ネコショカ

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『童話物語』向山貴彦 国産ハイ・ファンタジーのオールタイムベスト


ファンタジー好きなら絶対読んで欲しい傑作

1999年刊行作品。作者の向山貴彦(むこうやまたかひこ)は1970年生まれの作家、翻訳家。残念ながら腎臓ガンのために、2018年に47歳の若さで亡くなられている。

本作のオリジナルとして、1997年に自主制作版(2,000部)として刊行されている。その後、大幅に加筆修正の後に幻冬舎から単行本版が刊行された。イラストは宮山香里(みややまかおり)が担当している。

童話物語

幻冬舎文庫版は2001年に登場している。特典として、単行本版にはなかった設定資料集を併録している。解説は巽孝之。

童話物語〈上〉大きなお話の始まり (幻冬舎文庫)

童話物語〈上〉大きなお話の始まり (幻冬舎文庫)

 
童話物語〈下〉大きなお話の終わり (幻冬舎文庫)

童話物語〈下〉大きなお話の終わり (幻冬舎文庫)

 

あらすじ

世界は、そして人類は滅ぶべき宿命なのか。九日間人間を観察してその答えを出すことを命じられた妖精フィツは一人の少女に出会う。しかしフィツの出会ったペチカはあまりに悲惨な境遇のために心がねじけてしまった少女だった。両親はなく友もなく、周囲から虐待を受けるペチカは世界の破滅を望む。

虐げられてきた少女の再生の物語

不幸な境遇によって心の貧しい人間として育ってしまった少女ペチカ。成り行きからペチカを虐めてしまいそれをずっと悔い続けてきた少年ルージャン。そして天真爛漫な妖精フィツ。この二人と一匹?を軸に物語は展開する。数多くの魅力的なキャラクターが登場し、一編の物語を紡ぎ上げていく。

序盤。とにかく悲惨きわまりないペチカの生活に胸をしめつけられるような衝撃を受ける。宮山香里のイラストが素晴らしく、口絵の「ペチカの小屋は燃えてしまった」のイラストは見ているだけで茫漠たる寂寥感がこみ上げてくる。人々の悪意の中で生きてきて、それ故にねじくれた心の持ち主になってしまったペチカ。しかし旅の中で多くの人々の善意を受け本来の素直な心を取り戻していく。本作ではその行程が丁寧に描き込まれていて強い感動を呼ぶのである。

緻密に設計された世界観

キャラクターの良さもさることながら、特筆すべきは作り込まれた世界設定だ。

クローシャと呼ばれるその世界は時間、距離、通貨全てこの世界オリジナルの単位が設定されている。ファンタジーでは往々にしてこのような試みがなされるが、これは時としては諸刃の剣であり、場合によっては読み手に対して読みにくさを与えてしまうことになりかねない。だから中途半端なファンタジー作品だと往々にして単位の問題は適当に済ましてしまいがちなのだが、本作では敢えて単位の設定にまで徹底的にこだわっている。

トリニティ、ランゼス、アロロタフの水門、アルテミファ、パーパス等々、登場する全ての都市や町にはさまざまなアイデアが惜しげもなくつぎ込まれており、一つとして同じような空間は存在しない。確たる世界がそこに息づいているのが判る。

説明不足な点もちょっとある

とはいえこの作品、欠点は決して少なくはない。まず説明不足である部分が多い。これほど人間に対しての憎悪を燃やす妖精ヴォーとは何者であったのか、イルワルドって結局何物だったの?とか、ルージャンはどのようにして守頭から離れ一人で生きることを決意したのか、後半ほとんどサイコさんと化してしまう守頭は何故かくも執拗にペチカをつけ狙うのか(またつけ狙えるのか?)。挙げていくとキリがない。

不自然な展開もちょっとある

不自然な展開もある。母の写真を失ったペチカは世界の果てを目指して旅にでる。写真を持ち去ったのは守頭だ。何故せっかくの幸福な暮らしを捨てて、あるかどうかも判らない世界の果てへ旅立たねばならないのか。何が何でも世界の果てへペチカを追いやりたいがために必要な手順を省いて強引な展開にしてしまっている。いささか説明が足りないだろう。これはとても残念なポイント。

過酷な人生を送って来た者だけが許せることがある

そしておそらく賛否両論だろう。というか、これを認められないとそもそもこの作品を前向きには評価出来なくなってしまうのではと思える最重要シーンが終盤にやってくる。ルージャンを目の前で殺されたペチカは、なぜ世界を、自らの悲惨な過去を、すべて許すことが出来たのか。これほどに重くつらい経験を経てきた人間がこのような状況で果たして全てを許せるのだろうか。

母の死から始まった貧困そして虐待、あまりに過酷な境遇はペチカの心を闇に閉ざした。しかし旅の途上で出会った人々の愛情によってペチカの心は癒されていく。ペチカの成長を丁寧にページを割いて描写してきた意義がここで出てくる。ペチカが生まれた時から幸福な少女であったのならば、その心はここでなんなく炎水晶に取り込まれていたことだろう。苦労を重ね、人の心の闇を知るからペチカだからこそ許せる。そう捉えると素直にこのシーンは受け止めることが出来るのではないだろうか。

大ラス。かくも美しい世界を見せてフィツは去っていく。これ以上は無い大団円。閉じゆく物語世界を名残惜しげに読み手は見送るしかない。これくらい読み終えるのが惜しいと思った作品はそうざらには無い。そこはかとない寂寥感に浸りつつ劇終。

描かれなかった未刊行部分

巻末の付記にて、この物語は全十巻の長大なストーリーの5巻と6巻に当たることが明示されていた。作者が亡くなったしまった今となっては、決して描かれることの無い未刊行部分であるが、その後のペチカの物語が存在し得たのかと思うと、失われた可能性の膨大さに溜息が出るばかりである。

最後に全十巻の概要を引用しておこう。

一巻:『降天記』 本編のプロローグに登場する『妖精の日』のおとぎ話の元になったとされる始まりの書

二巻:『七つの海と十四の大陸』 地誌であるということ以外、一切が不明

三巻:『世界に一冊しかない幸せの本』 その名のとおり、一冊しか存在しないといわれる伝説の本。持つ者を幸せにするという。

四巻:一切不明

五巻:『大きなお話の始まり』 のちに物の心を解する『マナヌース神』になったとされる女性の、幼い時代を描いた伝記。

六巻:『大きなお話の終わり』 本編でペチカと訳されている名は、古クローシャ語の『ペティーマヌス(優しさの意)』にあたるものである。

七巻:『リポポ・ライライラの伝説』 最初に地上に降りて、二人の人間に分かれた妖精たちのその後と、子孫たちの記録書。

八巻:『水地の書』 正確な名前は不明。のちのルージャンが書いたとされている。

九巻:一説にペチカのその後の話であるといわれるが、真実のほどは定かではない。

十巻:『昇天記』 聖ランゼス大図書館の最下層に前半の三分の一だけが保管されている予言書。地上世界の破滅について記されているが、大半が行方不明のため、その詳細は不明のままである。

『童話物語』文庫版付記より

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