高野史緒の第二作
1996年刊行作品。第6回日本ファンタジーノベル大賞の最終候補作となった『ムジカ・マキーナ』に続く、高野史緒(たかのふみお)の第二作。
単行本版の刊行から二十年近く、長期にわたって入手困難な状態が続いていたが、講談社文庫版が2013年に登場している。
推測にすぎないが、2012年に高野史緒は『カラマーゾフの妹』で第58回の江戸川乱歩賞を受賞している。
多少なりともこの受賞が旧作の復刊に寄与したのでないかと思われる。もっと知られて良い高野史緒の代表作の一つなので、ここは素直に喜んでおくべきかな。
おススメ度、こんな方におススメ!
おすすめ度:★★★★(最大★5つ)
歴史改変モノが好きな方。特にヨーロッパの絶対王政期を舞台とした作品を読んでみたい方。クラシック音楽、声楽曲、そしてカストラートの歌声に興味のある方。世界の闇の部分、魅力的な「夜」の側の物語に惹かれる方におススメ!
あらすじ
少年のままの透き通った軽やかな声。それでいて成年男性の豊かな声量を併せ持ち、なおかつソプラノの声域と超絶技巧を誇る。それは天使の歌声。<去勢歌手>カストラート。電飾と虚飾に彩られたパリ・ルーブル宮で繰り広げられる冒険劇。死を招く天上の歌声とは何なのか。
ここからネタバレ
夜の眷属たちの物語
仮想西欧史にクラシックの蘊蓄をプラスして、エスエフのエッセンスを振りかけるとこうなるんじゃなかろうか。高野史緒のお家芸、歴史改変小説である。
舞台はフランス。パリ・ルーブル宮。史実とは異なった歴史が展開されているこの世界ではまだ18世紀初頭だというのに目映いばかりの電飾によって王宮は彩られており、全ヨーロッパにかけて電話網が張り巡らされている。
絶対王政時代に電信技術があったなら?
極彩色に光り輝くルーブル宮。電話線を介して蠢くハッカーたち。それは現代的なデジタルの輝きではなく、真空管と電話線によってもたらされるアナログな煌めき。そしてそこで語られるのは決して昼の光の下では語ることを許されない夜の世界の物語。自らの肉体を傷つけることで性別を超越しミューズの恩寵を受けた至高の存在。現代では滅び去った種族。夜の眷属カストラートが活躍するためにはまさにふさわしい舞台と言えるだろう。
絶対王政時代のヨーロッパで電話線を使ったハッキングバトルが繰り広げられる。この設定だけでも秀逸。極めてアナログなその戦い方がこれまた素晴らしい。接続時にはピ~ヒョロロロロ~ガーとか鳴ってるのかな(笑)その昔300bpsの音響カプラを受話器に貼り付けてパソコン通信をしていたインターネット老人会としては懐かしい限りである。
余談ながら、トム・スタンデージの『ヴィクトリア時代のインターネット』は、史実における広義の「インターネット」を描いた、傑作ノンフィクション。電信の仕組みがいかに世界を変えたが描かれている徹夜モノの面白作品なのでおススメ。
カストラートの至芸が全てを持っていく
しかしこの魅力的な設定ですら本作の中では装飾要素の一つに過ぎない。物語世界を跳梁する稀代のカストラート、ミケーレ・サンガルロ。カストラートの至芸もまた夜の世界でこそその本領を発揮するもの。このキャラクターがホントに超絶的に恰好いいのだ。
五感のすべてを満たす歓び。それはただ音楽だけによってもたらされたもの。最終幕で確かに読者はイル・アンジェリコの声を聞いたはずである。現代人が聞いたこともないカストラートの艶やかな歌声を。音楽の至福を高らかに歌い上げるその調べを。