池澤夏樹の短編集
1995年刊行作品。最初の単行本は文芸春秋から。谷崎潤一郎賞を取った『マシアス・ギリの失脚』の二年後に出た作品。
「文學界」「スイッチ」「毎日新聞」「キャラウェイ」「クレヨン」「新潮現代童話館」「リテラリー スイッチ」「群像」などの諸誌に1989年から1995年にかけて発表された作品をまとめた短編集。
文春文庫版は1998年に刊行されている。
電子書籍版は何故か集英社から刊行されており、こちらは2020年に発売されている。刊行に至った経緯はよくわからないけど、旧作がこうして電子化されるのはありがたい話ではある。440円(税込み)と、価格設定も良心的だね。
ちなみに、本作は仏訳版が刊行されておりタイトルは『Des os de corail, des yeux de perle』。
おススメ度、こんな方におススメ!
おすすめ度:★★★(最大★5つ)
寂しさや、切なさ、言いしれようのない喪失感を内包した作品を読んでみたい方。池澤夏樹作品を読んでみたいと思っていた方、特に比較的初期の1990年代作品を読みたい方。読みやすい短編集を探している方におススメ。
あらすじ
なにか憑かれたかのように眠りに誘われる女。夢の中での自分は南島の失われた祭、イザイホーの中に居た「眠る女」。天体観測のために訪れたとある孤島で繰り広げられるささやかな冒険譚「アステロイド観測隊」。北の大地にただ一羽残されたシマフクロウの人生最後の時間を描く「最後の一羽」。他、計九編を収録した短編集。
ここからネタバレ
深い喪失感が漂う作品集
9編の作品が収録されているが内容はさまざま。作者の好みのせいか南の島の話がやや多いかなというくらい。どれもまるで違う話なのに、それでいて大事な何かを失ってしまった取り戻しようのない寂寞感が全編を通じて通奏低音のように流れていて、一本筋の通ったまとまりの良い短編集に仕上がっている。
今ではこの世のどこにもない祭礼に集う女たち、死んだ男の骨を砕いて南海で散骨する女、幸福な人生の中で絶対的な孤独を感じてしまう男。喚起されるイメージが飛び抜けて美しいのは、その内側にたとえようのない程の欠落感や喪失感が湛えられているからなのだろう。静謐な筆致でありながらも深い暖かみを湛えた文章が素晴らしい。