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『早朝始発の殺風景』青崎有吾 高校生たちの気まずい密室

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青春は気まずさでできた密室

2019年刊行作品。集英社の小説誌「小説すばる」に2016年~2018年にかけて掲載されていた作品をまとめたもの。「エピローグ」部分は単行本刊行時の書き下ろしとなっている。第73回日本推理作家協会賞の、長編および連作短編集部門で候補作品になっていた(受賞作は呉勝浩の『スワン』だった)。

作者の青崎有吾(あおさきゆうご)は1991年生まれのミステリ作家。2012年の『体育館の殺人』で第22回鮎川哲也賞を受賞し作家デビュー。

集英社文庫版は2022年に刊行されている。カバー絵は水元さきのが担当。巻末には池上冬樹の解説が追加収録されている。

早朝始発の殺風景 (集英社文庫)

おススメ度、こんな方におススメ!

おすすめ度:★★★★(最大★5つ)

高校生が主人公のミステリ短編集を読んでみたい方。日常の謎系(あまり殺伐としていない)のミステリがお好きな方。青崎有吾作品が気になっているけど、どの作品から読むべきか悩んでいる方。青春小説が好き!という方におススメ!

あらすじ

普段まったく絡みのないクラスメイトと始発電車で同じ車両に。彼らは互いの事情を推理しはじめるのだが(早朝始発の殺風景)。文化祭でのクラスTシャツ作りで、意外な抵抗を示した親友の意図は(メロンソーダ・ファクトリー)。男子高校生二人で観覧車に乗る羽目に。そこには意外な真相が(夢の国には観覧車がない)。離れて暮らす兄妹と捨て猫をめぐる騒動(捨て猫と兄妹喧嘩)。卒業式を病欠したクラスメイト宅を訪問した主人公が見たものは(三月四日、午後二時半の密室)。五編を収録した青春ミステリ短編集。

ここからネタバレ

一幕物の魅力

単行本版の帯にはこう書いてある。

ワンシチュエーション(場面転換なし)&リアルタイム進行でお届けする五つの"青春密室劇"

『早朝始発の殺風景』単行本版帯より

演劇でいうところの「一幕物(いちまくもの)」と近いだろうか。『早朝始発の殺風景』には五編の短編が収録されている。いずれもが場面転換なし(最初から最後まで同じ場所で物語が展開される)、リアルタイム進行(時間が飛ばず、短時間で事件が解決する)、密室劇(他者の介在が無い空間、限定された登場人物)という共通点がある。

そして、各編に登場するキャラクターの数が、二名~三名と極限まで絞り込まれているのも大きな特徴だろう。場所、時間、登場人物。物語を構成する要素を、とことんシンプル。無駄な要素を削りまくったところが本作のウリと言える。

また、それぞれの物語には、直接的なつながりはないが、横槍(よこやり)線、啄木(たくぼく)町、鴨浜(かもはま)、水薙(みずなぎ)女子高といった共通ワードが散見されるので、同じ地域を舞台としていることがわかる。周辺には実在する地名として、舞浜や、幕張が登場するので、千葉県の東京湾側に位置しているエリアなのだろう。

以下、各編ごとにコメント。

早朝始発の殺風景

初出は「小説すばる」の2016年1月号。

高校生の加藤木(かとうぎ)と殺風景(さっぷうけい)。ふたりは始発電車で、偶然にも同じ車両に乗り合わせる。何故、こんな時間に電車に乗っているのか。ぎごちない会話の中から、それぞれの目的が見えてくる。

殺風景って苗字だったのか(すごい苗字だ)!同じクラスだけど、ほとんど絡んだことのない男子高校生の加藤木と女子高生の殺風景。ふたりきりの始発電車。手探りで、お互いに探りを入れていく中で、車内の緊張感が高まっていくのがわかる。

タイトルの「殺風景」は、高まっていく電車内のテンションと、思い詰めている殺風景自身の心のうちが織り込まれたタイトルなのかなとも感じた。

メロンソーダ・ファクトリー

初出は「小説すばる」の2016年10月号。

真田(さなだ)、詩子(うたこ)、ノギちゃん(乃木坂)。同じクラスの三人が、ファミレスで文化祭で作るクラスTシャツのデザインについて話をしている。いつもならなんでも賛成してくれる詩子が、今回は真田の意見に異を唱える。その意図はどこに?

