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『法廷遊戯』五十嵐律人 第62回メフィスト賞受賞作

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五十嵐律人のデビュー作

2020年刊行作品。第62回のメフィスト賞受賞作である。

作者の五十嵐律人(いがらしりつと)は1990年生まれ。巻末のプロフィールによると、東北大卒で司法試験合格とある。講談社の文芸サイトtree掲載の「森 博嗣 × 五十嵐律人  往復書簡」によると、2020年時点で司法修習生とのこと。

講談社文庫版は2023年に登場。解説は河村拓哉(かわむらたくや)。

法廷遊戯 (講談社文庫)

おススメ度、こんな方におススメ!

おすすめ度:★★★★(最大★5つ)

最後まで展開が読めない法廷モノのミステリを読みたい方。社会派のミステリ作品を読んでみたい方。刑事裁判の手続きについて知りたい方。罪と罰について考えてみたい方。メフィスト賞受賞作品は全部読む!という方におススメ!

あらすじ

法都大学のロースクールで行われる「無辜ゲーム」。それは、自らに降りかかった被害を罪として特定し、犯人を指定、証拠や証言を集めることで審判者に裁定を委ねる。学生、久我清義は16歳の時に犯した傷害事件を校内で暴露される。犯人を捜す中で、同級生の織本美鈴も謎の人物から嫌がらせを受けていることを知る。事件の背後にはいったい何があるのか……。

司法修習生が書いた法廷ミステリ

法廷モノはミステリの世界ではお馴染みのジャンルだが、以外に書き手は少ない。

冒頭に挙げた対談で、森博嗣はこんな指摘をしている。

法律というのは、義務教育で習うことがないし、市民は法律をほぼ知らずに社会に出ます。また、日本では論理を学習する機会も少なく、法学というのは、ほとんど「理系」と同じくらい一般から隔絶した世界なのかもしれません。

tree:「森 博嗣 × 五十嵐律人  往復書簡」より

法律や、訴訟手続きに関する専門知識が必要となるだけに、そうそう簡単に手が出せる分野ではないのであろう。ある程度の数をこなした作家としては、往年の名作「赤かぶ検事」シリーズを書いた和久峻三、『検察捜査』で江戸川乱歩賞を取った中嶋博行あたりが思い当たるが、二人とも弁護士出身の作家である。

作者の五十嵐律人は、司法試験に合格し、現在は司法修習生とのことなので、法律に関する知識については大きなアドバンテージがある。余人が追随できない、得意ジャンルを持っているのは新人作家としては強力な武器となるのだ。

ここからネタバレ

無辜ゲームと同害報復

本作は二部構成となっている。第一部が「無辜(むこ)ゲーム」である。これは法都大学のロースクールで行われるゲームで、司法試験合格者の結城馨(ゆうきかおる)が審判者となり、学内での事件を裁定する。

「無辜」とは聞きなれない言葉だが、作品の冒頭を引用させていただくと以下のような意味になる。

むこ【無辜】
《「辜」は罪の意》罪のないこと。また、その人。

『法廷遊戯』p7より

告発された者に罪があるのか、罪があるとされた場合、与えられる相応の罰は何なのか、そしていかにして罰を執行すべきなのか。審判者である結城馨の考え方が示されている部分で、「無辜」の概念が本作の重要なテーマとなるのであろうことが読者に示される。

結城馨は犯した罪に相応した罰を与える「同害報復」の概念にこだわる。「同害報復」は一見すると「目には目」的な、復讐を容認する思想に思えてしまうのだが、これは受けた被害以上の復讐は許さない寛容の論理なのだと云う。

生きていくための犯罪は許されるのか

二部構成の後半は「法廷遊戯」である。ここでは弁護士となった主人公の久我清義(くがきよよし)が、結城馨殺人事件の犯人とされた、ヒロインの織本美鈴(おりもとみれい)の弁護を引き受ける。

久我清義(くがきよよし)と、織本美鈴(おりもとみれい)は、複雑な家庭に生まれた、児童養護施設出身の人物である。二人は過酷な環境の中から這い上がるために、痴漢冤罪による恐喝で進学のための資金を貯めようとする。晴れて司法試験に合格した二人だったが、かつて犯した罪によって窮地に追い込まれていく。

結城馨の仕掛けた罠は周到に計画されたものである。生きていくためとはいえ、冤罪で人の命を奪うことは許されるのか。久我清義と織本美鈴の罪を問いながらも、冤罪を看過してしまった司法制度そのものへの挑戦となっている。

第一部で、「無辜」や「同害報復」の概念について、そして無罪と冤罪の違いについて、久我清義が結城馨と意見を交わすシーンがある。真相が判明していく中で、久我清義はこの時の会話を思い出したはずである。

この計画は、久我清義と織本美鈴を復讐のターゲットとしながらも、二人の人格、精神性に信頼が持てなければ託せないものであったに違いない。結城馨の苦悩が表立って描かれることは無いのだが、久我清義と織本美鈴を憎みながらも信頼もしている。そんな矛盾する思いが行間から透けて見えてくるところは、なかなかに上手い仕掛けであった。

2023年に映画化!

『法廷遊戯』は2023年に映画化されている。監督は深川栄洋(ふかがわよしひろ)。メイン三人のキャスティングは以下の通り。

  • 久我清義:永瀬廉(ながせれん)
  • 織本美鈴:杉咲花(すぎさきはな)
  • 結城馨:北村匠海(きたむらたくみ)

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