の姿が色濃く投影されているものが多かった。特にこのシリーズはその傾向が強いのかもしれない。
1998年のデビューから20年が経過。数多のメフィスト賞作家が筆を折っていく中、未だに作品を世に出し続けていただけに本当に残念でならない。
とはいえ、わたし自身、ここ十年ほどは浦賀作品からは離れていた。贖罪というわけでもないのだが、浦賀作品について、まずは安藤直樹シリーズの感想を当ブログではお届けしていければと考えている。
- 追悼 浦賀和宏
- 浦賀和宏のデビュー作
- おススメ度、こんな方におススメ!
- あらすじ
- 「安藤直樹シリーズ」は読む順番に注意
- 「安藤直樹シリーズ」の一冊目
- アンチミステリ的な?
- 記憶の果てはどこにある?
- 浅倉さんの「物語」は『時の鳥籠』で
- おまけ:作中で言及された楽曲
- その他の浦賀和宏作品の感想はこちらから
浦賀和宏のデビュー作
『記憶の果て』は1998年刊行作品。浦賀和宏の第一作にして、第5回メフィスト賞の受賞作品である。
講談社文庫版は2001年に登場。この際にかなり改稿が入ったみたい。
その後、2014年に上下巻に分冊された新装文庫版が刊行されている。現在手に入りやすいのはこちらかな。
おススメ度、こんな方におススメ!
おすすめ度:★★★☆(最大★5つ)
ちょっと尖った青春小説を読んでみたい方。アンチミステリ的な雰囲気を楽しみたい方。風変わりなミステリを味わってみたい方。YMOやアディエマスの音楽が好きな方におススメ!
あらすじ
父が死んだ。自殺だった。大学進学を間近に控えた安藤直樹の身辺は俄に慌ただしくなっていく。父の書斎で発見されたパソコンには「安藤裕子」という名前の人工知能が宿っていた。機械と言ってしまうにはあまりに人間的な「裕子」。彼女は本当に機械なのか。直樹は次第に「裕子」に魅せられていくのだが……。
「安藤直樹シリーズ」は読む順番に注意
『記憶の果て』は「安藤直樹」シリーズの一作目である。ネタバレになるので言わないけど。個人的にこのシリーズを「安藤直樹」シリーズと呼ぶのは抵抗がある。わたしとしては「安藤」シリーズと呼びたいところ。
ラインナップは以下の七作。それぞれの作品は独立した内容にはなっているものの、読む順番としては刊行順を強くお勧めする。特に『時の鳥籠』は『記憶の果て』を補完する内容になっているため、こちらを先に読むのはお勧めしない。
- 『記憶の果て』 THE END OF MEMORY(1998年)
- 『時の鳥籠』 THE ENDLESS RETURNING(1998年)
- 『頭蓋骨の中の楽園』 LOCKED PARADISE(1999年)
- 『とらわれびと』 ASYLUM(1999年)
- 『記号を喰う魔女 』FOOD CHAIN(2000年)
- 『学園祭の悪魔』 ALL IS FULL OF MURDER(2002年)
- 『透明人間』 UBIQUITY(2003年)
さらに、このシリーズはシーズン2として「萩原重化学工業シリーズ」が存在しているが、わたしは現時点では未読。いちおうタイトル名はご紹介しておこう。こちらもいずれ読むつもり。
- 『萩原重化学工業連続殺人事件』 Knockin' on Heaven's Door(2009年)
- 『萩原重化学工業連続殺人事件』 Ordinary World Special World(2010年)
ここからネタバレ。
「安藤直樹シリーズ」の一冊目
メフィスト賞受賞作ではあるものの、ミステリでもなんでもなくて青春小説。ヤングアダルトの系譜に連なる作品といった印象が強い。これ書いたとき作者10代だもんなあ。
鬱々とした青臭い説教みたいな文章が延々と続くので読者を選ぶ作品である。当時のわたしはこれに熱狂的にハマった。自身の若かりし日に、何らかのコンプレックや、負い目を感じている人間には猛烈に合う作風ではないかと思われる。
作品の評価としては相当に分かれたのではないだろうか。これを受賞させた関係者は偉い!総合力はなくとも、一芸に秀ででいさえすればオッケー。まさにメフィスト賞ならではの作品と言える。
アンチミステリ的な?