制服のスカーフの色。メロンソーダの意味。クリスマスカラー。小学校時代に描いたスケッチ。丁寧に伏線が散りばめられているので、オチに気が付いた方も多いのでは(って、わたしは気づかなったが)。

親しい間柄でも知らないことがある。気づかないことがある。言えないことがある。ちょっと距離のある相手の方が、よく見えてしまうことがあるものなのである。

夢の国には観覧車がない

初出は「小説すばる」の2017年5月号。

フォークソング部三年の寺脇(てらわき)は、引退記念で部活の仲間たちと、地元の遊園地を訪れる。あわよくば意中の後輩女子葛城(かつらぎ)に告白したい。そんな寺脇の目論見は外れ、なぜか後輩男子の伊鳥(いとり)と二人きりで観覧車に乗る羽目になる。

密室劇と言えば、本作以上の密室空間はないかも。狭苦しい観覧車の中に、特に親しいわけでもない後輩男子とふたり(二十二分間も出られないのだ!)。明らかに怪しい動きをしている伊鳥の狙いはどこにあるのか?伊鳥の性別は扉絵のイラストも含めて、最初から男子高校生にしか見えなかったので、逆に実は女性?というオチを予期していたが、そんなことはなかった。仲良くなるのに性別なんて関係ない。現代らしい作品と言えるかもしれない。

捨て猫と兄妹喧嘩

初出は「小説すばる」の2018年5月号。

三年前に両親が離婚したことで、別々の家で暮らしている兄と妹。うっかり捨て猫を拾ってしまった妹は、事態を収拾すべく兄を頼ろうとする。次第に疎遠になっていく、かつての家族。煮え切らない兄の態度。捨て猫問題はどう解決されるのか。

捨てネコダメ絶対!狂信的ネコ信者のわたしとしては、こういう展開がダメ。もう本当にダメ。許せない。なんか、いい話みたいに終わってるけど、こんなネコの飼い方しちゃだめ(ネコは完全室内飼い主義派)。

って、いきなりテンション上がってしまったが、ネコ(ウイロウ)を通じて、弱まりかけていた、家族の絆が繋ぎなおされるという点では、ちょっといい話であるのは確か。

三月四日、午後二時半の密室

初出は「小説すばる」の2018年8月号。

クラス委員の草間(くさま)は、卒業式を風邪で休んだクラスメイト、煤木戸(すすきど)に卒業証書を届けに行く。なにかがおかしい?草間は招き入れられた煤木戸の自室で、そこはかとない違和感を覚えるのだが……。

関係性が出来ていない二人の密室劇という点では、この作品もなかなかに秀逸。ポンコツ系文化女子の草間と、クールビューティ系の煤木戸。煤木戸のささやかな虚栄心が、冷静な草間の観察力によって見透かされてしまう。二人の関係性が逆転する終盤も良い。卒業してしまって、通う大学も違う。もう会うことはないかもしれない。それでもこの瞬間、この場所で共に過ごした時間が、ふたりにとって大切な想い出として残っていくのだ。

エピローグ

五編の作品の後日譚的なエピソード。最終の「エピローグ」パートは、雑誌掲載時にはなかった、完全書下ろし作品となっている。「早朝始発の殺風景」から10か月以上経過とあるので、ほぼ一年後だろうか。

殺風景の復讐劇が無事に完了し、それに協力した加藤木との関係も進展していることがわかる。草間は、真田たちと同じ学校で一つ上の学年。ウイロウの現在の住まいは、加藤木と殺風景の犯行現場。そして、伊鳥が加藤木らと同学年であることも判明する。

繋がる、繋ぎなおされる関係性の物語

『早朝始発の殺風景』に収録されている五編の作品は、少し(あるいはかなり)距離のあった人間関係が、とある事件を通じて、グッと近づく、もしくは改善されていく物語である。

ほとんど会話すらしたことがなかった加藤木と殺風景。親友同士でも言えないでいたことがあった真田と詩子。単なる部活の先輩後輩でしかなかった、寺脇と伊鳥。両親の離婚後疎遠になる一方だった兄妹。気の置けるクラスメイトでしかなかった草間と煤木戸。

そんな彼ら、彼女らが、それぞれの「密室」での事件を経験することで、関係性が新たに繋がり、もしくは繋ぎなおされているのだ。誰もが笑顔で、爽やかに物語が閉じているところは、なんとも青春ミステリといった構成で、こそばゆいながらも読後感はとても良かったりする。せっかくだから、これを機会に青崎有吾作品をもう少し読んでみようかと思う。

ドラマ版はWOWOWで放映

『早朝始発の殺風景』はドラマ版が存在する。2022年11月4日から12月9日にかけて、WOWOW枠にて放映。脚本は濱田真和(はまだまなと)。殺風景を山田杏奈が、加藤木を奥平大兼が演じている。

その他のキャストは公式サイトを確認のこと。

コミカライズ版もある

なお、集英社のコミック誌『ヤングジャンプ』のウェブ配信サイト「となりのヤングジャンプ」にて、『早朝始発の殺風景』のマンガ版が配信されていた。山田シロ彦によるコミカライズである。

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