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『名探偵のいけにえ 人民教会殺人事件』白井智之 奇跡VS探偵のロジック

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2022年のミステリ界を席巻!

2022年刊行作品。作者の白井智之(しらいともゆき)は1990年生まれのミステリ作家。デビュー作は2014年の『人間の顔は食べづらい』。同作は第34回の横溝正史ミステリ大賞の最終候補作のひとつであった。

名探偵のいけにえ―人民教会殺人事件―

『名探偵のいけにえ』は、2022年のミステリ系各賞で、軒並み上位にランクインしている。結果はこんな感じ。これは凄い。

  • 本格ミステリベスト10:第1位
  • このミステリーがすごい!:第2位
  • 週間文春ミステリーベスト10:第2位
  • ミステリが読みたい!:第4位

ここ数年、新作が高確率でミステリ系各賞のベスト10圏内に食い込むようになってきた白井智之だが、遂に本命作品が登場したというところだろうか。

おススメ度、こんな方におススメ!

おすすめ度:★★★★(最大★5つ)

2022年のミステリ界で、特に注目された作品を読んでみたい方。特殊設定ミステリが好き。特殊設定ミステリならではの状況設定、解決方法に興味がある!という方。「名探偵」とは何か、どうあるべきなのかについて考えてみたい方におススメ!

あらすじ

探偵、大塒宗(おおとやたかし)は、調査先から帰らない助手、有森りり子の消息を案じ現地を訪れる。そこは、南米のガイアナに作られたジョーデンタウン。カルト教団が築いたこの集落では、病気もなければ怪我もない。失われた四肢ですら復活するのだという。そんな中、この集落を訪れていた外部の調査団のメンバーが殺害される。現場は密室。果たして、誰が何のために、そしてその方法は?

ここからネタバレ

特殊設定ミステリだ!

一般常識を超えた、現実の世界ではありえない考え方。超自然的な力の存在。物理法則を超えた何か。こうした要素が持ち込まれたミステリ作品を特殊設定ミステリと呼ぶ。昨今、当たり前のように特殊設定ミステリが登場するので、ようやく一般層にも浸透したということだろうか。

特殊設定ミステリは、その特性ゆえに現実の世界を舞台にするのが難しく、未来世界であったり、ファンタジー、エスエフの世界を舞台とすることが多い。しかしながら、本作『名探偵のいけにえ』ではあえて、現代社会(1978年の南米ガイアナ)を舞台として選んでいる。

舞台となるのは、カルト宗教の教祖、ジム・ジョーデンが作ったジョーデンタウンである。カルト宗教を熱烈に信仰する人間にとっては、現実よりも、宗教上の教えが優先する。教祖の告げる言葉、語る思想は絶対であり、時には現実世界の物理法則や一般常識すらも上書きされる。ジョーデンタウンに住む信者たちは病気にかからないし、怪我もしない。つまり死ぬことはない。

もちろんこれは信徒だけに適用される概念で、彼ら以外の一般人から見ればそんなバカげたことが起こりうるわけがない。本作では、そんなジョーデンタウンに、非信徒である探偵たち一行が紛れ込んだことから事件が始まる。信者にとっての常識は、探偵たちの非常識だ。

信仰が現実と齟齬を来すと、信者は新たな解釈を生み出して齟齬を解消しようとする。

『名探偵のいけにえ』p198より

受け入れがたい現実が生じると、信徒たちは信仰の力でそれを乗り越えようとするのだ。一般人である探偵たちとの考え方の乖離が、この物語をとてつもなく魅力的なものとしている。

ミステリ史に残る解決編

書影の帯部分、右下の赤囲み部分を見ていただきたい。「圧巻の解決編150ページ!」である。本作のページ数は416ページなので、およそ半分弱が解決編にあてられていることになる。凄まじい分量といえる。

『名探偵のいけにえ』ではなんと、三種類もの解決編が登場する。まずは名探偵有森りり子の、譲歩策としての、外面を糊塗するための推理である。これは、集落の主である、ジム・ジョーデンの立場を慮った、少々都合が良すぎるのでは?と思える一案。

第二、第三の解決編は探偵(名探偵ではない)、大塒宗によるものだ。第二の解決編、信者の立場に立った「奇跡はある」前提での解法。そして、第三の解決編は、大塒たち、外部の視点から見た「余所者の推理」だ。

奇跡は本当に存在するのか。奇跡が存在するのであれば、犯人は奇跡を起こしうる教祖しかありえない。奇跡を肯定すれば、教祖ジム・ジョーデンは犯人になってしまう。犯行を否定するならば、奇跡が起こることも否定されてしまう。信仰を逆手に取って、教祖らを追い詰めていく大塒の凄みに圧倒される。

一連の事件に対して、三とおりの解決編を用意する凝りよう。これが、ミステリとしてどれだけ手間暇のかかるものか。ミステリ読みであれば衝撃を受けるだろう。多重解決、複数の結論を提示するミステリも最近では珍しくないが、ここまで徹底しているのは珍しい。

戦慄のタイトル回収

カルト教団を舞台とした特殊設定ミステリ。150ページにも及ぶ三つの解決編。これだけでも『名探偵のいけにえ』は凄いのだが、空怖ろしいのは、四つ目の真相とも言える、最後の真実が残されている点にある。

ジョーデンタウンの住民たち、そして教祖ジム・ジョーデンは、なぜ集団自殺を選ばなければならなかったのか。ここに来てようやくタイトルの「名探偵のいけにえ」が回収されるのだ。本作の後半では、読み手は戦慄させられっぱなしなのだが、最後の最後で更に驚かされることになる。

一読すると、何か意味あるのか釈然としなかった、冒頭での探偵横藪友介と、連続殺人鬼108号の描写に意味があったことも判明する。あくまでも一般人の範囲を超えない、凡庸な探偵に過ぎなかった大塒に対して、助手の有森りり子は真の意味での「名探偵」だった。しかし、そんな彼女も殺害されてしまう。有森りり子を「名探偵」にするためのいけにえ。918人の被害者たち。犯人お前なのかよ!これはまいった。

事件当時はまだ子供であったQ(浦野灸)が、最後に未来の「名探偵」を予見させながら、物語の幕が閉じていくのもいいよね。ミステリランキング上位独占も納得のクオリティなのであった。

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