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『掃除機探偵の推理と冒険』そえだ信 第10回アガサ・クリスティ賞大賞受賞作

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そえだ信のデビュー作、改題されて文庫化

2020年刊行作品。第10回のアガサ・クリスティ賞の大賞受賞作である。作者のそえだ信(そえだしん)は本作がデビュー作となる。

ちなみに、次点となる優秀賞受賞作は宮園ありあの『ヴェルサイユ宮殿の殺人』である。こちらも2021年1月に書籍化されている。

ハヤカワ文庫版は2022年に刊行。文庫化に際してタイトルが『地べたを旅立つ 掃除機探偵の推理と冒険』から、『掃除機探偵の推理と冒険』へと改題されている。サブタイトルがタイトルに昇格したわけだ。わかりやすさを重視した変更であろうか?文庫化に際しての解説は作家の辻真先が執筆。また、装画は宮崎夏次系が担当している。

掃除機探偵の推理と冒険 (ハヤカワ文庫JA)

早川の紹介記事はこちら。

また、クリスティ賞受賞時の千票の抜粋はこちらから。

おススメ度、こんな方におススメ!

おすすめ度:★★★(最大★5つ)

カフカの『変身』が好きな方。ロボット掃除機(ルンバ)を愛している方。無茶な設定のミステリが好きな方。北海道出身の方。制約された条件の中で頑張る男の話が好きな方。ロードノベル、ロードムービー系の作品が好きな方におススメ。

あらすじ

刑事の鈴木勢太は、不慮の事故により意識不明の重体となった。目覚めたとき、彼の身体は掃除機になっていた!?本体である生身の肉体は依然として昏睡状態。家族に危機が迫る中、彼は掃除機の身体のまま旅立つ決意を固める。札幌から小樽まで、30キロの道のりを往く掃除機探偵。そこには数多の危険と冒険が待ち構えていた。

ココからネタバレ

目覚めたら掃除機になっていた!

ある朝、落ちつかない夢から醒めたとき、鈴木勢太は一台の小さな機械に変わってしまっている自分に気がついた。

『地べたを旅立つ』p6より

本作第一章、冒頭の書き出しは、いうまでもなくフランツ・カフカ『変身』のパロディである。

ある朝、グレゴール・ザムザが気がかりな夢から目ざめたとき、自分がベッドの上で一匹の巨大な毒虫に変ってしまっているのに気づいた。

青空文庫版:フランツ・カフカ『変身』より

グレゴール・ザムザは巨大な毒虫に変じたが、本作で主人公が変じるのはなんと掃除機である。と言っても、ただの掃除機ではなく、スマートスピーカ機能付きロボット掃除機なのである。

主人公の鈴木勢太(すずきせいた)には、娘として引き取った、姪っ子の朱麗(しゅり)がいる。朱麗は、義理の父親である賀治野亮輔(かじのりょうすけ)からのDV被害を受けていた。朱麗の母であり、勢太の姉にあたる深春(みはる)は、賀治野によって殺害された可能性がある。

勢太の不在によって、賀治野が再び朱麗に接近する可能性がある!かくして、ロボット掃除機となった勢太は、朱麗の身を護るために立ち上がるのである(立ち上がれないけど)。

昨今は転生モノが大流行りで、スライムになったり、悪役令嬢になったり、フィクション世界の登場人物もいやはや大変な時代である。

限定条件下で頑張る掃除機!

お掃除ロボット言えばルンバのような形状のモノを想像するかと思うが、本作に登場するスマートスピーカ機能付きロボット掃除機は、もうすこし高級な機能がついている。OSはAndroidを搭載。ウェブブラウジングやメールの送受信。簡単なAIによる発声機能。マジックハンド。吸い込んだゴミを吐き出す機能などなど。ってこれ、どう考えてもストーリー進行から逆算して機能設定してるだろ(笑)。

とはいえ、能動的に話すには相当の制約があるし、段差があれば動けない、そもそも充電が切れれば止まってしまう。生身の人間と比較すれば、圧倒的に不利な環境下でいかにして家族を守るのか。この無茶なハードルの設定が良い!

ハートフルなロードノベル

ロボット掃除機となった勢太が目覚めたのは札幌。かたや、娘(姪)の朱麗が居るのは小樽である。距離にして30キロ。自動車であれば、あっという間についてしまいそうな距離だが、この道のりをロボット掃除機が移動するのはかなりの無理がある。

まず最初に目覚めた会計士事務所では密室殺人が起きているし、なんとか外に出たと思えば子どもに拾われ、自転車に轢かれるありさま。旅の途中で、シングルマザーの心中事件を未然に防ぎ、ケガをした老婦人を助け、やっとの思いで小樽にたどり着くと、賀治野との最終決戦が待っている。

ロボット掃除機となって30キロを移動する中に、さまざまな人間ドラマが詰め込まれ、意外にもハートフルな物語に仕上がっているから不思議である。冒頭の密室殺人や、不審死を遂げた姉の真相などもしっかり答えを出しており、この分量でよくぞこれだけの要素を詰め込んだものだと感心させられた。

ご都合主義も多いけど面白いからアリ

ロボット掃除機の機能が、ちょうど今回の冒険行で全て役に立っていたり、たまたま拾ってもらった老夫婦が理解のある人物で、修理から充電、移動まで親身になって助けてくれたりと、いくらなんでもそこまで上手くいかないだろ!と、ツッコミどころは多々ある。というかあり過ぎる。

しかし、それを補ってあまりあるのが、ロボット掃除機の姿で地べたをゴロゴロと這って進む主人公のバカバカしいまでの面白さである。絵面を想像してみるとかなり笑える。何度も使える技ではないと思うので、次回作以降が心配になるけど、

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