本作を読んで特に気になるのは、再三提示される「本格ミステリ」の否定である。
浦賀和宏は主人公の台詞を通じてこんな持論を展開している。
だから俺、推理小説って嫌いなんだよ……。どいつもこいつも冷静沈着で、犯人は誰が、密室のトリックはどうだ、アリバイはどうだ、動機はどうだとか……。なあ、さっきまで生きて動いていた人間が、、今は死んで動かないんだぞ。そういう現実を前にして、よくそんなに冷静でいられるな。
文庫新装版『記憶の果て』下巻p99~p100より
人の生き死にを思考遊戯に用いるのは、本格推理の持って生まれた業のようなものだが、この嫌らしさを作者は強く否定している。
小説家志望で、ミステリオタク。名探偵気取りの金田が作中ではボコボコにされて、物語から放逐されるのもその一環であろう。若き日の浦賀和宏の強い自負心が伺える展開で、この作家の大きな特徴と言えるだろう(その後変わっていくんだけどね)。
記憶の果てはどこにある?
本作では浦賀作品の主要な要素の一つ「近親相姦」が早くも登場している。その後の作品に登場する「カニバリズム(人肉嗜食)」の概念と同様に、社会通念上タブーとされているテーマを、浦賀和宏は積極的に作中に取り入れていく。
18歳で投身自殺をした「姉」裕子。娘、裕子を孕ませる父親。その結果として生まれた主人公。そして母とは知らず裕子を愛してしまう直樹。
人間は時に他人を傷つけ、そして傷つけられながら生きている。それが嫌ならば死ぬしかない。臨死体験の中で、安藤直樹は自身の「記憶の果て」を見る。それは、母である裕子の胎内での「最初の記憶」であった。
最終的に裕子は消えてしまう。一定の推論は示されるが、その真相は明らかにはされない。読み手としてはもやもやした思いが残るラストである。しかし「脳の数だけ世界がある」「本当の世界を見ている人間はいない」とした浦賀和宏的な世界観の中では、こうした解釈の余地を残した幕の引き方も当然の帰結なのであろう。
浅倉さんの「物語」は『時の鳥籠』で
さて、作品の序盤から登場し、終盤に印象的な退場の仕方をした浅倉さんだが、彼女の「物語」はここでは描かれない。これだけ出番の多かったキャラクターなのに、どうなったかがわからないって凄くない!『記憶の果て』本編の謎解きに、浅倉さん実は関係ないのである。初読時にはびっくりした思い出がある。
正ヒロイン、安藤裕子のインパクトが強力過ぎて、浅倉さんにまでページを割く余裕がなかったのか?
「ライディーン」の共演シーンから、生々しくもぎごちないベッドシーン、そして「メリークリスマス ミスターローレンス」の流れる美しい別れの場面。浅倉さんのヒロイン力の高さも十分すぎるほどであっただけに、彼女の「物語」が気になる方は多いだろう。
浅倉さんのその後は、シリーズ第二作の『時の鳥籠』で描かれる。名作なので未読の方は是非読んでいただきたい。
おまけ:作中で言及された楽曲
本作に限らないが、浦賀和宏作品の多くは音楽に彩られている。特にテクノ系?やピアノ作品等の楽曲について言及される事例が多い。わたしはこのジャンルは全くど素人なので、まったくわからないのだが、主要な楽曲については音源を貼っておく。曲名がわからない場合、代表的な曲やアルバムをとりあえず貼っている。素人なので許して。
演奏者や曲名だけ聞くとピンと来ないかもしれないが、そのほとんどは誰もが一度は聞いたことのある著名な楽曲ばかりだったりする。
YMO「ライディーン」。
安藤が浅倉さんたちと演奏した思い出の曲。中高年読者としては超絶懐かしい一曲の筈である。
エリック・サティ『ジムノペディ』
本作でもっとも重要な楽曲。かつて安藤裕子が弾き、安藤直樹も弾いた曰く付きの一曲である。
ヴァンゲリス、映画『ブレードランナー』から「エンドタイトル」
これもかなり懐かしい。
アディエマス『世紀を超えて』
作中に出てくるわけじゃないけど、一般人が一番聞いたことがあるアディエマスはこれだとおもう。
ジョージ・ウィンストン「Longing Love」
確かにこの曲は誰でも知っていそう。ピアノの旋律が美しい。
ブライアン・イーノ「アンビエント」
飯島に「眠い曲」と評されていたけど、確かにリラックスできそうな曲ではある。
ヴァンゲリス「Chariots Of Fire」
映画邦題『炎のランナー』の方が有名かな。秋葉原の楽器店で安藤がちょこっと弾いた曲。
ジョン・ケージ「4分33秒」
これ、一度生で聞いてみたい(笑)。
エニグマ「MCMXC a.D.」
どれ、選んでいいかわからないので、とりあえず有名そうなこれ。
坂本龍一「メリークリスマス ミスターローレンス」
浅倉さんとの最後のシーンにこれ出てくるの、その後がわかっているとかなり切ない。